闇洗濯機

卯月みお

第1話 洗濯機

 誰か俺の話を聞いてほしい。

 今から話すのは俺の人生の話だ。


 神様っていうのは何でこんなに残酷なんだろう。

 俺は両親がクソ、上司がクソ、モテない、童貞と三重苦も四重苦も背負った人間だ。

 神は越えられる試練しか与えないというが、

 両親がクソというのは越えようのない試練だと思う。

 両親は俺の稼ぎにたかってくるし、顔を合わせれば「お前も年なんだから早く結婚しろ」だの「私たちに早く孫を抱かせて」としか言わない。

 そんな生活に嫌気がさして、俺は地元から遠いところに就職し、就職が決まると同時に家を出た。

 それで平穏な生活を送れると思ったが、今度は――


「やあ佐藤くん、お疲れ!」

 このクソ課長だ。

 俺がどれだけテメーの事を嫌ってると思ってんだよ!! 今やってる残業だってテメーが終わらなかった仕事の手伝いだぞ!?

「お疲れ様です、課長。コーヒーでもおれしましょうか?」

 だが俺は大人なので、そんな事はおくびにも出さず答えた。

「お、気が利くね!いや〜、僕は佐藤くんみたいな部下を持って幸せだな〜」

 と、課長は幸せそうに笑っている。

 気が利くんじゃねーよ! 前も残業して仕事手伝ってたら、次の日会社で「佐藤くんは気が利かない。一緒に残業しているのにコーヒーのひとつも淹れないなんて。全く、親の顔が見たいものだね」っつったのはどこのどいつだぁ!?

 そんな事を考えながらコーヒーを淹れ、課長の席へ持って行く。

「課長、お待たせしました」

「お、ありがとう」

 課長は早速、コーヒーに口をつけた。


 課長はすぐに眠った。

 俺がフルニトラゼパム入りのコーヒーを飲ませた事にも気づかずに。

 フルニトラゼパム――重度の不眠患者に使われる睡眠薬で耐性のない人はすぐに眠ってしまうのに加え、飲んだ前後の記憶も消える。

 液体に浸かると青くなるが、コーヒーの色の方が濃かったので気づかれなかった。


「さて、と」

 俺はカバンから包丁を取り出すと、課長の身体をめった刺しにした。

 鮮血がそこらじゅうに飛び散る。

 まぁ、いいか。後で拭けばいいだけだし。

 思う存分刺した後、飛び散った血を拭き取る。

 俺はカバンからノコギリを出し、課長の死体をした。

 解体した死体を黒いゴミ袋に入れ、俺は会社を後にした。


 死体の処理はどうするのかって?

 実は俺んちの洗濯機は少し変わっていて、洗濯機に物を入れると、不思議な事に忽然こつぜんと消えてしまうんだ。

 だから、洗濯機そこに入れればいい。

 俺はいったんゴミ袋を置き、鍵を差し込み、ドアノブを引いた。だが、ドアは開かなかった。

 つまり、ドアが開いていたという事だ。鍵をかけ忘れたか? 不思議に思ってもう一度鍵を差し込んでドアを開けると、見覚えのある靴が2足あった。

 えっ!? 両親あいつらにはここの住所は教えていないのに⋯⋯!?

 慌てて部屋に入る。

 すると、両親が座ってテレビを見ていた。

「久しぶり。やっと会えたわね」

「どうやって、ここの住所調べたんだよ⋯⋯」

 それしか言えなかった。

「探偵を雇ったのよ。お母さんたちね、あなたに話したい事があって来たの」

「何?」

 どうせろくな事じゃないだろうが。

「なかなかお金が送られて来ないから、来ちゃった!」

「⋯⋯⋯⋯ふざけんな! もうお前らに金なんか送らねーよ! 頼むから解放してくれよぉ⋯⋯」

 最後の方は嗚咽おえつ混じりの訴えだった。

「親に向かってその口の聞き方はなんだ!!」

 いきなり父に殴られ、俺は文字通り吹っ飛んだ。

「そういえば、その袋はなぁに? ゴミなら分別してあげる」

「あ、それは⋯⋯」

 が、時すでに遅し。次の瞬間、母の悲鳴が響いた。

「な、何よこれ⋯⋯!!」

「会社の上司。ムカつくから殺した。おまえらにも死んでもらうから」

「やめろ! こんな事⋯⋯許されると思ってるのか!?」

「つべこべうるせーな」

 俺はカバンから上司を殺すのに使った包丁を取り出し、父をめった刺しにした。

「あ、あぁぁ⋯⋯」

 母は腰が抜けて動けないらしい。

 チャンスだ。

 俺は母も父と同じように、めった刺しにした。

 あーあ、部屋が汚れちゃった。

 解体したら拭かなきゃな。


 さて、解体も掃除も済んだ。

 次は死体の処理だ。

 俺は解体した死体をゴミ袋に入れ、脱衣所まで運ぶ。

 解体した死体は、意外と重く、脱衣所まで引きずって運んだ。

 ずるずる、という床とゴミ袋がれる音がした。

 俺は洗濯機の扉を開け、そこに足だの生首だの腕だのを次々と放り込み、扉を閉めた。

 これで大丈夫だ。


 次の日、会社に行くと、

 課長が行方不明だという話でもちきりだった。

 でも、心配する声はなく、代わりに

「あのパワハラ野郎、ついにいなくなったな!」

「マジせいせいするよな!」

 といった歓喜の声が上がっていた。

 幸いにして、俺が殺した事はバレていないようだった。

「なぁ、佐藤。お前、課長に相当やられてたよな? 嬉しいだろ?」

 同僚の鈴木が話しかけてきた。

「まぁね。これで心穏やかに仕事ができるよ。」

「もしかして、死んでたりして」

「え!?」

 こいつ、図星を突いてきた!

「あ、もしかしてお前か?」

「そんな訳ないだろ!だいたい、殺人なんて犯罪だし⋯⋯」

 俺は慌ててごまかした。

「だよな! ⋯⋯あ、死んでるで思い出したんだけどさ、会社の近くに山あんじゃん? あそこ、出るらしいぜ」

 ごまかせたらしい。俺は胸をなでおろした。

「え、出るって⋯⋯幽霊だよね?」

「それ以外何があんだよ! 肝試し、行かね?」

「1人じゃダメなのか?」

「出た場合の証人だよ。1人が『出た』って言うより、2人の方が信じてもらえるかと思って」

「何だそれ⋯⋯。いいよ、いつ行く?」

「早速今日で! 仕事帰りに行こうぜ!」

「分かった」

 俺は鈴木と肝試しに行く事になった。


「早く来いよー、置いてくぞー」

「待ってくれよー!」

 仕事ばかりで運動していないから、身体がなまっているらしい。鈴木から離されてしまっている。

 やっと追いつき、鈴木と並んで歩いていた時、ある事に気がついた。

 のだ。それも3人。

 こんな時間に人?

「なあ、すず⋯⋯」

 俺は鈴木に声をかけた。

「ひっ⋯⋯⋯⋯」

 鈴木の顔は恐怖に歪んでいた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「お、おい、鈴木!?」

 俺が止めるのも聞かず、鈴木は先ほど通った道を走って行った。

 俺も追いかけようとした。

 しかし、動けない。

 振り返ると、3人が凄い力で俺の腕をつかんでいた。


「さ⋯⋯ない、さ⋯⋯ない」

 何か言っている。俺は耳を傾けた。

「許さない許さない許さない⋯⋯」

 俺は戦慄した。

 3人が課長と両親なうえに、洗濯機がこの山に繋がっていた事に気がついたからだ。

「ひ⋯⋯⋯⋯っ!」

 次の瞬間、3人が腕をつかんでいない方の手で、俺の首を絞めてきた。

「かはっ⋯⋯⋯⋯」

 先ほどと同じく、凄い力だった。

 しかも、時間と共に強くなっていく。

 苦しいうえに、3人の爪が食い込んですごく痛い。

「も⋯⋯やめ⋯⋯」

 薄れゆく意識のなか、絞り出すように声を出したが、声は虚しく消え、俺は意識を手放した。


『都内の××山で男性の遺体が見つかりました。遺体の身元は近くの会社に勤めていた佐藤さんと見られています。佐藤さんは首を絞められた跡があり――』

 というニュースが流れた事を、佐藤は知るよしもない。

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闇洗濯機 卯月みお @mio2041

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