第175話 魔族 

第175話 魔族 



「なにがあったー!     …って寝てるし」


 景気良くドアを開けると黒曜が暢気に寝ていた。

 山の上の方を見上げると煙につつまれた一角が見える。


「火は見えないな…何かの衝撃? 爆発?」


「なになに、何があったの?」


 俺の腕を持ち上げてわざわざ脇の下から晶が顔を出す。

 昔からこういうやつだよね。

 ちび助改め『キオ』君はまだ寝ている。


 とりあえず『キオ』と呼ぶことにした。


 この状況でも眠っていられるというのはここが安心できる場所になったということだからいい傾向だ。


「黒曜、ちょっとここを頼むよ。見てくる」


『わかったー』


 うむうむ、良い子である。


 俺はそのまま飛び立つと爆発現場に向かった。

 場所は山の中腹辺り。

 周辺は緑の木々に覆われたふつうの山肌だ。


 その途中で奇妙なことに気が付いた。


「昨日まであった強い魔力反応がなくなっている?」


 いや、違うな。気配を消しているんだ。

 昨日までは結構垂れ流しだったのに今は反応がかなり低くなっている。


「ふっふっふっ、だが私の魔力探知から逃れることは出来ないのだよ」


 いや、本当に結構得意なんだよ。

 しかも駄々洩れ、垂れ流しの昨日より、漏れる魔力の範囲が小さくなったからわかりやすい。

 今は周辺に立ち込めた魔力でわかりづらいが、時間が立てばピンポイントで場所が特定できるようになるな。

 だいぶ近づいた感じだ。


「さてと」


 爆発現場はやはり爆発現場だった。

 何かが爆発して周辺を薙ぎ払ったような感じ。


「周囲の地形は…うーん、ただの山だな…」


 ただ普通に木が生えているだけの山だ。

 大きさ的には10mぐらいかな。木がなぎ倒されこの一角だけが開けている。

 しかし何かが燃えたような様子はない。


 たぶん純粋な衝撃波みたいなやつだ。

 そして木っ端みじんになった周囲の中に…


「死体?」


 というか千切れた腕?


「この爆発で人間が木っ端みじんになるとは思えないから…」


 多分大きい方は持ち去られたのだ。

 偶々千切れた腕が残されたのだろう。

 かなりボロボロだが大人の、男のうで。


「他に遺留品もないからわからないけど…たぶんあの村の村人だろう。山の中に入っていったやつかな?」


 その可能性が高い。

 一体なにがあったのか…


「まあ、鑑識とかじゃないからわからないよね」


 この現場から事件を解き明かせる鑑識がいたらマジ尊敬するよ。

 さて、いったん戻ろうか。


■ ■ ■


 時は少しもどる。


■ ■ ■


「くそー、いきなりやってきた聖女のせいでしっちゃかめっちゃかだ」


「まったくだぜ」


 かなり奇抜な格好で山の中を進む三人の男は口々に文句を垂れている。

 マリオンたちが確認した山側に入っていった三人だ。


「だいたいなんで聖女がここにいるんだ?」


「本物なのか?」


「そいつは間違いないだろ。パロムさんは前回の視察の時に見ているっていうから」


「てことは帝都の間抜けどもが何かしくじったんだな。いい迷惑だぜ。

 魔族なんかにゃかかわりたくないのによ!」


「まあ、心配はいらんさ、そのためにこの格好だ」


 それは彼らの間で魔族と敵対するものではない。という記号として用いられる格好だ。一言で言うとかなり奇抜。

 ミノムシをご存じだろうか。

 ミノムシを捕まえて毛糸クズの中に入れておくと周囲の毛糸でミノを作りかなり奇抜でサイケデリックなミノを作る。


 この村人たちの服はまさにそんな感じの色とりどりの布を重ねてつくったような奇抜なものだった。


「全くよう、村長も存外ふがいないよな。帝都から任命されたとか言って威張ってたがよ、あっさりぼろを出してあのざまだ」


 ここで言う村長というのはパロムのことではなく最初に対応した老人のことだ。

 本当は彼が村のリーダー。

 だが聖女への言い訳として『ぼけ老人』という設定が付け加えられ、現在は幽閉されたという態で隠れて指示を出している。


 彼がもっとうまく立ち回ればこんなことにはならなかったのにと思わずにいられない村人たち。

 しかも。


「本当ならこの連絡役だってパロムのはずだろう?」


「仕方ねえよ、あいつは村長ということになってるんだから、聖女が戻ってきたときにいないとまずいだろ?」


「本当に帝都の方は何を考えてるんだよ、俺たちだけじゃなんもできねえよ」


「まあな。村長普段は威張っているが所詮は下っ端だしな」


 愚痴をこぼしながらも彼らは休むことなく仕事を遂行していく。

 そして合図ののろしを上げて少しすると上から押しつぶされそうなそんな感じが襲ってきた。


『キシャマラ…ナニヨウカ…ツイカノエサカ?』


 そこには細長い胴体の両端に頭という蛇が、胴体の真ん中あたりから生えた翼を使って空に浮いていた。


 その威容に村人たちは息をのんだ。


『これと話するの? 無理じゃね?』


 正直な感想だった。


■ ■ ■


『?ツマリ…ソノオンナガ…ツイカノエサカ?』


「いえ、いいえ、そうではありません。その女は帝国の大事な女で、いま帝都と連絡を取っているので、こちらでどうにかしますので、それまで見つからないようにしていてほしいんです」


 さっきまでの威勢はどこへやら、村人たちは終始おびえるように事情を説明し、その果てのこの言葉に絶望感に似た重苦しさを感じていた。

 この蛇、俗にアンフェスバエナと呼ばれる魔族はあまり頭がよくなかった。


『つまり、その女にはてを出すなということだろう?』


「そっ、そうです、そうです」


 補足したのはウインザル。カラスの頭にゴリラの身体という魔族だ。こちらはそれなりに分かっているようだった。


『ワカラン』


『まあ、心配するな、こいつはあまり頭がよくないだけだ』


 それはものすごく心配になる事実だったが、そんなことよりも恐怖が勝る。

 できるだけ早くここから離れたい。

 だが話を通さずに聖女になにかあれば自分たちはおそらく厳罰に処される。

 いや、ひょっとすると魔族に食われるかもしれない。


 この強大な妖魔もまだ下っ端で、そのうえがいるのだ。


「あのー…グージェルさまは…」


 それが魔族たちのリーダーの名前。

 どんな魔物かはよくわからない。だが強大な魔物であることは間違いがなかった。


 村人たちは魔王などと呼んでいたりする。


『ボスは今出かけている。帝都だ』


「いつお戻りに?」


『知らん』


 村人たちはがっくりと肩を落とした。

 果たしてこの二者が相手でちゃんと話が通るのだろうか。


「あの、くれぐれもよろしくお願いします。もし聖女になにかあると我々グージェル様に怒られます」


 その名前は覿面で二匹の魔族は…


『わかった心配するな』


『ワカランドウスレバイイ?』


 まあ、いろいろある。


『こやつをおとなしくさせるために餌がいる。餌を持ってこい』


 ウインザルがそう命じた。

 それは尤もな話だった。

 狂暴な魔族を押さえているのはそのグージェルだったが付け届けというのも効果がある。だが…


「えっと、数日前に、その獣人をお渡ししたはずなんですが…」


『クッタ。アマリウマクナイ。ホネトカワ』


『そうだな、別の頼み事には別の報酬がいるだろう。獣臭いのは飽きた。あいつらはあまりうまくない。

痩せててがりがりだ。

 どうせなら人間を持ってこい。

 この間狩ってきたやつはうまかった。若い女がいい。若い女を与えないとこの馬鹿はおとなしくならない』


「そっ、そんな、人間の娘など無理です。我々は人間ですよ」


『我らから見れば変わらない。村にいる女でいい。すぐに持ってこい。一人につき一日おとなしくしていてやる』


 だがこれは許容できない要求だった。

 村にいる女はここにいる男たちの女房子供なのだ。差し出せるわけがない。


『お前うるさい』


 何とか時間を稼ぐ話をしようとする村の男たち。時間を稼いでグージェルという魔族が戻ってくればどうとでもなるのだ。

 それだけの知能があるから帝国は魔族と交渉のテーブルについたのだから。


 だが、知性は愚行の前に挫けたりするものだ。

 言い募る村人の足元かいきなり破裂した。


 アンフェスバエナの口から吐き出された圧縮空気が一気に解放されたからだ。

 村人地三人とも勢いよく弾き飛ばされて地面に転がった。


 その村人の間を猛禽の足で悠々と歩きまわるウインザル。


『二つ死んだ。これは生きている。

 お前は村に帰って今の話を伝えるといい。

 この二つはもって帰る。二日はこれで我慢してやる。

 三日目は知らぬ。

 どうなっても知らぬ。

 いけ』


 一人だけ奇跡的に助かった村人は足を引きずりながら帰っていく。


『ケッキョクナンダッタ?』


『人間男二人、これで二日、大人しくしていろ。魔力も押さえろ。グージェルから隠れるのと同じだ。

 そのうちに新しい生贄が届く』


『オオ、ワカッタ』


 魔族は転がった死体をもって引き上げる。

 あとには運び忘れた腕が一本。


 マリオンが見たそれだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 帰ってきました。

 遅くなりました。

 更新します。


 次回もずれると思いますが、できるだけ早く土曜日更新に戻したいです。

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