第145話 いざ東へ

第145話 いざ東へ



 はい、温泉は三日ほどで使えるようになりました。

 いや、温泉はいつでも入れるんだけど、それに付随した施設が使えるようになった。ということだ。


 かなり大きなホテルのような建物。木造のクラッシックで出も新品のホテル。

 この国では普通に畳が使われているので和風のホテルだ。


 この建物はラーン男爵家が運用することになる。つまり有料で宿泊して食事とかも出てくるタイプだ。

 あと他にも建物だけを貸し出すロッジのようなタイプも建設される予定である。

 最初は男爵家が頑張るわけだが、いずれは普通の商人なども参入してくると思う。


 まあ、とりあえずドワーフたちは自分たち用の建物は確保したようだ。誰でも使える工房。みたいなものだね。管理人はおくらしいが誰それの工房というような決まりは作らない。

 ドワーフたちがみんなで好き勝ってに使える工房だ。


 とりあえずここで銃の改良などをしてくことになるようだ。


 なので四日目からはみんなでこの温泉旅館に宿泊し自炊する。


 まあ、料理とかまだ無理なんだよ。

 さすがに小さな男爵領だしね。人員が…

 マルグレーテさんがフレデリカさんに泣きついて何とかするみたい。頑張れ。


 昼間魔境に出かけて魔物と楽しく戦い。夜は旅館に泊まってゆっくり風呂につかる。

 ついでにドワーフたちにいらん知識をささやく、まるで悪魔の様に。

 俺のささやきがその後どんな化学変化をもたらすか楽しみだ。


 そんな生活を五日ほど続けた後、俺たちは旅だつ。

 東に向けて。


 問題はシアさんだったんだけど。シアさんはこれから男爵家が発展していこうというこの時期にここにいないというのは次期当主としてどうなのか? と残留を考えていたのだがマルグレーテさんが強力に旅立ちを進めて同行することになった。


 何で教育熱心な人だろう。


 あー、わかっているよ。たって、肉食獣の目だもんあれ。

 ただまだ子供だね。


 ネムが夜、にじり寄ってくるときの迫力とかなまめかしさとかそういうのに比べると可愛い可愛い。

 このレベルでは俺を誘惑するのは無理さ。


「でも、女は何歳でも女ですよ。そして女は日々成長するんです。油断すると食べられちゃいますよ。楽しみですね」


 そこは楽しみにしてほしくないね。

 ネムさんにも自重を求めます。


 まあ、そんなわけで東に行くのは俺の他はネム、ラウニー、黒曜の家のメンバーとシアさん、マーヤさん、そしてなぜかティファリーゼ。という顔ぶれだ。

 イアハートはフレデリカさんやロッテン師などと意気投合してくつろいでいる。

 ついでに新しい家の建築にも余念がない。から暇がないんだってさ。


 さて行くか。


 俺たちは黒曜が引っ張る馬車に乗ってラーン男爵領を旅立った。

 見送りは二日酔いの酔っぱらいどもでグダグダだった。と言っておく。


■ ■ ■


 帰り道は邪魔も入らずに快適だった。

 隣のニャチハ子爵家は今、お上の査察とか賠償の調整とかで忙しいらしい。


 フレデリカさんは今度のことを契機に西の端っこまで伸びる街道を公爵家の管理地にしてしまうことにしたらしい。

 そうしないと温泉に入りに行きづらくなるから。

 というのは半分冗談としても領地の隅々まで公爵家の意向が届かないというのはまずいと思っていたようだ。


 それにこれから男爵領は温泉保養地と焼き肉のタレ工場で一気に発展していくことになるだろう。それに合わせて通行量はかなり増える。

 それを貴族家の好きにさせるのはよろしくない。


 俺なんかはそれならラーン男爵家にやらせれば。と思ってしまうのだけど、それは政治的にまずいというのだ。

 地方分権がうまく回るような世界ではない。とりあえず中央集権。

 それだって公爵家の次世代、さらにその次がちゃんとしているという保証はないわけだ。


 だからと言って民主主義がいいとは必ずしも言えないよね。利権が絡めば人間は自分の利益を考える。

 それを国民が監視するって言ったって国民すべてが高い政治意識を持っているわけではない。結局腐敗は出る。


 まあ、民主主義が発明されてまだ数百年。

 ひょっとしたらすごいいい政治システムとかそのうち発明されるかもしれない? なんて思っていたりする。

 まあ、おれにできるとはおもわないけどね。


 そんなあほなことを考えながら通り過ぎる子爵領。遠目に巨大虫の甲殻。

 ワビサビというか寂寥感が漂うな。ここには。


 さて、途中一回野営が必要で、しかし何事もなく楽しい狩りなどを挟んでさらに東進。翌日にはベクトンに到着した。


 まず行政府に出向いてフレデリカさんの手紙を渡し、あとはよろしくとお願いして帰ります。自分の家に。


「その前に学校」


 そうだった。シアさん達を学校に送っていくのだった。

 魔境の反乱に対応するための討伐というのは貴族家の責務で、これは何にも優先してやらなくてはならないこと。

 シアさんもその義務を果たすために出かけていたわけだけど、当然扱いは公休だ。


 立派に貴族の責務を果たすものを育てる学園でこれが公休にならないなんてことはない。


 だが同時に勉強をおろそかにしていいというわけもない。

 なので何があるかというと。


「では一週間。補習頑張りましょうね」


 にっこり笑う先生の前で二人は何かの重圧に耐えていた。

 頑張れ。


 しかも今回のターリ行きも公爵家から俺のパーティーへの依頼という形にしてもらったために公休扱いで二人もついてくる。

 補修は厳しい戦いになることだろう。

 頑張れ。


「まあ、ちょっとかわいそうな気がするけどね」


「あれは学生の醍醐味というものですよ。私も覚えがあります」


「へー、ネムってどこの学校?」


「あ、えっと、獣王国にある王立学園ですね。優秀な戦士を育てる学園です」


 知らんがな。

 だがたぶん上流のひととか優秀な人しかいけないところなんだろうね。

 ネムがいいところのお嬢なのは言わずと知れたというやつだ。細かいところまではきかないけどさ。


「ふーん、それはなかなか大変そうだ」


 ネムはなんとなくお茶を濁しているだけだけど俺の方は明らかに嘘なんだよね。

 俺も学校自体の思い出とかあるし、そういうのわかるけど、この世界では俺は隠れ賢者に拾われて育てられた人という設定だから。

 だけどあいつのことがはっきりしたらちゃんと話さないといけないかも。


 でもどう話すんだ?

 俺って勇者じゃないんだよね?


■ ■ ■


 屋敷につくとメイドたちの大歓迎が待っていた。

 ラウニーを。


 まあ、仕方がない。この子はうちのアイドルだ。


「お戻りなさいませ、旦那様」


「ああ、ありがとうセバス。変わりはないか? まあ、あまり時間は空いていないが」


 さすがセバス。一番の俺の所に来てもろもろ確認にはいる。さすがだ。

 というかこれが普通なんだが、他がルーズなんだよね。

 ただ、その方がいやすいというのは確か。なじんできたと考えるべきか。


「はい、こちらの方は問題なく、おや」


 セバスが不思議そうな顔をした。


「スライムたちはどういたしました?」


 ああ、スライムがいないせいか。


「スライムたちはほとんどが男爵領にのこっているよ。どうも温泉が気に入ったらしくてな。

 そのうち温泉スライムとかに進化するんじゃないか?」


「ほほほっ、ありそうですな」


 いや、マジでありそうだよ。

 お湯につけるとお湯が温泉になるとかね。


 ついてきたのもいるんだが、シアさんとマーヤさんのところに出張中。

 説明が終わるとセバスは手荷物を預かりネムを先導して屋敷に。


 年配のメイドたちは客のティファリーゼを案内し、若いメイドたちはラウニーをめでている。

 俺は一人で立っている。

 ふむ、これでいいのだろうか。


 一人たたずむ俺のもとに留守番組のたくさんのスライムたちが寄ってきた。


「おお、スライムたちよ、俺のことを覚えていたか」


 色とりどりのスライムたちは俺にたかって魔力を吸ってました。

 俺はご飯か!


 似たようなもんだ。


 よせやい。

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