第176話 鎧袖一触

第176話 鎧袖一触



 上から高速で降りてくる気配。

 まっすぐ突っ込んでくるな。

 なのりを上げるとかせずにいきなり攻撃みたいだ。


 俺は球形に斥力場を構築する。


「あうぅぅぅぅぅぅぅっ」


「おっ、気が付いたか。えらいぞ」


 黒曜の背中で晶に抱かれたキオが唸り声を上げる。

 どうやら突っ込んでくる気配に気が付いたみたいだ。

 やっぱり獣人はこういうの鋭いよね。


 そして突っ込んできたものは斥力場にぶつかり、磁石が弾かれるように滑って地面に突っ込んだ。


 ズズーーーンッ!


 とかなり大きな衝撃が走しる。


 さらにその後を追うように双頭の蛇が飛んできた。

 これはあまり飛ぶのが得意ではないのか、どっちに進んだらいいのかわからずに結果として横滑りしているような無様さでじたばたとやってくる。

 こんなんで戦えるのか?


 そして地面にめり込んだもう一つが土煙の中から姿を現した。


「なっ、なに?」


「魔族だねえ~」


 この二つの反応は間違いなく魔族。

 この三日気配を消して、追いかけてもダミーを置いて逃げるというのを繰り返していたんだけど、俺の目はごまかせない。

 しつこく正確に追跡してやれば、案の定、我慢の限界を迎えて飛び込んできた。


『おお、敵来た。俺やる~』


 黒曜が楽しそうに声を上げる。

 なんかわくわくしてとまらない感じだ。


 自分一人で行って片付けようかとも思ったんだけど。これがあるからな。俺が戦闘に入った気配を感じたら絶対に黒曜、おとなしく二人の護衛なんかしてないもの。

 で仕方なく集団行動していたのだが、まあ、おおむね予測の範囲内だ。


「じゃあ黒曜は今飛んでくるやつをやっつけていいよ。

 多分攻撃力が高いタイプだから…

 まあ、関係ないか…

 よし、行ってよし」


 俺は黒曜の背から二人をおろしながらそう言ってやる。


『わーい』


 性格がワンコだからなこいつ。


「きゃーーーーっ」


 玄の応龍に変化した黒曜はそのまま俺の歪曲フィールドをすり抜け空高く駆け上がる。

 迎え撃つのは胴の両端に頭を持った翼のある蛇。アンフェスバエナ。


「あれあれあれあれあれ」


「落ち着け落ち着け、ただのドラゴンだ。

 まあ、老竜エルダードラゴンだからそれなりに強いけどね」


「どどどどどうやってあんなの…」


「いや、ドラゴンというのは戦ってぶちのめすということ聞くんだよ。強いものに従うのがあいつらのルールだから」


 あれ? そうだっけか?


 それだともっとほかの生き物に従うドラゴンとかいてもおかしくないような…

 ああ、普通は負けないか。


 さて、上の方はあいつに任せて、もう一匹のほうを見てみよう。


 土煙の中から姿を現したその魔族は。


「あれ? 前に同じのを見たことがあるような…」


 俺がかつてカラスゴリラと呼んだウインザルとか言う魔物だ。


 カラスの頭にゴリラの胴体、腕は剛腕、足は猛禽。巨大な翼。


「でも結構大きいな。前にぶんなぐったのは俺よりも小さかったが」


 あー、あの時食べた豚が美味しかった。

 そしてあの時に初めてラウニーにあったのだった。


『お前が弟を殺したやつか…』


 ありゃそういう関係だったのか。


『うっがーーーーーーっ』


 いきり立って攻撃してくる魔族。


 3mの巨体で。7割がゴリラの身体。その腕なのだから人間など当たればひとたまりもない。


「ひっ」


 晶が引きつった声を漏らすが当たらなければどうということもない。

 多分当たっても俺にはどうということもないのだけど。

 でもまあ、今回は当たらない。


 歪曲フィールドに阻まれ、そのままするりと滑って地面を削っている。


 ドカーンとか言って地面が掘り返されているからやっぱり大した威力だ。


『うがあぁぁぁぁぁぁぁっっ! このにゃーーーー』


 言語能力がちょっとお粗末みたいだな。でも雰囲気は分かる。雰囲気はな。コンチクショウみたいなことだろう。


 その後、魔族は砂塵の槍を作り出した。

 以前の個体より能力が高いのだろう、その出力も、数もけた違いだ。

 まるで結界の外にのたくるワームの大群がいるかの様。


 ぐるぐると回転しながら歪曲フィールドに突撃を繰り返し、その都度滑って地面を掘り返している。


「まあ、黒曜の方が終わるまでは現状維持かな?」


 攻撃とかできるけど、山を吹き飛ばしたりするとまずいからね。

 黒曜の方はと…


「圧倒的だな」


 ◇・◇・◇・◇


 竜族というのは脱皮して成長するわけなんだが、時折進化する。

 幼竜が成竜に。成竜が老竜に。老竜が上位竜に。

 幼竜は強さがピンキリで、幼いのはそれなりに弱い。なので当然魔族よりも弱いのだ。


 成竜になるとかなり強くなって人間だって軍隊を総動員して決死の覚悟が必要になる。

 ここまでくると魔族に引けは取らない。


 老竜になればこれはもう、圧倒的。出くわせば災害として諦めがつくレベルだ。

 つまり黒曜ってここなんだよね。


 魔族でもかなり、極端に強い個体でないとまず相手にならない。

 で、今回敵として登場したアンフェスバエナだけど…相手にならないみたいだ。


 アンフェスバエナも10mもある巨体だが、黒曜の龍形態は数十メートルに及ぶので大きさ自体がまず違う。


 すれ違いざまに接触したら黒曜の鱗でがりがり、やすりみたいに削られてぼろぼろ。

 シッポではねられて天高く打ち上げられ、最後は黒曜のブレスで爆散した。


「あれ…何?」


「ああ、グラビトンウエーブだね」


 あっという間にケリがついて晶が唖然としている。


 重力による空間の振動。

 重力波を使った超強力な電子レンジみたいなやつだ。

 あっという間に加熱されて体中の体液が蒸発。全身が水蒸気爆発だ。

 そして爆散したものも瞬時に加熱されて燃え尽きていった。


 うん、出力がすごいや。


『ううっ、弱かった…』


 戻ってきた黒曜が意気消沈。

 楽しそうな遊び相手を見つけて飛びついたらそれだけで相手が消し飛んでしまったと。


「あとで運動に付き合ってやるからな」


『うん、わかった』


 ちらりとウインザルを見る黒曜。

 ふん、と鼻で笑って竜馬の姿に変身した。

 そんで晶とキオのそばで寝そべる。


 どうもウインザルもつまらない相手と判断されたようだな。

 そのウインザルと言えばアンフェスバエナが文字通り鎧袖一触に粉砕されて唖然としている。

 カラスのアホずら。


 歪曲フィールドの周りで意気軒高だった砂塵の槍も力なく消えてしまった。

 黒曜を見て腰が引けている。


「じゃあ黒曜。ここ頼むな」


『はーい』


 俺は結界を黒曜に託してその外に踏み出す。

 魔族は戦う相手が俺だと知ってためらっていた。

 多分黒曜が出てくれば一目散に逃げたと思うんだけどね。出て来たのが俺だから。


 人間なんかに負けないという矜持的なものもあるのだと思う。


 そういえばこいつって、魔族の中ではどのぐらいの強さなんだろう?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 黒曜を活躍させたいと思ったんだけどなぜかこんなことに。

 パワーバランス的に仕方ないのか…



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