1-4 任務


 実際の所、各国の首都や重要拠点となっている都市に住まう人々は龍の脅威を知らない。

 しかし、ソレを知らないままで良い。ソレを知るのは俺達だけで十分。

というのが俺の持論だ。

 無秩序であり、混沌とした外の世界で普通の人間は生きてはいけない。彼らの平穏を守るために俺達は存在する。

 けれど、矢面に立つ俺達まで龍の脅威に屈した場合――、


「酷い有様だ」


 大きな瓦礫を足でひっくり返しながら呟く。

 視界には龍に襲われ滅びた街が広がっていた。原型が残った民家は存在せず、至る所から黒煙が上がる。鼻を突く嫌な焦げ臭さが消えない。


 早朝の澄んだ青空には不釣り合いな空気が俺達の部隊を取り巻いていた。

 今回の依頼は壊滅した街の調査だった。

 ここはリンシア。主要都市で列車を降り、そこから山を一つ越えた所にある小さな街だ。


「ゼルさん、生存者は見つかりませんでしたぁ」


 小走りで駆け寄って来たエルフィの報告を受け、俺も生存者探しを中止する。


「こっちも見つからない。まぁこの惨状じゃ厳しいだろうな」


 一時間ほど捜索してみたが生者の存在は確認できない。この小さな街でこれだけ探してダメなら、生存者無しという事で間違いないだろう。

 言葉には出さないが、街の状態を見れば一目瞭然。住人全てが龍に食われたとみて間違い無いだろう。死体の一つも出てこないというのはおかしい。


 同じく生存者の捜索をしているセレーネの方を見ると、チャームポイントの獣耳が萎れており、感情を代弁していた。

 初任務に嫌な仕事をさせてしまったと、後ろめたさを感じるが、仕事は仕事。割り切って考えるしかない。


「先輩、生存者の捜索終了です」


 遅れて報告しに来たセレーネの表情は暗い。手は血が止まって真っ白になるくらいに強く握りしめられている。


「お疲れ。俺達も成果無しだったよ。……さて、次は原因の特定だが――」


「そんなの、龍の襲撃に決まってるじゃないですか! 次の被害が出る前に索敵、殲滅を行うべきです!」


 俺の言葉を遮ってセレーネが感情的な意見をぶつけてくる。


「落ち着けって」


「こんなの落ち着ける訳無いじゃないですか! 人が死んでるんです! 先輩は何も思わないんですか!?」


 まくし立てるセレーネの言葉には明らかな怒気が孕んでいた。気持ちを汲んでやりたいのは山々なのだが、それ以上にやらなくてはならない重要な事がある。

 俺は教育係を任された身だ。セレーネに感情を律させ、客観的に情報を分析させる事を覚えさせなければいけない。


「俺だって胸糞悪いさ。何度も経験したが慣れる訳無い」


「だったら!」


「でもなぁ、感情に流されてやるべき事を見失うのは良くないぞ。現状から得られる情報と、そこから推測できる敵の情報。そして、俺達はそれを踏まえてどう動くべきか。ちゃんと考えたか?」


「言われなくてもそのくらいはできてます……」


 セレーネはむくれながら、バツが悪いのか俺から視線を外して泳がせる。

 この反応は感情にまかせて思考停止したというのを認めている様なものだ。

 だがまぁ、これで自覚はできたろうし、彼女がバカじゃない事は理解している。なのでこれ以上の言及はやめておこう。


「じゃあ、答え合わせをしようか。まず、現在地の確認だ。エルフィ、地図を出してくれ」


 なりゆきを見守っていたエルフィに話を振ると、慌てて軍服のコートから地図を取り出し、渡してくる。


「どうぞぉ」


「サンキュー。それとお前はもう銃を組み立てておけ」


「はぁい」


 そう言ってエルフィは持ってきていた荷物の方へと駆け寄り、食料や備品などを詰めたリュックとは別の、大きなケースを開けた。


 ケースの中身でガチャガチャと武器を組み立て始めたエルフィを尻目に、俺は受け取った地図を地面に広げる。そこに描かれているのはミッドガルを中心とした広範囲のものだ。


「先輩?」


「とりあえず注目してくれ」


 納得できないという不満げな表情のまま、セレーネはしゃがんで地図を注視する。


「まず、考えなきゃいけない事がある。それは何故この街が襲われたのか、だ」


 セレーネの視線が向けられたのは地図の最北端。俺達の現在地、リンシアと書かれた場所だった。


 ミッドガルを中心に、各国の主要都市がその周囲に存在し、小さな街や村はさらに外周に存在する。これらを囲むように二十四の防衛キャンプと呼称されるものが配置されている。


 この構造はただの民間組織だったミッドガルが力を増し、世界的組織へと成長した際に、効率よく人を守れる様に大陸全ての人を一点に集めた結果だ。

 そして、この構造の最大の特徴であり、要であるのが防衛キャンプ。


「龍は強いマナの反応に引き寄せられる習性がある。これはどういう訳かヤツらの最も優先される行動だ。それを利用して龍の攻撃を引き受け、内部に龍を進入させないために防衛キャンプが存在する。つまり、この村が襲われてるって事自体がかなりやばい」


 わざわざアカデミーで嫌と言うほど聞かされた説明をしてやり、セレーネの思考を誘導してやる。主席ともなれば、流石に気づくだろう。


「……防衛キャンプが落ちている可能性があるって事ですね?」


「そうだ。だからまずは索敵よりもそれを確かめる必要がある。放っておいたら際限なく龍の進入を許す事になるからな。逆に言えば、防衛キャンプが機能停止していたとしても、修復して再稼働させれば、侵入した龍全てを引き戻せるはずだ」


 この街から最も近い場所にある防衛キャンプは、第二防衛キャンプ。ここよりもさらに北に向かった場所だ。


「戦闘準備。それと、第一防衛キャンプに鳥を飛ばしておいてくれ。第二に人を寄越せってな」


 セレーネは頷くと直ぐに作業に取りかかった。リュックから紙とペンを取り出すと、適当な石の上で手紙を綴る。さらにチョークで魔術式を書き上げた。


 煙と共に魔術式から現れたのは一羽の鳩。目や鼻は存在せず、シルエットだけのノッペリした存在で、陶芸品の様な見た目だ。鳩の足に先程書いた手紙を紐で結び、飛び立たせる。


「ゼルさぁん、準備完了です」


 そこへ組み立て作業に没頭していたエルフィが戻ってきた。背には組み立てた大きな狙撃銃が担がれ、腰には弾帯、両太股にはシースと計四本のナイフが装着されている。

 エルフィの見慣れた完全武装姿だ。

 俺は全員の戦闘準備が整ったのを確認し、作戦概要を話す。


「作戦は簡単だ。ここから第二防衛キャンプまで直線移動、森を突っ切る。その間遭遇するであろう龍は全て殲滅する。目的地点到達後、支援要請してある第一の奴らと共に群がってくる龍を叩く、以上だ!」


「了解です!」「はぁい」


 一秒も待たずして二人の返答が帰ってくる。ゼルは大きく息を吸い込み、


「作戦開始!」


 こうして、俺のリハビリ明けの初任務であり、セレーネの初陣が幕を開けた。

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