1-3 理由


 狙撃手兼オペレーターの少女、エルフィを加え、現状のフルメンバーとなった俺達は上から与えられた任務のため、さっそく水上都市を出発した。


 太陽はすでに地平線に沈み、代わりに満月が輝く。雲のない澄み切った空は、月光の優しい輝きを余す事無く大地へと注がれ、そのおかげで今日の夜は明るい。


 車窓から覗く水上都市はまだ活気に満ちあふれており、遍く星々の輝きを薄めている。まだ食事時を過ぎたばかりだ。眠りにつくには早すぎるだろう。


 目的地までは陸路で向かう事になっている。理由は簡単だ。都市間を繋ぐ列車なら、睡眠を取りながら移動できるからだ。列車を降りてからは最近配備された新型の乗り物で向かう方になっている。


目的地はリンシアという名前の街。人口は少ないが、森林に隣接しているため中枢に木材を供給する大事な役割を担っている。


 そんなリンシアからの定時連絡が昨日から途絶えているらしく、俺達はその調査に赴く事になった。任務の内容はまだセレーネにだけ詳細を伝えていない。


 毛布にくるまりながら、遠ざかるミッドガル本部を眺めていると、


「あの、先輩」


 セレーネが話しかけて来た。

 彼女の隣に座る高級抱き枕のエルフィはとっくに眠りについていて、気持ちよさそうに寝息を立てている。寄りかかられているセレーネが少し窮屈そうだが、夢見るエルフィがそれを知る術は無い。


「……寝なくていいのか?」


 セレーネは首を僅かに横に振って否定した。


「眠く無いんです。だってまだ九時ですよ」


「今のうちに寝ておかないと明日辛いぞ。休むのも仕事の内だ。それで、どうかしたか?」


 そろそろ寝ようと思っていた俺は大きな欠伸を漏らした。


「その……、明日の任務って何ですか? 私まだ詳細を知らされていないので……」


 あぁ、そうか。不安なんだな。

 彼女にしてみれば、明日は初の実践だ。

 それなのに任務の詳細は知らされていない。そりゃ不安にもなるか。


 でもまぁ、初任務がアレじゃあなぁ。今から詳細を教えるのは精神衛生上あまり良い選択肢とは言えない。


 気の利いた言葉でも言おうかと少し考えたが、思いつかない。

 明日の任務の内容を考えればとても明るい話しをする気分なれない。


「簡単な調査だよ。危険度はまぁ、それなりだがいつもの無茶な仕事に比べればマシだな」


 いつもと言っても二年前の話だがな、と内心で付け足す。

 俺にしても復帰してからの初任務。新人相手の演習で遅れを取ることは無かったが、実戦ではどう転ぶかわからない。


「今まではどんな仕事を?」


 セレーネは興味津々と言った表情で、瞳を煌めかせる。


「うちの専門は大物狩りだ。普通の部隊じゃ手に負えないか、倒せるが損害が割に合わない敵の処理をやってる。どうにも今の俺には荷が重い職場だよ」


「過酷、ですね……」


 一瞬前までのキラキラした瞳はどこかへ消えさり、露骨に嫌そうな顔をする。

俺としても思い出すだけで頭が痛い。


「一番やばかったのは征龍戦争の殿だろうな、我ながら良く生きてると思うぜ」


 ただ人類を駆逐する事を本能とする生物が存在し、そいつらの事を人は〝龍〟と呼ぶ。その龍の発生源となっているのが一匹の巨龍、〝ウロボロス〟だ。


 長い人類の歴史で幾度も斃され、そして蘇っている不滅の龍。ヤツが復活すれば龍の数が爆発的に増え、俺達人類はウロボロスの討伐を余儀なくされる。

 それが征龍戦争だ。


「その時に負傷を?」


「まぁな。この身体一つで手負いのウロボロスにトドメがさせるなら儲けだと思って特攻したんだが、悪運だけは強かったらしい。ここ最近でわかった俺の長所だ」


 ウロボロスと相打ちした俺が目を覚ましたのは三ヶ月程経過した後だった。医者から聞いた話では、生きている事が奇跡の重傷だったらしい。


「それが負傷の詳細なんですね」


「久々にあの時の事を話したな。なぁ、セレーネ、お前はどうしてミッドガルに入った?」


「随分と急ですね。どうしてそんな話題になったんですか?」


 セレーネは俺から視線を逸らし、少しバツが悪そうにする。


「後輩と先輩のありきたりな会話だろ? 特に深い意味はねーよ」


「……そうですか。じゃあ、先輩が教えてくれたら、私も話します」


「妹のためだよ。特殊な病気で治療に金がかかるんだ」


 俺は素直に自分がミッドガルに所属している理由を打ち明けた。


 妹の患っている病気は今までに類を見ない奇病で、現状の医療技術ではどうする事もできない。その上、日常生活を送らせるためにかかる費用は莫大ときた。

その額は普通の仕事をしていては到底払えないもので、さらに俺には戦闘の素質があった。


 だったら、取れる選択肢は一つしかない。それだけの事だ。


「なるほど。でも、肉親に会えるのは羨ましい事です」


「……いないんだな、誰も」


「はい。私は独りです」


 家族がいない、というのは良く聞く話だ。大方の原因は龍だろう。

 そうなってしまったヤツがこのミッドガルに所属している理由など決まっている。


「復讐か?」


 そう聞くと、セレーネの瞳には確かな憎悪の色が現れた。同時に、俺に疑念の視線が向けられる。


「先輩も同じ事を言うんですか? 復讐なんてくだらないって」


 セレーネの言葉を受けて、初めて彼女が俺に向けていた眼差しの意味が理解できた。


 この世の中、龍への復讐を胸に戦うヤツは多い。けど、龍はいくら殺しても際限なく現れる。だから、終わりが無いんだ。

 そして、復讐を糧にして戦う人はいつか折れてしまう。


 復讐などくだらないと言う大人は多い。

 だが――、


「復讐も一つの回答だと俺は思ってる。お前は間違ってない。それに、龍を一番殺せるのが俺達の部隊だ。期待してるぞ」


 復讐だろうが何だろうが、戦うためには強い意思の支えが必要なのだと、俺の教官は言っていた。だったら希望とは真逆の憎悪だって、糧となるはずだ。


 セレーネの纏っていた張り詰めた雰囲気がほぐれた様な気がする。少し大きく息を吐いてから、セレーネは表情を緩ませた。


「ありがとうございます、先輩。私、この部隊でなら頑張れそうです」


「そりゃ良かった。もう遅いし早く寝ろよ? 俺はもう寝る」


 おやすみと言って俺は深く毛布を被り、瞼を閉じた。

 思いの外疲れていたらしく、眠気はあっという間に訪れる。


 朧気な意識の中、こっそりと毛布の隙間からセレーネの様子を伺うと、まだ寝る雰囲気ではなかった。


 夜空を眺めるセレーネの横顔は険しく、何かを呟いて祈りを捧げていた。

 誰に聞かせるでも無い言葉は列車の駆動音に掻き消され、俺の耳にも届く事はない。


 思考する能力は無く、そのまま瞳を閉じて意識を手放した。

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