1-7 昏き地より出でる者


 この世界――、人類が築いた文明は一度破滅を迎えているらしい。もちろん原因は龍であり、その根幹となっているのがウロボロスの存在だ。

 まぁ、そこらへんの歴史とか事情はどうでもいいんだが、その滅んだ文明の高度な技術をサルベージするのも俺達の仕事だったりする。


 今日の天気は快晴だ。風はおだやかで、急な雨に悩まされる心配も無いだろう。絶好のピクニック日和なのだが、場所が場所なので浮かれた気分の奴はいないはずだ。


 カグラの運転する車両に揺られること数時間。俺達は旧帝国の跡地に到着した。

 石造りの民家が建ち並び、白亜の宮殿の聳える都市には人の気配というものが無い。放棄された街の不気味さというのは独特で、終末感の中にどこか寂しさを内包している。

 人の手から離れた煉瓦のメインストリートはひび割れ、そこかしこから背の低い雑草が伸びている。ミッドガルの庇護から追放された人間が流れ着く場所、それがこの帝国跡だ。


「……あの、先輩」


 セレーネが不安そうに声をかけてくる。


「どうした?」


「外地での任務というのは流石に早すぎないでしょうか……?」


 自信がないのか、セレーネはじゃっかん俯いて上目遣いで言う。

 そんな彼女の姿勢を見て、少し気がついた事がある。セレーネの実力は確かなものだ。アカデミー主席の実力というのも頷ける。


 魔術の技術はすでに小隊長レベルであり、近接戦闘のレベルも高水準だ。

 しかし、この獣耳少女、自分にあまり自信が持てていないのはではないか?  それがどういう経緯や理由でなのかは予想できない。けれど、教育係を引き受けた以上、そこらへんのケアもしてやりたいと思うのだ。

 すぐにどうこうできる問題ではないのは百も承知。まずは少しでも自信を持たせてやるか……。


「今までの様子を見る感じだと、問題ないはずだ。それに特務部隊の人間だって全員揃っている。安心しろ」


「そう、ですね。すいません、変な事言って」


「気にするな。だがまぁ、不安になるのも仕方がないよな……」


 今度こそ気の利いた言葉をかけてやろうと思考を巡らせるが、良い言葉が出て来ない。時間が経てば経つほど言葉は詰まってしまう。


「そうですねぇ、そんなセレーネさんにはぁ、私が初めて外地任務でゼルさんとお仕事をした時の話でもしましょうか~?」


 助け船を出してくれたのは、俺の隣で銃を抱えてじっとしていたエルフィだった。


 セレーネはエルフィの昔話の興味があるのか、小さく頷いて話を待った。

 エルフィを連れて外地任務に行ったのは、二年前の征龍戦争直前だったな。ウロボロスの偵察が任務内容だったが……。


「あの時はぁ、変異種に襲われて死ぬかと思いましたぁ」


 セレーネの顔色が少し悪くなった。一層不安そうな視線を俺に向けてくるが、エルフィの語った言葉に嘘はないのでそっぽを向いてお茶を濁す。


 自分で言うのも何だが、いくら精鋭二人だとしても変異種と初見で戦闘するのは分が悪すぎる。二人生存して逃げ延びただけでも祝勝会を開いて欲しいレベルだ。


 セレーネにも説いた事だが、龍との戦闘において、能力で明らかに劣る俺達がいかに有利な状況で仕掛けれるか、これが最も重要な要素だ。だが、変異種の龍と対峙した場合、有利な状況というものがほぼほぼ作れない。

 どんな性質なのか、魔術を使うのかが不明な上、ヤツらは頭を切り落としても死なない。それどころか高速再生能力で新しく頭が生えてきやがる。おまけに身体のどこかにあるコアを破壊しなければいけないのだ。

 どんな状況から戦闘を始めようが、情報がなさ過ぎてこちらが不利になる。


「まぁ、なんだ。もしも変異種が出たらその時は全員で逃げよう」


 変異種討伐のセオリーは、ひたすら情報を集める、これに尽きる。なので、逃走は上策だ。


「りょ、了解です」


 結局、セレーネの不安を払拭する事のできないまま調査が始まってしまう。

 俺はセレーネ、イヴの二人と共に廃都の調査。カグラとエルフィの二人で拠点の防衛だ。


「あの、質問なのですが、どうしてそこら中にマナの結晶があるのでしょう?」


 都市の至る所で散見されるマナの結晶を見て、セレーネが疑問を投げかけてくる。


「それはだな――」


 セレーネの質問に応えようとするが、途中で隣にいたイヴに口を塞がれ、続くはずの言葉が遮られてしまう。

 何しやがる、という気持ちを込めてイヴに視線をおくると、ウィンクで返される。

 いや、まったく意味がわからないんだが……?


「それはねぇ、地下でウジウジしてる連中の仕業よ。まっ、理屈は防衛キャンプに似たようなものだけど、こっちはまたまた別の習性を利用してるわ」


 得意げに語り出すイヴを見て、その心中を察する。

 要するにコイツ、後輩に良い所を見せたいんだ。教育係を任されているとは言えど、俺が全て教えなきゃいけない訳でも無い。手伝ってくれるならそれに越した事は無いか。


「……なるほど。という事は、帰巣性を利用している訳ですね」


 セレーネはイヴから与えられた情報から、ちゃんと考察した様だ。


 帰巣性とは、動物が一定の住処や場所などから離れても再びその場所に戻ってくる性質や能力の事を指す言葉だ。龍の場合は少し違う意味合いになるが、一定のマナを回収した龍が修復中ウロボロスへと保有しているマナを還元しに行く習性の事を言う。

 おおよそ、その習性を利用した小細工だろう。


「悪事を働いて追放された奴らも龍のエサには成りたくないらしい。だったら罪を犯すなという話なんだけどな」


 俺は喋りながらも周囲を観察し、話題に出てた追放者が隠れ潜む地下への入り口を探す。

 前にこの街へ訪れた事があったのだが、それも三年ほど昔の事だ。地下への入り口は変わっていないだろうが、いかんせん記憶が曖昧だ。


「まだ見つかんないわけ? ちょっと飽きてきたわ」


 勝手な事を言い出すイヴを無視して歩き続けると、ようやくお目当ての建造物へと辿り着く。中々見つからないのもそのはずで、目印にしていたものが龍によって破壊されていた。


「……教会?」


 瓦礫に混じって転がる石像の破片に気づいたのか、セレーネが言葉を漏らした。


「隠し通路は……ここら辺だったな」


 瓦解してしまったとはいえ、この場所の唯一の機能である地下への階段は無事な様だ。教会の床は正方形の大きなタイルが敷き詰められており、とある一カ所だけが綺麗な状態だ。

 俺は人の手が入ったタイルににじみより、意図的に欠けた部分へと手を伸ばす。


『ゼルさんっ』


 タイルを持ち上げようとしたところで、慌てた声音のエルフィから通信が入る。


「どうした、緊急事態か?」


 通信デバイスの入力ボタンを押しながら応えると、すぐさまエルフィからの返答が帰ってくる。


『はい~、今すぐその場から離れてくださいっ!』


「待て、詳しい説明を――、」


 言葉を紡ぐよりも、本能が今いる場所から逃げる事を選んだ。不自然な地鳴りを足下から感じた瞬間、俺は咄嗟に身体強化の魔術を施し、全く状況が掴めていないはずの二人を抱えて飛んだ。


 直後、轟音と共に今まで俺達が立っていた教会の床が爆ぜ、同時に燃える様な鱗を纏った龍が地下から現れる。


 見たところ翼は無く、筋肉質な体格で四肢は異常に発達している。地下から這い出ようとしている現状ですら、俺の身長を遙かに上回っているところを見て、全長三メートルはある。


 まずい、最悪の状況になった。


 コイツは、明らかに変異種の龍だ。それも、かなり強力に成長した個体とみて間違い無い。

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