第1話・その4
3S突入班が乗ったワンボックスカーが、丘を登るゆるやかな坂を走っている。
自然に囲まれたのどかな景色が続いている。平和そのものだ――だがその実態は、今回発生したファンタズマチャンネルの内部に作り出された偽物の景色だった。
これからニュータウンとしての開発が始まるその直前、という趣の風景だ。最近作られたばかりに見える太い道路が延びているが、その周囲は何もない。真っ平らに整地された地面が棚田のように並んでいるが、家どころか基礎すらない。辛うじて電信柱が退屈な眺めに変化を与えている。
『昔の特撮番組は、しばしばこんな場所で撮影されていたものさ』
ヘルメット内のイヤホンを通じ、突入班全員に飯江の声が届けられる。
『おそらくそこは、市内の四季が丘ニュータウンのかつての姿だろう。景色はともかく、地形に見覚えのある人もいるんじゃないかな?』
「すっごい見覚えあるッス!」
そう答えたのは、突入車のハンドルを握る安慶名晴だった。
「いとこが住んでるから、今も時々行くッスよ! だから道自体はすっごいよくわかるッス! 建物が何一つないから変な感じッスけど!」
『それならさぞかし眺めがいいだろう。何か怪しいものは見えないかね?』
「視界は良好ッスけど、どこまで行っても普通の風景ッス。どうスか先輩?」
安慶名は助手席に座る狩野に意見を求めた。
「何も見えないな……。魔害獣どころか、人影一つ無い」
『気をつけたまえ。敵が身体一つで現れるとは限らないからね』
「どういうことです?」
『特撮ヒーローは乗り物を持っているものだ。例えば、今回の魔害獣はUクリオンのようだが――』
3Sはまだ魔害獣の姿を確認していない。しかしそれでも今回発生した魔害獣はUクリオンだろうと判断していた。
八界工業団地にチャンネルが発生した結果、そこで働いている人々は全身黒タイツに金の仮面、という姿の戦闘員に変身させられた。ゴールドンという名の、Uクリオンの劇中に登場する戦闘員の姿だった。
チャンネル発生に伴い生まれる戦闘員の種類を特定できれば、魔害獣の正体もほぼ特定できるのである――もちろん、複数のヒーローが登場する番組の戦闘員だと、そうもいかないが。
『Uクリオンはソーサリオンという武装車両を操縦する』
「武装車両ですか……」
『普段はSUVタイプの普通車両だが、妙なメカニズムで巨大化して、戦闘モードや飛行モードに変形する。途中で妙な車を見かけなかったかね?』
「妙な車……古いデザインの乗用車が止まっているのはちょいちょい見かけますが」
『それはUクリオン撮影当時の車だろう。古いのは仕方ない。ソーサリオンSUVタイプだって……いや待て! たしかソーサリオンには光学迷彩機能があったはずだ』
「光学迷彩? 透明になるアレですか?」
『透明に見えるのはその通りだが、正確な表現ではないね。詳しく説明すると――』
「いえ、説明は後で……うああっ!?」
その時、凄まじい衝撃が突入車を襲った。
併走する大型車に横からぶつけられたみたいに、突入車は道路の外へはみ出した。
電信柱に衝突しそうになるも、安慶名がハンドルを回し、すんでのところで車道に復帰。
しかし直後、再び衝撃。
「うおっ!? どうした!?」
突入班員たちが悲鳴を上げる。
狩野は隣の車線を見やった。併走する車など無く、見えるのは無人の平地ばかり。
しかし、そこにはたしかに何かがいた。風を切って走る何かが。
「噂をすれば、か!? 全力で引き返せ!」
「了解!」
狩野は叫び、安慶名は急ブレーキを踏みつつハンドルを回す。
突入車は急カーブし、ブレーキ音を立てつつ平地に突っ込む。ドリフトをかけて車体を回し、見事に短時間で向きを一八〇度変えてみせる。
安慶名がアクセルを踏み込もうとした寸前、戦闘車両ソーサリオンが姿を現した。
光学迷彩を解除し、車両前方からバルカン砲を発射。
弾丸が突入車のタイヤを引き裂く。突入車は制御を失い、ぐるりと回転。
そこへ狙い澄まし、ソーサリオンは突入。突入車の横腹へ激突した。
突入車はあっさりとひっくり返され、横転。横手の斜面へと転がり落ちていった。
三度、四度、五度と派手に跳ねながら転がり、十数メートル下の荒れ地に転落。
一瞬の間の後、突入車は大爆発を起こした。
ソーサリオンは斜面のそばに停車した。車両前面を覆うフロントグラスがまるごと開き、運転席に座るUクリオンの姿が現れる。
Uクリオンは運転席の側壁に手をかけ、床を蹴り、かっこよく地面に降り立った。斜面の縁まで進み出て、下方を見下ろす。
何もない、平らなスペースが広がっていた。白っぽい土の地面で、雑草がまばらに生えている。造成区画とはまた異なる――というか、そもそも四季が丘ニュータウンには存在しない平地である。ここはファンタズマチャンネルであり、実際の風景を完全にコピーしているわけではない。
その一角で、突入車は赤く炎上していた。
車両の中から、一人、また一人と突入班員が這い出てくる。随分とダメージを負っている風ではあるが、各自自力で歩ける程度の余力は残っているようだった。
「ただで逃しはしない……存分に恐怖を味わってもらう!」
Uクリオンは腰に差している光線銃を抜くと、射撃を開始した。
「ぬあっ!?」
狩野のすぐそばで光線が着弾、派手な土煙を上げた。
光線銃の連射が降ってきて、土煙が列を作る。
辺り一面平地、遮蔽物になり得る物が見当たらない。
「全員散らばれ! 全力で逃げろぉ!」
狩野の絶叫を受け、突入班員は全員ばらばらに逃げ出した。
狩野自身は踏みとどまり、辺りを見回して、倒れたままの班員を見つけた。
「綿貫! 大丈夫か!」
班員の名を呼び、すぐさま駆け寄る。
綿貫は顔面を強く打ち付けたか、頬から出血していた。意識はあるが、もうろうとした表情である。
狩野が抱え上げようとすると、綿貫は苦悶の声を絞り出した。
「班長……! 俺のことは見捨てて、早く逃げて下さい……!」
「馬鹿野郎! 見捨てるなんてできるかよ! 痛ぇだろうが、死ぬ気で走れ!」
すぐに言い返し、綿貫を抱えて無理矢理立たせ、強引に歩かせる。
と、安慶名が戻ってきて、狩野とは反対側の肩を支えた。
「おい安慶名! なんで戻ってきた!?」
「一人より二人ッスよ!」
議論している間など無かった。二人で綿貫を支え、必死に逃げた。いつ光線が飛んできて、狩野たちの身体を貫くか、恐怖に苛まれながら。
しかし、気づかぬうちに光線は止んでいた。
逃げる足は止めぬまま、狩野は振り返り、崖上を確認する。
崖上にいた魔害獣はただ一人のはずだった。だが今は、複数の魔害獣の影が現れては消え、戦っている。
「クッ! O類の奴らがまた出たのか……!」
「今のうちッスよ今のうち! なんでもいいから逃げるッス!」
屈辱感を覚える狩野だったが、今は安慶名の言葉通り、逃げ切るチャンスだ。私情を払い捨て、ただ走る。
「ちょあああ――っ!!」
突然の怪鳥音を背に受けて、Uクリオンは振り向きざまに射撃。
その背に迫っていた影は、すんでの所で光線を回避し、Uクリオンの懐に潜り込んで、
「はああ――っ!!」
胸部に裏拳を叩き込んだ。ドゴォ! と派手な衝撃音が立ち、Uクリオンは吹き飛ばされた。
空中で体制を整え、Uクリオンは両脚で着地。
そして視認する。自分を吹き飛ばした相手、黄色いバトルスーツに身を包んだ怪人の姿を。
「何者だ、貴様……!」
「フフッ! ディザレンジャー・ディザボルト!」
魔害獣に変身した瀬戸浦昴は、そう名乗った。
特撮番組「大自然戦隊ガイアレンジャー」に登場する悪の戦隊、ディザレンジャー。その黄色を担当する、雷を操る悪の戦士、ディザボルト。
ディザボルトは地を蹴り、一瞬でUクリオンに追いついて、銃を握る手を掴んだ。
「ショックボルト!!」
必殺技名を叫ぶと同時に、手から電撃を放出する。バチバチッ、と電撃音が爆ぜ、白い閃光が飛び散った。
激痛に思わずUクリオンは悲鳴を上げ、銃を取り落とした。咄嗟に大きく飛んで逃げ、一旦間合いを取る。
「おのれ……邪魔をするな!」
腰につけていた棒状の道具を取り出し、一振り。途端、光が伸びてブレードを形作った。Uクリオンの武装、Uセイバーだ。
光の剣を振りかざし、Uクリオンは反撃に出ようとし――
突然の銃撃音。
「!?」
足下に衝撃を受け、Uクリオンは動けなくなる。
足首から下が凍り漬けにされ、地面に固定されていた。
更に第二、第三の銃撃。
Uクリオンは良く反応し、飛んできた弾丸をUセイバーで弾いた。
弾丸が飛来してきた方向を見やり、銃撃者の姿を見いだす。
全身青、顔面にX字のスリットが刻まれた怪人を。
「……さすがだな。弾丸を弾くだけの力はあるか」
得物のライフルを構えたのは、天浪魁が魔害獣に変じた姿、ペイルガンナー。
「甲鉄騎兵アイアンサイダー ジャッジメント」に登場する、射撃戦闘を得意とし、氷の弾丸を操る怪人。
ペイルガンナーが両手で抱えていたライフル風の銃が、真ん中から分離して、二丁のハンドガンに変化する。青い怪人は横手に走りながら、二丁拳銃での銃撃を開始した。
「好きにさせるか!」
UクリオンはUセイバーで足下の氷を粉砕、ペイルガンナーを追いかける。もう一本のUセイバーを取り出し、二刀流で振り回して、弾丸を弾き、あるいは避けながら、距離を詰めていく。
もう数歩で光の剣が届くところまで詰め寄って――
「オラァァァァ――ッ!!」
叫び声が割り込み、長柄の武器がUセイバーを受け止める。
炎の方天画戟、グレンランサー。不死身の怪人、織園蓮生が変じたグレンオーの得物だ。
互いの武器をぶつけ合い、力比べに入るUクリオンとグレンオー。
「次から次へと……なんなんだ貴様ら……!!」
「俺は不死身のグレンオー! 泣く子も黙る悪鬼羅刹よ! ご存じない?」
「知るか!」
「率直な意見をどうも! 元の番組マイナーだからなあ……それよりあんた、さっき3Sの連中を一方的に撃ってたのはいただけねえなあ! 抵抗できない相手を撃つたぁ、正義のヒーローがやることじゃねえだろうがよおッ!!」
前蹴りを放ち、グレンオーはUクリオンを押しのけた。
大きく後ずさって、Uクリオンは立ち止まる。
グレンオー、ペイルガンナー、ディザボルト。
三方を怪人達に囲まれていた。
「そ……そっちこそ、三対一で戦うとか、卑怯じゃないか!」
Uクリオンが反論する。
しかしグレンオーは肩を揺らして笑った。
「そりゃま、俺たち、悪党だからなあ? 勝つためには卑怯だのクソだの言ってられるかよ!」
「これは命を賭けた戦いだ。多数で少数に当たるのは当然の戦術」
そう言い返し、ペイルガンナーは問答無用の銃撃を放つ。
「ぬおおっ」
足下を狙う銃弾を、Uクリオンは地を蹴って逃げる。
が、飛んだ先に待っていたのはディザボルトの飛び膝蹴り。
「これは試合じゃないからさぁ! 情けはかけないよ!」
Uクリオンは腕で防御して膝を受け止め、直撃をどうにか回避。すぐにUセイバー二刀を振り回し、反撃に出る。
しかし、ディザボルトはスウェーで的確に攻撃を回避。宙を舞う羽根のごとくふわふわと揺れ、かすりヒットすら許さない。
さらにそこへ、グレンランサーの一撃が降ってくる。
「さっさと地獄に行きなぁ!」
身体の側面に浅い一撃をもらい、Uクリオンのバトルスーツが小爆発を起こした。
その反動で大きくはじき飛ばされ、地面に激突。しかしすぐに身を起こすと、右手首の通信装置を口元に寄せ、
「負けられるか……! グランソーサァァ――ッ!!」
一声叫んだ。
と同時に、Uクリオンの姿は光に包まれ、消え去った。
「なんだと……!?」
「どこ行った……!?」
ペイルガンナーとディザボルトは驚き、Uクリオンが消えた地点に駆け寄った。
あたりを見回しても、影すら見当たらない。二人は戸惑う。
遅れてグレンオーが近づいてきて、のんきな調子で語った。
「あーあ、逃げられちまったな。変な物呼ばれる前に仕留めたかったんだけど」
「……変な物だと?」
「Uクリオンが操るのはソーサリオンだけじゃねえぞ。グランソーサーって言う巨大ロボも持ってるんだぜ」
「巨大ロボって……」
グレンオーの説明を受けて、ディザボルトは悟った。
少しして、凄まじい地響きが三人を襲った。
地震とは全く異なる――まるで巨大ロボットが地上に降り立ったかのような揺れが。
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