第194話 魔王

第193話 魔王



『怪我の功名よな』


 いんいんと響く声で我はそう口にする。いんいんと響くのは我には本来口などないからだ。

 魔力で周辺の大気をふるわせて音を出す。

 なので男でもない女でもない。それでいて若くも老いてもいるような声が周囲に響く。


 これが意外と効果的で聞くものは恐れ入るらしい。


『はい、魔王様』


 答えたのは腹心の部下だ。長い間、我の供回りを務めてくれる鳥の魔族だ。

 元は我がこずえに巣をかけた可愛らしい小鳥だったが、我が与える力の実で生きるうちに魔族に変じた。

 こやつとも長い付き合いになる。感慨深い。


 ついに我らの悲願がかなうときが来た。

 我が探し求めた力。

 世界の根源の力、太初の力。


 この力があれば我はさらなる進化を遂げることができる。そしてその力をもってすればこの世から人間を駆逐して我ら魔の物の楽園を作ることができるのだ。


 だが犠牲は大きかった。

 同士を二人も失った。


 ドラゴンのせいだ。魔族を軽々と滅ぼすのだ上位竜に相違ない。

 だがその竜が暴れたせいで魔力に乱れが生じ、その結果この場所を特定することができた。


 魔洸泉。大地の中を流れる魔力の大河。龍脈と呼ばれるものの結節点だ。

 ここでは魔力がよく噴き出し、その結果ダンジョンなどが生まれることがある。


 だがここはさらに一味違う。

 魔力のさらに奥、太初の力につながる数少ない魔洸泉なのだ。


 これこそが我らが彷徨い求めていたところ。


「魔王よ、この場所がそなたの言っていた場所なのか?」


 ん? ああ、そう言えば人間もいたな。

 ここは帝国と呼ばれる場所のその中心。帝都と言ったか。

 そこにある城の真下、かなり深いところにある。


 魔洸泉だから迷宮の奥であろうと人間どもを動員して創作することを思いついた我は天才。だがまさかこんなところに在ろうとは…

 天才にも読めないものはあるということだな。


「そうだまちがいない、こここそが太初の力の溢れるところ、この力を使えばそなたらの望みはかなうだろう」


 そして我らの望みも。


「おおおおおっ」


 震える声で、おまけに手をプルプルさせながら帝国の皇帝というやつがうめいている。

 髪の毛がなくてつるつるだし、腹はオークのように出張っている。

 人間にしては珍しいタイプだな。


 そもそもこいつに声をかけたのもオークと間違えたからに他ならない。まあ。どうでもいいことだが、利用価値はあったし。


「さあ、魔王よ、早く約束の力を我に、我らに与えるのだ」


 こいつなんか偉そうで嫌いなんだよな。まあ、いいか。

 ちょっと実験もあるし。


『では人間ヨ、しばし待つが良い』


 我はそう言うと一歩踏み出した。

 ここはかなり大きなドーム状の空間で、中央に魔洸泉。その周囲に石済みの魔法陣が作られている。

 石をくみ上げ、作り上げた大きな魔法陣だ。


 この魔法陣がこの魔洸泉から湧き出す力を整え、この周辺の土地に力を与えている。

 この国がまともに動いているのはこの魔法陣が生み出す富があるからだ。


 つまりこの魔法陣の力を別に転用すればその恩恵は失われるということ、それでも力が欲しいとは全く人間というのは度し難い。


 だがそれももうすぐだ…


 ぱきん…


 踏み出した足の変身が解けた。

 人間の形ではこの力に耐えられぬか。

 本来の太くたくましい根に足が変じる。


 どうは巨大な幹となり、上半身は大きく枝葉に代わっていく。

 これが我の本当の姿。

 3000年を生きた樹木の王、ハイエルダートレントのグージェルだ。


 根を動かし陣の中心に移動し、そこから下に根を伸ばす。


 その瞬間から全身をすさまじい力が駆け巡った。

 まるで噴火のようだ。魔力の噴火。


 我を満たし、それでもなおあふれる力が周辺にまき散らされていく。

 根を差し入れたことで地中に押しとどめられていたものが解き放たれたのだ。


 ふふふっ、これならば世界中に届くな。

 魔物たちに対してよい贈り物になるかもしれん。


「おー、見よ、花が咲いたぞ」


 人間どもが騒ぎ立てる。

 まあ、確かに花が咲いている。

 満たされる魔力が我を通して結実し、アンブロシアと呼ばれる力の実になるのだ。


 我は虹色の花に彩られ、その華は実となりやはり虹色の実をつける。


 そして一つ、地に落ちる。


「やった、受け止めた」

「おお、でかした。はようもはよう吾の下に」


 人間の王が最初に実って落ちたアンブロシアを口にする。むさぼるように。

 一口食べればたちどころにケガをいやし、病を駆逐し、二口食べれば若返る。


 頭に髪の毛がよみがえり、無様に出っ張っていた腹は引っ込んで姿勢もよくなる。


「おお、これぞ全盛期の力。吾はよみがえった!」


「「「「「「おめでとうございます陛下」」」」」」


 そうしている間も木の実は次々に熟して落ちる。


「何をしているか、すぐに集めるのだ。こら貴様、何を勝手に食っておるか」


「わはははははっ、すげーーーーっ、力があふれてくる!!」


「俺は何でもできる。俺が最強だーーーーっ」


「イッチバーン」


 何とも無様で醜いものだ。やはり人間はこの程度の生き物であろう。


「これで帝国は世界を支配できる。この力があれば、魔王よ、もっともっとだ!!」


『そうだもっともっとだ。もっとこの力を!』


 バン!


 と体が膨れた。

 幹の部分が膨らんで、枝葉を巻き込んで外殻のように膨れ上がる。

 理解した。これは蛹だ。進化のための蛹だ。

 殻の中に力が渦巻く。力が濃くなるほどに殻は真球に近づいていく。


「魔王よ何をやっているのだ、それでは…」


『案ずるな人の王よ、そなたらにはさらに大きな力をくれてやる。大いなる力の中に案内してやる』


「おお、そうか、それなら! 何をする」


 球体になった外殻の下の部分から無数の根が伸びる。

 根は蠢いて皇帝をとらえ殻の中に引きずり込む。


「あぎゃあーーーーーっ」


 殻の中に入った皇帝は莫大な力の奔流にさらされ、大きく膨れ上がり、姿も変わり、しかし耐え切れずに溶け崩れてしまった。だがなくなったわけではない。

 その資質や能力は我の力として再構築される。

 つまり皇帝は予定通り莫大な力を手にしたのだ。自分の意思で使えるかどうかは別にして。


 そしてさらに根から供給される力。


 ふはははははっ、無限の力だ。

 どれだけ吸収してもなくならない。


『ふはははははははっ、すごい力だ。力がすごい。すごすぎるーーーーー』


「ぎゃーーーーっ」

「やめろーーーっ」

「たすけてーーっ」


 外も面白いことになっている。

 我から吹きだす力にさらされ、その魔力を取り込んでいく。


 あががががが。

 ごががががっ


 そうだろう、そうだろう。人間も生き物だ。莫大な魔力に侵食されればそれは力の核を無し、それに適した形に変わっていく。

 つまり魔物だ。


『人間の魔物というのは初めて見るぞ』


 魔物であれば魔の王たる我に従うもの。無理か、理性もない。であれば我が一部となるがいい。

 さあ、来るのだ。我とともに永遠の命を謳歌するがいい。


 ああ、素晴らしい力だ。


 我は生まれ変わる。さらなる進化だ。

 この卵の中で、ふははははははっ、待っているがいい人間ども、我の再誕が汝らの終焉の時だ。


 わはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!

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