第1話・その6


 轟音とともに爆炎が巻き上がり、砂利が勢いよく跳ね上げられる。

 赤く揺らぐ炎、それに伴う白黒の煙はあまりにも大きく、グレンオーの姿は完全に飲み込まれて、失せてしまった。

 Uクリオンは決めポーズを解いた。残る二人の敵へと歩を踏みだし――


「…………!?」


 突然、強烈な脱力感に襲われた。

 がくりと膝をつく。どうにか転倒は免れたものの、動けない。


「な……!? これは一体……!?」


 身体の異常に、焦るUクリオン。

 向こうを見やれば、ペイルガンナーとディザボルトが遠巻きにUクリオンを見つめている。

 仲間を倒されたはずなのに、まるで慌てている風がない。

 何かがおかしい、と気がついた時――


「……あんた、エネルギー切れだぜ。原作通りにな」


 グレンオーの声がした。

 びくり、とUクリオンは動揺する。まだ煙が多量に漂い、グレンオーの姿は見えない。


「貴様、生きてるのか……!?」

「アンリミテッド・インペイルはUクリオンのエネルギーを大量に、しかも一気に消耗する。だから少しの間動けなくなるんだぜ。たしか、その隙を狙われてピンチに陥るエピソードがあったはずだ」

「説明などどうでもいい! おまえはたしかに必殺技でトドメを刺したはず……!」

「さっきちゃんと名乗っただろ? 俺は不死身のグレンオーってさあ……!」


 風が流れ、煙が吹き払われて、一気に視界が開けた。

 そしてUクリオンは目の当たりにした。

 地面に力なく転がっている、グレンオーの上半身を。

 下半身はどこにも見当たらなかった。

 常人であれば、確実に即死。

 しかしグレンオーは生きていた。


「俺も原作通りに不死身なのさ。だからこの程度じゃ死にはしねえ。死ぬほど痛ぇけどな!」

「なん……だと……」

「俺の勝ちだぜ。動けない相手を狙うのは簡単だ……!」


 右手を掲げ、天を指さす。

 重い首をもたげて、Uクリオンはその指さす先を追う。

 天から、回転する炎の輪が降ってきた。

 頭上に投じられた業火剣嵐が、重力に引かれ戻ってきたのである。

 エネルギー切れを起こしたUクリオンに、避ける術はない。


「馬鹿な……ッ!」


 グレンランサーはUクリオンの背を深く裂いた。

 銀色のスーツがざっくりと断たれ、激しいスパークが飛ぶ。

 致命的一撃だった。

 Uクリオンは最後の力を振り絞って、グレンオーに手を伸ばした。


「俺の負けだってのか……! 何故……!?」

「そりゃ簡単。おめーはヒーローの力を振り回しているだけで、ヒーローについて何も理解してねえからさ。他人を乗っ取るだけじゃなくて、ちょっとは勉強するこったな、ファミリアさんよ!」

「そん……な……!」


 伸ばした手はむなしく空をかき、Uクリオンは地に崩れた。

 直後、大爆発。

 轟音と爆風が巻き起こり、グレンオーは再び炎に包まれる。

 その炎の中で、グレンオー新たな下半身を形成した。

 爆風を受け止めながら転がり出て、数メートル向こうに着地。

 両脚で地面を力強く踏みしめ、再生した身体の具合を確かめる。新たな下半身には何の違和感もなかった。


「いやー、疲れた。やっぱり身体を治すのはかなり消耗するわ。ディザボルトが妙なことしなかったら、俺もこんな痛い目を見ずに済んだんだがな!」

「悪かったよ! 今回はボクの判断ミスだ」


 ディザボルトは素直に謝る。

 グレンオーは一つ頷く。


「わかってくれりゃ、それでいい。それにしても、グランソーサーが出てきた時はどうなるかと思ったが、なんとかなったな……!」

「ああ。今回はおまえに助けられた」


 グレンオーの横を通り抜け、ペイルガンナーがUクリオンの元へ向かう。

 爆炎が消え去った後、その中心地には男が一人――荒木浩二、魔害獣Uクリオンを生み出した男――が仰向けに寝転がり、気絶していた。その胸には、半端に差し込まれたカードが二枚。一枚にはUクリオンの姿が描かれ、もう一枚は黒一色。


「こいつも、ステラノカルタに操られた被害者か……」


 呟きながら、カードを二枚とも抜く。

 直後、あたり一面光に包まれ、ファンタズマチャンネルは消え去った。




「……あっ! チャンネルが消えたッスよ!」


 チャンネルの消滅を、突入班の面々はそのすぐ外側で迎えた。

 造成中のニュータウンへ向かう道は消え去り、もとの工業団地が蘇る。チャンネルの中の光景は全て幻と化したが――


「それでもソーサリオンはそのままッスね!」


 安慶名は驚きの声を上げ、戦闘車両の外装を叩いた。

 飯江の指摘通り、チャンネルの産物であるはずのソーサリオンは、チャンネル消滅後も健在だった。しっかりと物体としてそこにあり、消える様子はない。


「今回はいい戦利品ができたな……」


 しみじみと狩野は呟いた。ソーサリオンが使えたおかげで、負傷者を迅速に運搬し、援護班に引き渡すことが出来たのである。負傷者達は既に病院へと向かっていた。


「これはこのまま、自分らの新たな突入車として活用したいッスね!」

「そうだな。だがこの車で公道を走っていいのか……?」

「特殊車両とかで登録すれば大丈夫でしょー。自分たちで魔害獣を倒せる唯一の手段だって押し通せばヘーキヘーキ」

「……自分たちで魔害獣を倒す、か」


 そのフレーズは、狩野を大いに刺激した。

 今回のチャンネルもまた、自分たちの手で消滅させることはできなかった。

 どこの誰とも知れぬ輩、魔害獣O類に任せきりという現状は、非常に問題だ。彼らが未来永劫八界市民の味方であり続けるとは限らない。O類がK類と変わらない振る舞いを始めた時、全ての責任は3Sにのしかかる。

 備えなければならない。その足がかりに、このソーサリオンはなるはずだ。


(平和は自分たちで勝ち取る。それが俺たちに課せられた義務だ)


 固く、狩野は誓ったのだった。




「祝勝会なんて大したもんじゃないが、みんなお疲れ様」


 蓮生は紙コップを掲げた。乾杯のつもりだったが、魁も昴も応じようとはしなかった。


「おまえら冷たいなあ」

「紙コップで乾杯とか、何か意味があるのか。それにただの水だぞ」


 と応じて、魁は一息に紙コップの中の水を飲み干した。


「気分の問題だよ! どうせ俺たちの活動なんて誰にも褒めてもらえないんだから、せめて俺たちだけでささやかに祝おうってんじゃねえか」

「気持ちは分かるけど、ただの水じゃねえ」


 昴もさほど興味なさそうで、既にカレーを食べ始めていた。


「おめーはまたカレー食ってんのか。昼に食ったばかりじゃねえのか」

「カレーは食事でもおやつでいける。神がこの世にもたらした最高の食べ物だよ」

「こいつ血管にカレーが流れてるんじゃねえのか……。どう思うよ、魁」

「バカバカしい話だ」


 魁は鼻を鳴らした。


「神がこの世に授けた食べ物はうどんに決まっている」

「こっちは血管にうどん出汁が流れてたか……」


 悲しみに満ち満ちた表情で、蓮生は自分のハンバーガーに噛みついた。


「今回もなんとか勝てたけど、どうせまた誰かがステラノカルタを挿されて、チャンネルを生み出すんだろ? 俺たちの敵って一体何が目的なのよ?」

「それはボクも気になるね。どうなの、魁?」


 蓮生と昴は、魁を注視する。

 魁は顔色一つ変えず、うどんをすするばかりだった。


「すぐには教えられん」

「まだ俺たちのことを信用できねえってのか。これまで何度も一緒に命を賭けて戦ってきてるってのに、冷たいねえ」

「感謝はしている。俺一人ではここまで手際よくチャンネルを潰せてはいないだろう。その点は認める」

「俺たちも色々知っておくと、もっと手際よくできると思うんだけどね?」


 うどんを食べる手を一旦止めて、魁は一息ついた。


「おまえたちには、魔害獣どもと戦う義務なんてない。裏を返せば、いつだってこの戦いから逃げられるってことだ。そんな相手に全ては伝えられない」

「俺は逃げる気無いけど」

「ボクも逃げるつもりはない」

「どうだかな」

「随分なめたこと言うね……」


 昴が険悪な雰囲気を放つ。しかし魁は全く動揺しない。


「逃げることが悪いとは言っていない。ただ、不必要なことを知りすぎていると、逃げたいと思った時に逃げられなくなる」

「意味が分からないね」


 吐き捨てるように昴は言ったが、蓮生は腑に落ちたような顔をした。


「あー、わかるわかる。特撮で時々あるな。サブヒーローの正体が実は怪人だって主人公が知ってしまって、秘密を守るため共犯者にならざるを得ない、なんて展開が――」

「俺にはおまえのたとえがわからん」


 魁は眉をひそめた。


「ま……いずれ話すことになるだろう。いずれな」

「いずれ、っていつかなあ」


 昴はなおも懐疑的だったが、蓮生がなだめた。


「いいじゃないの。いずれ話す、ってだけでも前進だぞ」

「随分小さな前進だなあ……」


 魁はそれ以上何も言わず、うどんを食べ続けた。



 怪人に変身する力を身につけ、偶然出会った三人の少年少女。

 これから彼らにどんな戦いが待っているのかは、誰も知らない。

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怪人戦隊アクトウジャー 橋本ジェミニ @Hashimoto_Gemini

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