第3話 ドラゴンさんいらっしゃい!

「――おお、いたぞ!」


 森の茂みから顔を出してコボくんが興奮した様子で言う。

 僕は隣で同じように外を覗く。

 僕達の視線の先には小さな村と村人がいた。

 若い人はほぼいない。老人が目立っていた。


 家屋は十程度。奥には小さな畑があった。

 しかし作物はあまり育っていないようで、色合いが悪い。

 遠目でもわかるくらいだった。

 寂れた村という事前情報はあったけど、ここまでとは。


 この村から食料を調達するのは厳しいかもしれない。

 村人達の顔色も悪いし、元気もなさそうだし、活気もない。

 人も多分二十人くらいしかいないみたいだし。

 うーん、これはあてが外れたかな。

 いや、そもそも村が栄えていたとしても、どうやって食料を調達するのかも決めてなかったけど。


「じゃあ、行くか!?」


 コボくんがいきなり茂みから飛びだそうとしたので、僕は慌ててコボくんの手を引いた。


「ま、待てコボくん! 何をするつもりだ!?

 まさか、いきなり殺すつもりじゃないだろうな!?」

「殺さないぞ? 任務じゃないからな! でも脅さないと食料奪えないぞ?」


 ああ、なるほど、そういう風に考えを変えたのか。

 しかしやはり内容は物騒なままだ。

 でも魔物としては真っ当というかむしろ平和的な方だろうか。

 それに彼なりに解釈を変えて答えを出したのはすごいと思う。


 いや、内心で褒めるようなことでもないか。

 確かにゴボくんのやり方は現状を考えると妥当かもしれない。

 人を殺さず傷つけず、それで食料を奪うには脅すのが妥当だろう。

 でも……僕はそんなことをしたくない。

 だってどう考えてもこの村は貧乏だ。


 彼等から食料や装備、物資を奪ったら、もしかしたら、近い内に餓死するかもしれない。

 それ以前に誰かから何かを奪うなんてしたくないし。

 けれど他に方法はない。

 一体、どうしたらいいんだ。


「ん? あれ?」


 思考を巡らせていたら、いつの間にかコボくんがいなくなっていた。


「ガオオオ! 人間、食料を出せぇっ!」

「あああああああああああああああああああっっ!?」


 ゴボくんは村の中へ入って人間を脅していた。

 なんという勢い。なんという迷いのなさ。

 僕とは大違いだ。でも今それを出さないで欲しかった。


『ま、魔物だあああっ!?』

『ひいぃぃっ!? お助けぇっ!』

『こ、ここまで魔物がぁ!? く、くそぉっ!』


 村人は一気に恐慌状態に陥った。

 家から農具を持ち出して戦闘態勢になる村人もいた。

 これはまずい。まずすぎる!

 何でこうなっちゃうんだ!


「反抗するのか!? だったら殺しちゃうからな!」


 そりゃそうなる。だってコボくんにはわざわざ殺さない理由はない。

 殺した方がいいなら殺すし、邪魔なら殺すし、抵抗するなら殺す。

 それが魔物の本来の姿なのだから。

 考えるんだ、僕!

 どうしたらこの状況を打開できる!

 どうしたらいい!


 僕はいつの間にか走り出していた。

 森から村へ、コボくんたちがいるところへ。

 咄嗟の考えだった。


 これは僕の唯一の能力を使うしかない!

 そう!

 変化の能力を!

 僕は自身の身体を変化させる。

 猫から竜へと。


「ガアアアアアアアアアアアアアア!」


 本当の竜ではないので飛べる距離は短い。

 それでも竜が飛来したという演出は出来た。

 飛翔から着地。風が辺りに広がる。


『ド、ドラゴンだぁーーーーッッ!』

『に、逃げろ! 逃げるんだぁ!』


 更に恐れおののく村の人達。

 しかし一人の村人の言葉がその状況を僅かに変えた。


『あ、あれ、でも少し小さくないか?』


 くっ、気づかれたか!

 そうなのだ。

 変化は色んな姿に変えられるけど、そこまで大きくなったり小さくはなれないのだ。

 精々が十倍程度が限界。普通の猫よりも僕はちょっと大きい程度で、その十倍だ。

 ドラゴンと言うより飛ぶ巨大トカゲみたいな感じだろうか。

 これはダメかもしれんね!


『ば、馬鹿野郎! 小さくてもドラゴンはドラゴン! 戦闘力は計り知れんっ

 それに子ドラゴンは厄介だ! 何かあれば親がやってくるってことだからな!』


 ナイス、そこのおっちゃん!

 勝手に勘違いしてくれたらしい。

 実際、子供ドラゴンに手を出すと親が激昂してやってくるという話は有名だ。

 ドラゴン族は特に子供を可愛がるので、仲間が何体も襲ってくるかもしれない。

 僕はすっかり忘れてたけどね!


『そ、そうだったのか!? じゃ、じゃあ余計にヤバいじゃないかッッ!!?』

『そうだ! 魔物は全部ヤバい! 油断すると殺されるぞッ!』


 その通り。魔物はヤバいのだ。

 それに気づいてくれてよかった。

 おっちゃんの叫びに従って、村人達全員が逃げ惑う。

 村から逃げる人達が多い中、僕はただ見守った。


 まあ僕が何をするでもなく、僕という子供ドラゴンの存在を危険視しているので、勝手に逃げてくれるだろうと思ってのことだ。

 それに隣にはコボくんがいる。

 下位の魔物であるコボルトでも、普通の人からしたら危険な存在だ。

 ということで村人達は勝手に逃げてくれた。

 ああ、でも村から逃げたとしても食料がないと死んじゃうんじゃないかな。


 うーん、どうしよう。

 近くで僕達を監視しながら、村人達が逃げるように先導していたおっちゃん、多分村長さんかな、その人を睨んで叫ぶ。


『ただちにここから立ち去れぇ! だが食料を持っていく慈悲をやろう!

 さっさと食べ物とか旅のために必要な道具とかを鞄に入れるのだな!

 迅速に! そして慎重にだ!』


 ほんとごめんね。いきなりきて滅茶苦茶言っているよね。

 でもこうしないと僕もみんなも殺されちゃうから……。


『じ、人語を喋るドラゴン!? や、やはり高位のドラゴンだったのか!?

 わ、わかった! だから手を出さないでくれ!』


 ごめんなさい。高位どころか、ドラゴンですらないんです。

 ちなみに魔物が話す言葉は魔物語で人間が話すのは人語である。

 僕は両方話せるけど、魔物の大半は人語を話せない。

 話せる魔物は大体が高位の魔物だけだ。

 ということで人語を話すだけでヤバい魔物だという説得力も出る。

 あ、そうそう、コボくんはもちろん話せていないから、さっきのは言葉は通じていない。

 まあでも言っていることは人間にも想像はついたと思うけどね。


『にゃふふっ! いいだろう! だが忘れ物はするなよ!?』


 僕の言葉通りに村人達は急いで荷物をまとめて、村を出て行った。

 なんて手際がいいんだ。物の数分で村人達は逃げていった。

 残ったのは僕とコボくんだけ。

 僕は変化を解いた。

 上手くいった。よかった。一時はどうなることかと思った。

 誰も傷つけず、誰も殺さず、争いにもならず終わった。

 運が良かった。村に傭兵や冒険者とかがいたらヤバかった。


 うーんでも、村を乗っ取ったのは心苦しい。

 食料とかは持っていくように言ったけど、村を奪ったことは変わらない。

 寂れていても村は村なんだから。

 でも多分だけど、あの村人達は戻ってくる。

 恐らく近くの大きな街に行って、領主なりその村の衛兵なりに魔物がやってきたと話すだろう。

 領主がまともならば兵士を派遣するだろうし、ある程度の手助けはするはず。


 近くの村まで、人の足で三週間くらいかな。

 兵士が馬で来ると考えても、諸々の準備を考えて、多分一ヶ月はかかる。

 それまでにここから離れれば問題ないはずだ。

 とそこまで考えて、僕は違和感に気づいた。

 隣で何かふるふると震えている存在がいたのだ。

 コボくんである。


 あ、忘れてた。

 コボくんが最初に村を襲ったのだ。

 僕はその邪魔をしたし、人を見逃したし、傷つけることもしなかった。

 必要ないならしなくてもいいと考えたとしても、あえてそうする理由はない。

 あれでは僕が人間をかばったように見えてもおかしくはない。

 これは本格的にヤバいかもしれない。

 僕は恐る恐るコボくんを見た。


「コ、コボくん?」


 震えている。いや痙攣している。

 なんだ怒りに打ち震えているのか?

 僕は危険を感じ、後ずさりした。

 すると、コボくんが僕の手をガッと握った。

 あ、終わった。殺される。

 そう思ったのだが。


「す、すげぇぇーーーーーーっ!!」

「ふぇ!?」


 なぜか目をキラキラと輝かせて、コボくんは僕を見つめていた。

 あれ? 何この反応。


「ワンダ、すげぇっ! なんだ!? なんなんだ!? あの恰好!?

 かっけぇ! かっけえぇ! 人間みんな怖がって逃げてったぞ!

 しかも人間と話せてたぞ!? あったまいいんだな!

 すげぇ! すっげぇよぉ! ワンダはすげぇっ!」


 あれれぇ? なんかすごい褒められてる?

 これは予想外の反応だった。


「ま、まああれくらいは造作もないぞ!

 オ、オレには変化する能力があるからな!

 にゃふふっ!」

「そうか! それでか! すごいな! ワンダはすごいんだな!」


 興奮冷めやらぬ様子でコボくんは僕の手を握る。

 そう熱のこもった目で見られると背中がむず痒い。

 しかしよかった。

 ゴボくんがおバカ……じゃなく、純粋な子で!

 しばらく興奮した様子だったコボくん。

 このままでは事が進まないので、僕はやんわりとコボくんを押して、距離を離した。


「と、とにかく村の中を探すぞ!」

「そうだな! そうしよう!」


 コボくんを宥めながら僕は村を見回した。

 寂れた村。食料もあまりないだろう。

 その上、村人達に荷物を持ち出すように促した。

 本当に僕達が得られるものは少ないかもしれない。

 申し訳ないという思いと、仕方ないという思いで葛藤しながら、僕はコボくんと一緒に村の中を調べることにした。

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