1-2 狙撃手の少女
森を出た俺達は近くを流れる大河を小舟で下っていた。
アルキデス大陸を貫くこの大河は貿易の要、水上都市と謳われる美しい都へと繋がっている。俺の所属する組織ミッドガルはその水上都市を本拠地としている。
「それで、どうやって水の結界を無力化したんですか?」
ゆっくりと流れる景色をただ眺めているのにも飽きた頃、セレーネの質問攻めが始まった。
俺にとってあまり話したくない話題なのだが、彼女の真摯な眼差しに心折れる。
魔術に関しての知識には貪欲らしい。
「そうだな……、まずは順を追って話そう」
「ありがとうございます」
セレーネは胸ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出し、聞き取りの準備をする。
適当な頃合いを見計らって切り出す。
「まず、魔術には修練次第では誰でも使える基礎魔術と、素質のある者しか使えない属性魔術があるよな?」
「えぇ。そのくらいは知っていて当然です」
「んで、それとは別に性質付与って技術がある。これも努力すれば誰でもできる。魔術や物に付与する事で文字通り性質を付与する魔術だ」
ここまで俺の話を聞いていたセレーネが首を傾げた。
そんな事言われるまでもない、という顔だ。
「セレーネの水の魔術、あれは〈切断〉の属性を付与した攻撃だろう? 水圧で斬るなんて代物じゃないのはバカでもわかる」
「正解です。しかし先輩、こんな基礎的な知識で私の魔術を無力化できるのですか?」
「まぁ待て、まだ続きがあるんだ。なぁ、セレーネ。性質付与の属性全部言ってみてくれないか?」
「基礎の〈硬化〉〈励起〉、攻撃転用の〈切断〉〈貫通〉。全部で四つです」
セレーネの回答を聞いて、俺は口角を緩ませる。
「普通なら正解って言われるだろうが、実は違う。実際のところは五つだ。〈喪失〉を加えてな」
「そんな、五つなんて聞いた事ありません! 教官はそんな事教えてくれませんでしたよ?」
セレーネは口と同時に手を動かす事も忘れない。しっかりとメモを取っている。
「そりゃそうだろうな。これは属性魔術の素養を持たない俺が強くなるために研究した結果だ。だからぺらぺらと喋ったりしてないんだ」
「詳しく聞かせ頂けますか?」
「そのうち、な」
新しいおもちゃを与えられた子供みたいに目を輝かせるセレーネから視線を外し、俺は船の進行方向へと視線を向ける。
視線の先には巨大な湖があった。大河は人口的に堰き止められ、出来上がった湖の中心に都市が築かれている。白い壁と煉瓦の屋根が織りなす二色に、鮮やかな水の青を加わえた華やかな町並みは人の活気が溢れている。
水上都市メルヴィアには水路が張り巡らされており、小舟が頻繁に行き交う。俺達もそれに混じって、メインストリートに併設された一際太い水路を進む。
時折漂う肉の焼けた香しい匂いが腹の虫を刺激してくるが、食欲を満たすのはやる事をやった後だ。
目指すのは街の中心。他の建物に比べ、ずば抜けて巨大な塔に似た建造物。それが対龍組織ミッドガルの本部だ。
近くの船着き場に船を留め、建物へと進む。
内部は天井の高い作りになっているが、最上階はそれよりもはるかに高い位置にある。中腹部は時計塔の役割も兼ねており、その風貌はとにかく目立つ。
セレーネを連れて階層を行き来する昇降機に乗り込み、目的のフロアのボタンを押し込んだ。
しばらく上がると到着を知らせるベルが鳴り、鉄柵が上がる。
ここは二十二階、上から数えた方が早い高層階だ。フロアに人の気配は無く、少し埃臭い。
小窓から見下ろせる街の姿は細々としており、人に至っては豆粒の様だ。
「……先輩?」
黙って後ろを歩いていたセレーネがここに来て足を止めた。
「どうかしたか?」
俺も足を止め、セレーネの方へと振り返る。
「ここ、書庫のフロアですよね? なんでまたこんな場所へ?」
セレーネがキョロキョロと視線を泳がせる。その先には無数の部屋とそれに応じたプレートを掲げられている。どれも番号と書庫という文字が振られていた。
「そういや言ってなかったな。うちらの部隊の部屋、ここの隅にある使われてない部屋なんだよ」
「えぇ……」
セレーネは眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をした。
「今度は何が気に入らない?」
「嫌というか……、このフロア出るって言うじゃないですか。夜になると変な笑い声が聞こえるなんて噂は良く聞きます」
なんだそんな事かと吐き捨てる。
セレーネは一層怪訝そうな表情になるが、俺は別段は気にしない。
「あれはここに住み着いてる精霊の声だ。そのうち気にならなくなるさ」
粗末な問題だった。反応から察するにセレーネはお化けの類いが苦手のようだ。
「あの先輩、特務部隊と言ったら組織内でも最強の実力を誇る部隊ですよね? それがなんでこんな場所に部屋を割り当てられているんですか……?」
俺は歩みを進めながら答える。
「それは俺のせいだな。部隊は一度解散して、功績も真っ白。扱いとしては新設部隊なんだよ。それに主力の二人が帰って来てないしな」
「そんな状態だったんですね。ちなみに今のメンバーは先輩と私と……?」
「オペレーター兼、狙撃手のエルフィってヤツを合わせて三人だな」
そんなやり取りをしている間に目的の部屋へと到着した。木製の扉には真鍮のプレートが填められており、そこには特務遊撃部隊と刻まれている。
ドアノブを捻り、扉を開けると黒い煙が漏れ出してくる。
どこからどう見ても異常自体だ。
部屋の中には先の話題に出した狙撃手の少女が留守番しているはずで……、
そこまで考えて逆に煙の発生源がわかってしまった。
服の袖で口元を押さえながら室内へと踏み込む。
煙の発生源は短い廊下の先、リビングだ。
「エルフィ! お前また料理しやがったな!」
唖然とするセレーネを置いてきぼりにして、怒鳴りながらズカズカと奥へと進む。
俺の声に気づいたらしく、小麦色の髪の少女が顔を覗かせた。自分を抱く様に組まれた腕が豊満な胸を押し上げる。身体を震わせ、エルフ族特有の尖った耳は心なしか萎れていた。
「違うんです、違うんです……わたしは悪くないんですよぉ」
半べそをかきながら釈明するエルフ族の少女、エルフィの頬を問答無用でつねった。
「いいか? この建物は貴重な資料を保管している関係上、火を使う設備は存在しないんだよ! それなのに何故煙が上がるんだ!」
エルフィの頬をつねり上げる手は緩めず、煙の発生源を探す。
それは直ぐに見つかった。
四人がけの真四角なテーブルが炭になっていた。燃え尽きた机の中心には鍋だったであろう鉄の塊が赤熱している。
「ゼルはん、いふぁい、いふぁいれすぅ」
エルフィが黄金色の瞳から涙をぽろぽろとこぼし始めたところで、頬から手を離す。赤くなった頬をさするエルフィに溜息を吐かずにはいられなかった。
「それで、何をどうしたらこんな有様になるんだ?」
「……ゼルさんを待っているうちにお腹が空いちゃいましてぇ」
今度はお腹をさすりだした。この惨状を見る限り、空腹は満たせていないのだろう。
「それで?」
「ボイルエッグを作ろうと属性魔術でちょこっと加熱してみたんですよぉ」
エルフィの表現には大いに語弊があった。鉄を溶かす熱量がちょこっとな訳がない。それでも、犠牲になった物がテーブルに鍋、それと存在から抹消された卵だけなのが救いだろう。
魔術の威力はともかく、操作の精密さは流石と言える。
普通、鉄を溶解させる程の火力を実現させるためには、フロア一つを全焼させる威力が必要になる。まぁ、その火力を鍋一つに集約させたんだからこの有様にもなる訳だ。
前々から料理をするとろくな結果にならないヤツだとは思っていたが、三年会わないうちにここまで成長するとはな。もはや才能といって差し支えがない。
戒めにげんこつを落としてやろうかと思ったが、反省はしているようなので許してやる事にする。
それはそれとして。
「はぁ……、まぁいい、燃えちまったものは仕方ない。掃除と代わりの用意は自分でやれよ」
「ごめんなさぁい」
「仕事だ。それと先日話した新人を連れて来てる、挨拶しろよな」
「了解でぇす!」
エルフィはぴしっと気をつけの姿勢になり、敬礼のポーズを取る
まだうっすらと煙を吐き出す部屋を後にすると、入り口でセレーネと視線が重なった。壁に背を預け、事件を傍観していたらしい。
遅れて出てきたエルフィが視界に入ったらしく、セレーネは壁から離れ姿勢を正す。
「これからお世話になるセレーネです、よろしくお願いします」
俺と対面した時とは違い、礼儀正しく自己紹介をしながら、セレーネは深々と頭を下げる。
「わぁ、女の子なんですねぇ。よろしくお願いしまぁす」
エルフィは蕾が綻ぶ様な微笑を浮かべながらセレーネを抱きしめた。
「あ、あの! ちょっと!」
エルフィの胸に埋もれ、苦しそうに藻掻きながらセレーネが叫んだ。
「ちょっ、息がっ……、それに、焦げ臭いです!」
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