第203話 グージェル戦➁ 準備

第203話 グージェル戦➁ 準備



「じり貧ねえ」


 フレデリカさんが報告書を見ながらそうこぼした。

 俺はあの後ベクトンに戻ってフレデリカさんに報告をした。

 その時のことを思い出す。


 帝国中心で魔力の大爆発があったこと。それによって帝都は消滅、今あるのは大きな穴だけであること。

 その魔力が帝国周辺を迷宮のようにしてしまったこと。それによって生き残っていた人間が魔物化してしまったことを報告し、その報告は驚愕をもって迎えられた。


「そんなことがあるんですか?」


 目を見開いたのはカウナック君だった。

 ロイドシティーで会ったキルシュ家の期待の星。あの後この町に移動してフレデリカさんの所でしごかれていたようだ。


「私も聞いたことはないわね」


「わたくしもありませんな」


 フレデリカさんとロッテン師だった。二人ともそのような事例はきいたことがないらしい。

 しかしロッテン師は『ただ』と続けた。


「迷宮に迷い込んだ魔物が迷宮の濃い魔力で魔物化するとは知られています。人間での事例は聞いたことがありませんが、ないと言い切ることはできないでしょうね」


「可能性としてはあるわけね」


 結局のところ耐性とそれを上回る魔力があるかどうか。そう言うことなんだろう。

 俺は自分のことを人間だと思っていたが、〝真理〟との話でそれもかなり怪しくなっている。

 まあ、俺の場合は魔物ではなく〝古龍〟だったそうだが。


 そんな話をしたのが一週間ほど前になる。


 フレデリカさんの対応は素早かった。

 俺の持ち帰った情報を整理し纏め、公爵領の領都はもちろん王都にも素早く情報を送り、同時にあちらこちらの情報を集めた。

 どうやら個人的に情報収集のためのシステムを持っているらしい。


 じつの所王都から『どうやってこのような情報を』というような問い合わせがあったが、王家とはいえ教える必要のないことなので『私の固有の情報網ですわ』とかいってけむに巻いてしまった。

 うん、実に助かる。


 そして今フレデリカさんが読んでいたのはそれらの情報源から帰ってきた報告書だ。


 まずグージェルだがこいつは地中に潜ったきり動きがないとのこと。

 まあ、これは知っている。なんどか現地を確認に行ったから。

 観測の結果グージェルは徐々にその力を回復させていることが分かった。

 力の供給がなくなったとしても生き物だからね、休めば回復するし、地中にはまだまだ食べられる魔力があるということだ。


 そしてグージェル発生とともにあふれた人間由来の魔物たちに関してだが、第一陣は俺たちの戦闘に巻き込まれてかなり消滅したんだが、後から押し寄せてくるものは健在らしく、徐々に王都方向に押し寄せつつある。


 これは地形の問題でしょうがないのだ。

 この国は〝く〟の字型でへこんだ部分は巨大な湖になっている。キルシュ公爵領にはその湖が邪魔でやってこれないし、来たに行くには王都を乗り越えないと進めない。


 なので北に向かった魔物は自然と王都方向に進むことになる。


 まあ、発生源が帝都で、そこから放射状に魔物が広がっているのだから反対側にも魔物は進行していると思うのだけど、まあ、これは確認はしてないんだけどね、そちらの方向は魔境だとか砂漠だとかで魔物が行ったところで大して問題はないらしい。


 その向こうにはやはり人間の町があるらしいが、そこまで魔物がたどり着けるかどうか。


 そして王都方向に向かった魔物たちも、招集された貴族軍によってちゃんと撃退されている。

 今度は一城塞都市の兵力ではなく周辺貴族家の連合軍が相手なので兵力が違うのだ。


「あの方たちは普段はぼけぼけっとしているだけ、宮廷闘争ぐらいしかしていないんだからこういう機会は頑張ってくれないと。

 あの方たちの領地は基本的に魔物が出たりはしない平和なところなのですからね」


 フレデリカさんは楽しそうに笑った。

 まあ、実の所こちらは魔物との戦闘で冒険者や騎士や兵士たちも大わらわでそれほどの余裕はないのが実情。

 やはり大地をめぐる魔力の流れ、龍脈というのだが、これが乱れたのは大問題だったようで、魔境の魔物たちが落ち着かずに辺境地域は戦闘が散発的に継続している。


 ターリとかロイドシティーとかも大変だろう。


 ちなみにイアハートはシアさんの実家ラーン領周辺の防衛にあたってくれている。

 人間と魔族で分かり合えるのか? みたいな心配はあったんだけど、結構うまくやっているらしい。

 その中心がライムさん。あのスライム狂のおっちゃんだ。


 あのあたりではスライムは味方。みたいな常識が生まれつつあり、防衛に雑用にと活躍している。

 中でも信頼を集めているのが危機感知。

 弱くて臆病な生き物なので敵対的な存在には絶対に近づかないのだ。


 そのスライムたちがイアハート達に保護を求めているのだから彼らは危険な存在ではない。とライムさんは言い切った。

 スライムに対する信頼感がすごいな。


 そんで試しに対話をして、まだ手探りだけど協力関係になっている。という状態らしい。


 まあ、イアハートも冒険して他の場所まで出ていったりはしないからね。あそこだけだ。

 そして少しずつだ。


「さて、じゃあ、僕はそろそろ失礼しますね」


「準備は進んでる?」


 俺が辞去のあいさつをするとフレデリカさんがそんな言葉を投げてくる。


「勿論進んでます。

 というか用意はできていますね。せっかくレールガンを借りたんですから」


「しかし、うまくいくでしようか?」


 カウナック君は心配そう。


「現実問題として、やってみてうまくいったらお慰みと言ったところだよね。確証はないけど。ダメならまた考えないといけないってことさ」


「そうね、可能性があるならやってみるべきね」


 多分うまくいくと思うけどね。でも保証はしないんだよ。失敗したら怖いから。

 いやー、こうしてみるととりあえず拾えるものは拾っておくべきだね。

 まさかペークシスがここで役に立つなんて…


 さて、帰って家族と遊ぼう。

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