第188話 誇りのために
第188話 誇りのために
「きたぞー」
「ドラゴンだー」
「総員戦闘配置!」
俺たちは畑があまりない南の方角から悠々と、時間をかけて進んでいく。
ドラゴンは巨体だし、黒曜は空の上なのでその姿はかなり離れたところからも見えただろう。
その姿に慌てて陣形を変える獣王国軍。
俺たちはと言えば先行する黒曜、ティファリーゼの後ろから車でゆっくりと進んでいく。ラウニーも車の中であまえている。
俺たちがことさらゆっくりと進んでいくものだから敵軍も陣形の組みなおしはかなったようだ。ただバリケードとか、塹壕とかは移動できないので放置になる。
あれが何かの役に立つとは思わないけど、無意味に作られ無意味に捨てられるのは悲しいな。
俺は車の運転席で前方を注視する。
この車が魔動車なのは見た目だけで実はすべて俺がやっているのでハイテクな危機とかは全く積んでいない。
モニターで拡大とかできればいいのだけど、それもできないから重力レンズで敵軍の様子を観察してみる。
「まったく、情けないわね…自分が原因なのにあんなに後ろに…」
もちろんギルデイン氏のことだ。
公爵家の当主。
ネムと同じ虎耳の獣人。
ただネムやセーメさんが白にグレーの縞だったのに対して彼は黄色に黒い縞、つまり普通の虎柄だ。
鎧を着ているのでよくわからないが、ちょっと太り気味?
まあ、男は中年になると腹は出るんだけどさ…
それに中加減の長さのマントを翻し、たぶん獣王の人の少し後ろに控えている。
というかあれって微妙に自分を隠そうとしているように…
その前にいるのはこちらはガタイのいい、燃えるような赤毛をざんばらと長く伸ばした男。引き締まった体に意匠の優れた鎧を着こみ、赤いマントを翻している。
これがこの国の国王、獣王と呼ばれる人だろう。
その周辺には王国と同じ紋章をつけた鎧の戦士たちと、公爵と同じ紋章をつけた戦士たちが取り巻いている。
その後ろにもいろいろな紋章をつけた戦士たちがいるが…
「あれは貴族軍ですね。ドラゴンが攻めてくるとなれば国家存亡の危機です。貴族たちも動員されたんだと思います」
でもまずは王国と公爵軍が相手のようだ。
全体を見るとやはり緊張感が漂っているが、中にはやたらやる気になているものもちらほらと見える。
内々に勇ましい感じだ。
「でも、ネムの親父さんって…うーん、あんまり似てないね」
「ほんとゴメンなさい」
「いやいや、君が謝るような事じゃないよ」
ある程度行くとティファリーゼと獣王国軍がにらみ合うような形できょりを縮めていって、ついには向かい合う距離。
黒曜は下を睥睨するように空を泳いでいる。
そしてその緊張した空気の中を獣王が進み出てきた。
「ドラゴンよ、偉大なるものよ。我はこの国の王を務めるバラルという。此度の非礼は儂が詫びよう。この首でよければ持っていくがいい。だから引いてくれぬか?」
『だめ』
取りつく島がなかった。
「ではどうしても我が国を亡ぼすと?」
『それは興味がない。でもケンカを売ってきたのはそっちだから、喧嘩の決着はつけないとだめ。
お前たちが負けたらお城は踏み潰す』
「むう、すると民たちは?」
『関係ない?』
うんうん、実に分かりやすい。
「お城を踏み潰すって…考えたよね」
「でしょ? これなら人的被害は出ないし」
その証拠に王様後ろの貴族軍に支持を出して中に帰らせている。
たぶん都市部から避難をさせるつもりだと思う。
「お城は大事なものだからね、それを踏み潰せばラウニーにケガをさせられたことに対する意趣返しとしては上等ってね」
そう言ってティファリーゼと黒曜を納得させたのだ。
二人とももうあまり怒ってないからな。これなら最悪お城が瓦礫になるだけで済む。
それにもう一手、うまくいけば物的な被害もなくなるだろう。
「ではゲームスタートだ」
「って言ってもみんな必死だよね」
「そりゃそうさ、俺たちが出ていって条件をまとめて、もしあいつらの気が緩んだら被害がかくだいするもん」
あいつらが必死で挑んでくるから黒曜たちも手加減をしてくれるんだよ。逃げたりやる気がなかったりで気の抜けた対応だとあいつら怒るから。
「うおおおおおおおおおっ」
一番槍は戦士たちの中でいきり立っていたやつらだった。たぶんドラゴンと戦える、うれしーとか言うタイプ。
巨大な剣を振り上げてティファリーゼに切りかかる。
がきーーーんっ!
うん、ティファリーゼの装甲には全く効きませんでした。
「あれ結構いいものだよ」
「まあ、相手ドラゴンだしな…しかも防御力特化だし」
それを皮切りにたくさんの戦士たちがティファリーゼに襲い掛かり、振り回した手やシッポに弾き飛ばされて宙を舞う。
黒曜も空から地上すれすれに降下して体当たりで兵士たちを跳ね飛ばしている。
子供と大人にもなってない。
そんな吹き飛ばされた者の中に件の二人が確認できた。
やはり先頭を切って勇猛果敢に飛び込んだようだ。
黒曜の尻尾ではねられて飛んで行っちゃったけど。
「これって、10分ぐらいかしら」
「あー、そのぐらい持てばいい方かな?」
ロープをかけて引きずりおろそうとか、動きを止めようとか。
バリスタのようなものを撃って攻撃したりとかしているけど、ほとんど何の役にも立っていない。
巨大なバリスタは必殺武器のようなつもりでいたみたいで、ティファリーゼの装甲にはじかれ傷ひとつつかなかったときや、黒曜の力場ではじき返されたときなどは絶望感が漂ったほどだ。
それだけ老竜というのは規格外な戦力なのだ。
それに対してここまで勇敢に挑んだのだから、果敢に攻めたのだから、戦闘種族の面目躍如と言えるだろうね。
ラウニーもこの勇壮な戦いを見て結構楽しんだようで、お兄ちゃん、お姉ちゃんの無双ぶりに興奮し、それでもくじけない闘士たちに声援を送っていた。
ここまでくれば大まかにみっションクリアだな。
「ただ、あれは良くないよね…」
「ほんとゴメンなさい」
一人いいところがないのがギルデインさん(嫁さんの父親を呼び捨てにはできない)だ。
やはり戦闘は苦手なんだろう。周りをけしかけるだけで自分で前に出ることがない。
しかもけしかけ方が腰砕けなのでちょっと…
「かっこ悪い」
ああっ、言っちゃった。
まあ、そういうこと。
そうこうするうちに獣王国軍は壊滅。
とはいっても死人はほとんどいないようだ。
ほとんどが気絶で、けが人は多数かな。
「きっといい思い出になるわね」
「そうか?」
そういう生き物らしい。
そしてティファリーゼと黒曜は獣王陛下の直前までたどり着いた。
腰を落とし、大地を踏みしめ、槍を構える獣王バラル。
「いざ!」
うんうん、いい気合だ。かっこいい。だが大太刀周りはここで終わりだ。
「で大丈夫か?」
『面白かったー』
『あとは任せます』
闘士たちが勇敢に戦ってくれたおかげで二人とも納得がいったようだ。
許してやってもいいかな? ぐらいには思えたみたい。よかったよかった。
「さて、行きましょうか」
二匹のドラゴンが道を開けたので俺は車を進ませた。
獣王陛下の前まで、初謁見だね。
俺が降り、ネムが降り、ラウニーが降り、しかししわぶき一つ起きない。
ほとんど伸びちゃっているから。
ネムの時にギルデインさんが何かわめこうとして獣王様にぶっ飛ばされていたが、まあ、それも静かなものだ。
左右を巨大なドラゴンに守られて立つ俺たちの姿はそれなりにインパクトがあると思う。
だが最後の一人、彼女が降りたときにさすがに獣王様も声を漏らした。
よし、つかみはばっちりだな。
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