第190話 試合

第190話 試合



 昨夜のことに関しては特筆すべきところはない。


 お泊りはセーメさんの歓迎を受けて快適だった。

 晩御飯はさすが公爵家という感じで豪華でそして洗練されていた。


「このような落ち着いた食事は何年ぶりでしょう…」


 給仕をしていた年配の人がこぼしたりして。

 当主交代からこっち、食事がなんというか無駄に贅沢になってちょっと辟易していた人がいるのだとニアさんが教えてくれた。


 そのあたりをはじめとしてギルデインさんはいろいろと伝統みたいなものを改悪していたらしい。

 なのでセーメさんに何とかしてほしいという人もいたらしいが…


「だって私はもう、引退したんだもの、代が変われば口出しをするものじゃないわ…それに、あの子をちゃんと育てられなかったのは私の不徳ですからね…

 今更私がどうこう言う資格はないのよ」


 じつのところギルデインさんは一人っ子で、跡取りが彼しかいなかったためにかなり大事に育てられたらしい。

 冒険者にして外に修業に出したかったセーメさんだったが、周りの反対もあってそうもいかなかった。

 たった一人しかいない跡取りになにかあったら。ということらしい。


 そのせいでああなったんならそれは周りが悪いのであってセーメさんのせいではないような…


「いいえ、リーダーというのはそれが許されない存在ものなのよ。

 できないことがある。間違いを犯す。

 それは人間として当たり前のことで、別段責められるべきことではないわ。

 でも人の上に立つものにはそれが許されない。

 自分一人で無理なら自分の頭になる人材を、手足になる人材をそろえてそれを実現しないといけないの。

 そうしないとたくさんの人に迷惑をかけてしまうから」


 帝王学…とかかな…まあ、言わんとすることは分かる。

 少なくとも俺には為政者なんぞ、無理だね。


「幸い、孫たちは出来が良くてね、ネムもそうだけど、私が直接かかわったし、みんなネムみたいに冒険をしているわ。

 きっと…使える子が一人ぐらいはいるでしょ。

 軌道修正は正しくできるものがいないと意味がないのよね~」


 そう言えばネムの兄弟の話は聞いたことがなかった。

 俺自身がこの世界で周囲とのつながりが全くなかったからそちらは気にしていなかったんだよな。


 まあ、バカ息子の不始末は孫の方が準備ができてから手を付けるつもりだったようだ。

 馬鹿でも(失礼か?)民に迷惑をかけたりはしていなかったので暴君という言葉は当てはまらないから。


 まあ、食事をしながらそんな話をした。


 さてラウニーはというといったんお昼寝して、起きて、いつもの調子で愛想を振りまいて人気者になった。

 大人気。ほぼアイドル。

 可愛いからな。


 だもんで。


「あんな小さい子に決闘なんてひどすぎます」

「あんなかわいい子を戦場に出すなんて!」


 俺が抗議を受ける羽目に。

 でもラウニーは強いからなあ、本気でやったらまず負けないよ?


 そんなこんなで特筆するべきことが…結構あったな…な夜が明けた。


◇・◇・◇・◇


 さてここは王城の修練場。

 王城の修練場というのは言ってみれば親衛隊とか特務とかの超エリートが訓練する場所らしい。

 そしてラウニーの相手をしてくれるのはなんと王妃様。


 つまり獣王さんの奥さんだった。


 まあ、動物じゃないので獣王が獅子だから奥さんもライオン系というわけではなくて、意外やいがい、ウサギ系の獣人だったりする。


 ただ獣王さんの話だと、この国でもトップクラスの戦士なんだとか。

 ものすごい美人というか、エロ…はダメか、艶めかしい美女だ。

 獣王さん鼻の下伸びている。


「これより、竜族の子、ラウニーと、獣王国代表の試合を行う。

 まあ、エキシビションマッチのようなものと思ってくれ、ラウニー嬢が力いっぱい戦って見せる。それが大事なのだ。

 お前も油断することなく、全力で相手をしてやってくれ」


「ええ、任せて」


 ウサギの奥さんがぱちんとウインク。


「「「「「「「おおおおおおおっ」」」」」」」」


 兵士たちの反応がすごい。


 訓練場に詰め掛けたのは主に兵士たちで、貴族と思しき連中はその後ろに置かれている。

 敬して遠ざけるという言葉があるが、貴賓席という名の場所に隔離したようなかんじだ。

 獣王さんは貴族がバカなことを言ったりしないように、それで問題になったりしないように気を使っているようだ。


 一方で奥さんには『手加減はなしで、でも怪我はさせないように』みたいな難しい注文を付けている。


 ラウニーのプライドを尊重してくれていて、それでいて気づかいもする。なかなか苦労人だ。というか普通の人だな。


 俺だってその気になれば耳は超いいんだぞ。魔力で音を拾えば丸聞こえだ。

 だから一部の貴族たちが文句たらたらなのも聞こえている。

 確かにあれは前に出せないな。一部とはいえ。


 審判が前に出て、お互いに礼。みたいなことを言って。主に女性の兵士からラウニーに黄色い声援が飛んでいる。

 うちの子可愛いしね。


 そしてお互いに武器を展開。

 王妃さんは飾りの房が付いた中国の剣のようなものを構え、ラウニーはいつもの六角棒と六つの玉振りの玉を展開する。


 そして『はじめ!』という声がかかり、王妃さんが一歩踏み出したら…


 ずどおぉぉぉぉん!


 その足の出鼻に玉が撃ち込まれ、床を打ち砕き、彼女がその一撃にほんのちょっと気を取られた瞬間にラウニーが引き絞った蛇体を伸ばして接近。

 あっという間に六角棒が彼女の首筋に当てられていた。


「まっ、まいった…」


 静まり返った修練場に王妃さんの声が響き、彼女がぺたんとあひる座りで座り込んだ時に大歓声がおこった。


 ブーイングとかではない。純粋な歓声だ。


「誰であれ、強いやつは尊敬する。獣王国はこうあるべきよね。最近平和ボケなのよ」


 とセーメさん。

 ラウニーは伸びあがって万歳をして、気を取り直した王妃さんがラウニーに抱き付いてキスしまくっている。

 ラウニーもまんざらではないようだ。まだ子供だからオッパイとか大好きなんだよね。

 王妃さん、かなりのものをお持ちだからオッパイに押し付けられてうれしそう。


 ちらりと後ろを見ると。


「ラウニーが満足そうなので問題ないです」


『よかったよかった』


 うむ、うちのドラちゃんズも文句はないようだ。

 これであとはギルデインさんをボコ…反省してもらえば一件落着。

 俺の出番はないと思うけど、いざとなれば俺が…あー、なんだ、反省するように説得?


「母上殿、このような仕儀になって残念だ。体を壊して引退した母上殿を引っ張り出すなど、許せぬ所業だと儂は思う。

 即座に勝負を決めて、あの不遜な若造を叩きのめして見せよう。

 王国のためにもそれが一番いいというもの」


「あら、ギル、出来もしないことは言うものではないわよ」


 そう、セーメさんって足が不自由だったんだよね。

 本人曰く、若いころ無理をしすぎたつけ。とか言ってたけど。


 ネムが俺を見てなんか悪い顔をしている。

 そんなに楽しそうに…

 うん、これも楽しいけどね。

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