第1話・その5


 建設者業員の事務所用なのか、平地の隅の方にプレハブ小屋が建っていた。

 突入班員たちは一旦小屋の陰に隠れ、怪我の程度を確認していた。

 数名、怪我を負っていた。救急手当てを施したものの、これ以上の戦闘継続は困難。退却し、援護班と合流すべきだ、と狩野は判断を下した。


「とはいえ、本部と連絡が取れないのが厄介だな……」


 通信中継機器を搭載していた突入車を潰されたのは、あまりにも痛かった。移動の足だけでなく、連絡手段も失ったのである。

 となると自力でチャンネルから出るしかないのだが、チャンネル侵入地点からここまで数キロは来ている。その距離を徒歩で、かつ怪我人を保護しながら戻るのは随分な手間だ。

 何か手はないものか、と知恵を絞ろうとして――


「……あの戦闘車両、乗っ取れないッスかね? 怪我人運ぶのにちょうど良さそうッスよ?」


 安慶名が呟いた。

 突入班が叩き落とされた斜面の上。どこかへ行ってしまったのか魔害獣たちはおらず、Uクリオンが乗り捨てた戦闘車両ソーサリオンがぽつんと残っていた。


「乗っ取るだと? そんなこと……」


 出来るのか? と言いそうになったところを、狩野は飲み込んだ。

「チャンスがあったら魔害獣の武器を鹵獲してこい」という飯江の言葉を思い出す。

 あのソーサリオンも「魔害獣の武器」ではないか。


「なーに、昔の特撮の乗り物なんてセキュリティとかガバガバなんスから、可能性はあるッスよ! とにかく試してみるッス!」

「そういうものか……? まあ、試してみるのは悪くない」


 その案に納得し、狩野は安慶名と二人で斜面の上に戻り、ソーサリオンに接近した。

 車体前面を覆うフロントガラスが大きく開き、操縦席が丸出しになっていた。普通の乗用車のような扉はなく、操縦席に乗り込むには側壁をまたいで乗り越えるか、ボンネットを這って乗り越えるしかなかった。


「どうなってんだこの車! 不便にもほどがある!」

「劇中だとたしか、Uクリオンはコックピットに飛び乗るか飛び降りるか、なんスよ。常人が乗り降りするのはまったく考えられてないんでしょ」

「ヒーロー用の乗り物とはいえおかしいだろ! それに雨の日とか、めちゃくちゃ雨が入ってくるじゃないか、このドア……!」


 文句を垂れながら、狩野はなんとか運転席に滑り込んだ。

 フロントパネルには色とりどりのボタンが秩序的に並んでいた。それぞれのボタンに一体どのような機能があるのか、それを示す文字はない。

 しかし一方で、運転席の真正面にはハンドルらしきものがあり、その左手にはレバー、足下にはペダルがいくつか。自動車と同じ感覚で運転できるように見える。


「こういうところは普通なのか……」

「普通のSUVに変形するッスからね、この車」

「おまけにイグニッションも鍵だな……」

「異星の科学の産物にしては、かなり地球人フレンドリーッスね。あまり細かいことは考えない方がいいと思うッス」

「ま、そうだな……指紋認証とかだったらお手上げだしな」


 ハンドルの右側、鍵穴に挿されたままの鍵を、安慶名はひねった。

 途端エンジン音が吹き上がり、色とりどりのボタンが一斉に点灯。自動的にフロントガラスが下りてきて、ぴたりと閉まる。

 おそるおそる、安慶名はレバーやペダルをいじくる。少しずつ車両を動かしてみた結果、


「どうやらマニュアル車と同じ操作でいけそうッス」


 という結論に至った。


「なら、Uクリオンが戻ってくる前にさっさと行くか。この異常な数のボタン類が何に使われるのか非常に気になるが……」

「そりゃ、ソーサリオンの武装を操るボタンじゃないッスかね。きっとどれかを押せば、さっき自分らの車を撃ったバルカンが――」


 安慶名が気軽にボタンを押そうとしたところを、狩野は素早く手首を掴んで止めた。


「おいやめろ! 何が起きるか分からない物を試すんじゃない!」

「えええ。押してみなくちゃ何が起きるかわからないッスよ!」

「自爆ボタンがあったらどうする!」

「あっ」

「今はみんなを連れていくのが先だ! 機能を確認するのはあとで――」


 とまで言いかけた時、突然の震動に襲われた。ソーサリオンごと、短時間揺さぶられる。


「おい安慶名! 何かいじったか!?」

「いえ何も――」


 反論しかけたところで、また震動。

 車両ではなく、地面そのものが揺れていた。

 さらに三発目。と同時に、日光が降り注いでいた操縦席に影が差す。

 二人は正面を見上げ、影をもたらした物を目の当たりにして、震動の正体を悟った。

 身長数十メートルはあろうかという巨人が、一歩を踏みしめるたびに地響きを立てていた。




「こいつは参ったね。まさかグランソーサーのロボ形態まで持ち出してくるとはなあ」


 巨大人型ロボット、グランソーサーの偉容を見上げながら、グレンオーは脳天気に言った。

 ディザボルトが焦りの声を上げる。


「ちょっと、こいつなんなの!? あいつこんな物も操れるの!?」

「普段は戦艦形態だけど、ロボ形態に変形するんだよ。こっちは生身だってのに、正義のヒーローの方が先にロボット出してくるとか反則だろうが」

「このままじゃボクら一方的に踏み潰されるよ!? どうすりゃいいの!?」

「そりゃ普通、ロボにはロボだけど……俺たち誰もロボット呼べねえよなあ?」

「あるわけないだろ! ペイルもないでしょ!?」

「ない。ならば手持ちの武器で戦うだけだ」


 ペイルガンナーは冷静に応じ、ライフルを構え、発射した。

 氷の弾丸は、巨大ロボの左膝のあたりに命中した。が、黒い装甲の表面をわずかに凍らせただけで終わった。ダメージほぼゼロである。

 更に悪いことに、今の発砲でグランソーサーはグレンオーたちの存在に気がついた。右腕を三人に向け、手首に仕込まれたバルカン砲で掃射を開始する。


「うへえええ! 逃げろ!」


 三人は地を蹴って逃げ出した。一瞬遅れて土煙の列が立ち上る。


「どうするのこれ!? 倒せそうにないんだけど!!」


 全力逃走しながら、ディザボルトは悲鳴を上げる。

 しかし、グレンオーはまだ絶望していなかった。


「いや、手はあるぜ! ちょいと外から物取ってこなきゃだけど!」

「マジ!? だったらさっさと取ってきてよ!」

「おめーらは時間稼ぎしててくれ! ロボがチャンネルの外に出たら大惨事確定だからな!」


 言いながら、グレンオーはカードを取り出した。


「ボクらを置いて逃げるつもりじゃないよね!?」

「なーに言ってんだ! 俺がおめーらを見殺しにするわけねえだろ! できるだけ急いで戻ってくるからさ!」


 地面にカードを突き立て、滑らせる。と、グレンオーの足下の地面に、扉サイズの輝きが生まれた。

 そのまま扉はぱかりと開き、引力でグレンオーを飲み込む。

 グレンオーが消えると、扉は自動的に閉まり、そして消えた。


「あ、ちょっと、どこ行くかくらい言ってよ! ほんとに戻ってくるんだろうな……」


 苛立たしげなディザボルトだったが、ペイルガンナーは気にする風もなかった。


「戻ってくる。あいつが魔害獣をほっといて逃げるとは思えない」

「ふーん。あいつのこと信用してるんだ」

「信用? さて、どうだか……とにかく時間を稼ぐぞ!」


 二人は逃走を再開した。常人をはるかに超える速度で、無人の荒れ地を全力で駆け抜ける。



「おーい、少年! そこにいたな!」


 蓮生はいまだ公園に留まっていた少年を見つけ、大きく手を振った。

 チャンネルからかなり離れた場所のため、ここには避難勧告は出ていない。ただ少年の友達は帰ってしまったらしく、銃を持った少年はたった一人でベンチに座っていた。

 少年は、警戒心もあらわにニョイボウガンを両手で抱きかかえた。


「また来たの?」

「おうよ。今度はただでよこせとは言わねえ。対価を持ってきたぜ」


 蓮生はハンバーガーの入った紙袋を掲げ、少年の隣に座った。


「バリューセットだ。そいつとこれを交換してくれないか?」


 紙袋を開き、ハンバーガーの匂いを嗅がせてやる。

 少年は目を見開き、いかにも物欲しげな反応を見せた。しかし、すぐにうんとは言わない。

 蓮生は説得にかかった。


「よく考えてみろよ。その銃、このあとどうすんだ? 家に持って帰ったら、確実に親に取り上げられるぞ。どっかに隠すにしても、いつ誰に見つけられるか知れたもんじゃねえ。だが俺と取引すれば、今確実にハンバーガーが食えるぞ。銃を手放す結果は同じにしても。なあ?」


 少年はなおもためらっていたが、どうやら食欲には勝てなかったようで、


「わかったよ! それと交換だよ!」


 ニョイボウガンを差し出しつつ、紙袋を力一杯ひったくった。


「あのな。もうちょっと礼儀ってものを――」


 銃を受け取りつつ、蓮生は文句を言おうとしたが、少年はベンチを飛び立ち、紙袋を抱えて駆け去ってしまった。


「やれやれ。ま、いいや。時間がねえんだし」


 短く呟くだけにとどめ、蓮生も近くの公衆トイレ目がけて走り出した。



 グランソーサーの操縦室はそこそこ広く、席が二つ横に並んでいる。Uクリオンは右側のメインパイロット席に座って巨大ロボを操っていた。

 正面には巨大なモニタが展開。ロボットの身体の要所に設置されたカメラが映し出す視覚情報を投影している。

 モニタ隅には別枠の小窓が開き、逃げ惑うペイルガンナー、ディザボルトの姿をはっきりと捉えていた。


「進めグランソーサー! あの二人を踏み潰すんだ!」


 Uクリオンは両手で二本の操縦桿を握り、おおよそヒーローとは思えない言葉を叫ぶ。

 グランソーサーには様々な火器が搭載されているが、火力の高いものは使えない。ド派手に爆炎や土煙を上げると、ターゲットの二人を見失ってしまう可能性がある。

 二人を追いつつ、Uクリオンはパネルを操作。カメラを駆使してグレンオーの姿を探すが、見つからない。


「三人目はどこへ行った……あの炎の魔人は……!?」

「……炎の魔人? 俺のこと?」


 突然後方から飛んできた声に、Uクリオンは腰を浮かして振り返る。

 操縦室の自動ドアが開け放たれ、そこにグレンオーが立っていた。


「貴様! どうやって入った!?」

「こうやったのさ!」


 グレンオーはニョイボウガンをUクリオンに向け、撃った。

 銃口からビームクローが飛び出したかと思うと、Uクリオンにくるくると巻き付いた。

 もう一度引き金を引くと、ビームロープが縮み、二人の距離が一気に縮む。

 その勢いを利用して、グレンオーは飛び蹴りをUクリオンに叩き込んだ。


「ぬがぁっ!?」


 顔面に足の裏を食らって、Uクリオンは吹き飛び、モニタに叩きつけられる。モニタに亀裂が走り、一気に画面がダウンした。

 ビームクローを解除して、グレンオーはニョイボウガンを軽く振ってみせる。


「こいつは俺の――というか、グレンオーの武器じゃないんだがね。ロボットの装甲に引っかけて登ってきたのさ。ソーサリオンが出てくるハッチに強引に穴を開けて、ここまで来たってわけよ」

「登ってきただと……!?」

「動く巨大ロボットにとりつくのは、結構な冒険だったぜ。とはいえ、さすがの俺も巨大ロボと正面から殴り合って勝つ自信はねえからよ。だったらパイロットを直接狙うしかねえだろうが!」


 グレンランサーを取り出し、斬りかかるグレンオー。

 たまらず、Uクリオンは操縦室の隅に逃げ、扉を蹴り開けた。そしてそのまま飛び降りる。


「逃がすかよ!」


 ためらわず、グレンオーも追いかけてダイブする。地上数十メートルの高さだったが、魔害獣にとっては何の問題も無い。地上に華麗に着地して、ダメージゼロで立ち上がる。

 先に着地したUクリオンはあたりを見回し――またもや三方を敵に囲まれていることに気づく。


「少し時間がかかったな」


 Uクリオンを見据えたまま、ペイルガンナーがグレンオーに語りかける。


「しゃーねえだろ! 巨大ロボットの中に侵入するのは簡単じゃねえんだよ!」

「遅すぎて、一人で逃げ出したんじゃないかと思ったよ」

「うるせえディザボルト! 俺がおまえらを見捨てて逃げるかっての!」


 余裕の会話を交わすディザボルト、そしてグレンオーである。

 一方、圧倒的不利な状況におかれて、Uクリオンは――


「ググ……! 貴様らごときに負けられん!」


 叫び、Uサーベル二刀流の構えを取る。

 と――突然、荒野に音楽が響き渡った。勇壮にしてアップテンポな、いかにも特撮BGM風の音楽が。


「なんだ……?」


 ペイルガンナーたちは辺りを見回す。近くにスピーカーらしきものは見当たらない。どうやらチャンネルそのものが音楽を奏でているようだ。

 あることを思い出し、グレンオーは息を呑んだ。


「わかった! こいつは処刑用BGMだ!」

「処刑……なんだと?」

「Uクリオンが必殺技を相手にブチ込む時に流れるBGMだよ! これが流れている間は多分ヒーローには勝てねえぞ!」

「じゃあどうする!?」

「逃げるんだよ! BGMが終わるまで!」


 二刀に構えたUクリオンは、ペイルガンナー目がけて突進した。

 ペイルガンナーはライフルを分離、二丁ハンドガンモードで迎撃する。しかし放たれる弾丸は何故か逸れ、あるいはUクリオンを包む謎のバリアで弾かれ、一切ダメージを与えられない。


「こういうことか……なら逃げる!」


 助言に従い、ペイルガンナーは踵を返して逃げ出した。

 しかし、ディザボルトは従わなかった。


「何が処刑用BGMだよ! バカバカしい!」


 Uクリオンを追いかけ、斜め後方から襲撃する。


「あっ! このバカ!」


 グレンオーはディザボルトの動きを見とがめ、地を蹴った。

 Uクリオンはディザボルトに気づいてくるりと身を翻し、


「アンリミテッド・インペイル!!」


 必殺技名を叫ぶとともに、右のUサーベルを一振り。

 Uクリオンとディザボルトの距離は数メートル。絶対にサーベルは届かない間合いだった。ところが――

 一息にサーベルが数メートル伸びた。

 予想外の動きに、ディザボルトは避けるどころか止まることもできず――


「どけぇッ!!」


 グレンオーがディザボルトを全力で蹴飛ばした。

 直後、光の剣はグレンオーの胴を貫通。

 ごろごろと転がったディザボルトはすぐに跳ね起き、振り返って、目の当たりにした。


「……グレンオー!?」


 Uサーベルの先端がグレンオーの背まで貫通している姿を。


「だから言っただろうが……処刑用BGMはやり過ごせってよぉ……!」


 苦しげな声を漏らしながらも、グレンオーは右手一本で掴んだグレンランサーをぐるぐると回し、必殺技で反撃に出ようとする。

 Uクリオンは距離を詰め、左のサーベルでグレンランサーを袈裟斬りにした。

 右のサーベルを引っこ抜き、更に袈裟斬り。

 袈裟斬り袈裟斬り、さらに袈裟斬り。

 めった斬りにした上で、最後に二本のサーベルを同時に突き、背まで貫く。


「業火……剣嵐……!」


 最後の力を振り絞り、グレンオーはグレンランサーを放った。が、炎の輪はUクリオンを大きく外れ、天へと投じられた。

 Uクリオンはサーベルを抜き、数歩下がって、フィニッシュポーズを取る。

 グレンオーはがくりと崩れ落ち――


「ぐあああ――っ!!」


 大爆発。

 紅蓮の炎が柱となり、空をも焼き尽くす勢いで立ち上った――

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