第143話 あいつの影。

第143話 あいつの影。



「何事?」


「何かの先ぶれが来たようじゃね」


 いつの間にか帰ってきていたイアハートがそう教えてくれた。

 ここでは完全に人間のフリだ。

 しかも違和感がない。これが年の功か。


『来る途中で見たがなかなかに立派な魔動車が走っておったよ。そこから馬が先ぶれに出て、それがあの鐘の原因じゃ』


 魔動車? 騎士? 先ぶれ?


「それってつまりとても偉い人が来るってことですか?」


「まあ、そうだろうね」


「そうなると…あの人しかないですよね」


 いや、ないってことはないだろうけど…その可能性が一番高い。


「ところでティファリーゼは?」


「荷物を片付けとるぞ」


「ほんと働き者ですよね、ティファリーゼさん」


 ネムが感心しているが、あれは働き者というのではなくイアハートに使い倒されているのだ。


『まあ、仕方あるまい。あれもずいぶん人間のフリはうまいが、それでも四六時中一緒にいれば違和感に築く者もいるだろ。

 わしがこき使ってくたびれとればそれも目立たん。

 いい機会じゃ』


 ちなみにこういう会話は俺意外に聞こえないようにしているらしい。

 大妖魔。大魔族。ものすごく能力が多彩だ。


 いい機会というのは人間との接触を増やして違和感を解消していく。感性を人間のそれに近づける。というような意味合いらしい。

 とはいっても現代日本じゃないからね。人間にしてからが自力救済が基本で盗賊はぶっ殺せ、みたいな感性をしているからそれほど目立ったりはしない。

 問題は人間の食べないものを平気で食べたがったりするようなところ。

 人間は生肉丸かじりとかしないからね。


 そういう意味ではラウニーのほうが人間社会に溶け込んでいる。


 そうこうするうちにマルグレーテさんが支度をして居りてきて、シアさんとか、マーヤさんとかもちゃんとした格好で出てきて、あと男爵家の騎士とかも整列して、お出迎えの準備が整った。


「みんなしゃきっとしてますけど、フレデリカおばさま嫌がるのでは?」


「まあ、お忍びのご老公だからね。こういうのは迷惑かもしれないね」


 あのおばあちゃんだしな。

 とか言っていたら夕日に赤く染められた魔動車。かつて乗せてもらったあれがやってきた。


 ドアが開いて…


「大げさにするんじゃない!」


 マルグレーテさんがおしりをたたかれていた。


 仲いいじゃん。


■ ■ ■


 到着した当日はゆっくり休んでもらう。

 ということになる。もう。結構夕方だしね。


 ただ。


「いきなり来られても困るのよーーーーーっ」


 という叫びは至極当たり前だと思う。

 何日か前に先ぶれがあれば何とかなったのだろうけど、先ぶれの後一時間で到着じゃね。なにもできんよ。


 食事の用意もままならない。というのでバーベキュー導入。

 仕方がないのて焼き肉のタレを俺が出そう。


 そういえばこれの量産の話もあったが、あの後ターリに行く間もなくこちらに来てしまったから話がとん挫している。

 つもりだったんだけど。


「そうそう、このタレね。量産の許可が取れたのよ。本当はマリオン君に中に入ってもらおうと思ったんだけどね…よんどころない事情があって…」


「また食べたくなって我慢できなかったのですよ。しかもマリオン君は出かけていていませんでしたから、こちらで勝手に動きました。

 すまなかったね」


「いやね、それじゃ私が食いしん坊みたいじゃない」


 食いしん坊ではない。と証明するかのようにフレデリカさんは焼き肉を焼いてラウニーに食べさせている。

 ラウニーは好きなおばあちゃんが来てくれたことがうれしくて、そのおばあちゃんがお肉を焼いてくれるのでものすごくテンションが高い。


 先日イアハートが来たときもはしゃいでいたが、今回もすごい。

 少し落ち着いたところに甘やかしてくれるおばあちゃんと焼き肉のダブルパンチだからな。


「おばあさんが来ると焼き肉が食べられるみたいな認識をしてそうですね」


 ネムがそんな予測を述べるがありそうで怖い。


 まあ、そんなわけで焼き肉のタレは公爵家の肝いりで量産するということになったらしい。

 宿屋のおかみさんがどんな顔していたのか大変興味がある。

 きっと目を白黒させていたことだろう。

 公爵家がいきなりくればね…


「というわけでマルグレーテ。あなたこれ量産しなさい」


「はい? せんせい。なんでそうなるんですか?」


「うーん、ここって昔から地道にやっていたでしょ? それだけに華やいだところがなくて、心配していたのよ…」


 かつての教え子に何らかの支援を。というようなことを考えていたらしい。

 その方法として焼き肉のタレの生産委託。というのを考えたようだ。

 ただその時点では湯治施設の計画がなかったので両方うまくいくとラーン男爵領は一気に発展してしまうかもしれないのだが。


「その時はその時よ。温泉はうちとは関係ないことだし、対面もあるから一切支援はしないわ。その代わりにたれの製造は家で全面的にバックアップします。

 ちょうど隣もこけてしまって働き手を見つけるのは難しくないから。

 それに材料がね。この辺りならそろうみたいなのよ。

 というわけで、やれ?」


 マルグレーテさんががっくりと肩を落とした。


「うううっ、先生…本当に支援をくださいよ。

 特に人員とか。

 うちはのんびり目の家なんですから」


「まーかせなさい」


 ちょうどカンゴームさんたちもいるので休暇が終わった後、工場の建設もやってもらうことにするらしい。

 やっていることは全くおんなじだけどね。


 さて、その間おもしろかったのがシアさんだ。


 シアさんはカンナさんと話し込んでいる。


「シアの憧れのひと」


「ああー」


 カンナさんは大楯と巨大鈍器の月兎族の女戦士だ。

 種族的な特殊能力はあるが、同じ戦闘スタイルといっていいものだった。

 あくまでもだっただよ。


 シアさんの戦闘スタイルはこれから変わっていくと思うし。

 でも楽しそうに身振り手振で話し込んでいる二人。


 そうか、シアさんのスタイルってカンナさんが目標だったのか。


 あっちもこっちも盛り上がっている。


 なんかほのぼのとしていたらフレデリカさんを中心に人だかり…というかドワーフだかりができていた。

 そして聞こえてくる声。


「ふむ、つまりこいつを俺に見せたくてやってきたと?」


「そうなのよー、東から届いてね、調べようと思ったらみんないないじゃない? だから慌てておいかけてきたの」


「嘘をつけ、どうせ抜け出す口実に使っただけだろうが」


 何のことだろう。


「実は東に逃げた勇者がまたトラブルを起こしましてね、その時に彼の使っていた武器を取り上げたんだそうです。

 それがちょっと気になりまして」


 そう教えてくれたのはロッテン師だ。


「気になったとは?」


「魔法を全く使わない魔導器のような武器なんです。

 威力はそこそこですかね。多少の鎧ならうち抜けるような威力です。殺傷力も低くありません。

 魔物に対してはちょっと威力不足の感がありますが、魔法を全く使っていないということは誰でも使えるということです。

 数をそろえられればそれなりに脅威になるかと…」


 というものが手に入ったのでカンゴームさんをはじめとするドワーフ親方衆に調べてもらおう。ということになったのだそうな。


「ただここまで大急ぎだったのはカンゴームさんの言うようにご老公が逃げだす口実に使ったからです」


 そんな話をしていたら『パンッ』という音が聞こえた。

 そしてかすかに漂う火薬のにおい。


 これって…


 近づいていってのぞき込むとそれはちょっと変わったデザインの拳銃だった。

 ちょっとごつい感じのハンドキャノンというやつか。


 そして俺は見た。

 目もいいんだよね、今の俺。

 そのハンドキャノンの銃身に刻まれたマーク。日という漢字を丸くして三角形に配した落書き…晶…

 あいつが自分の持ち銃に好んで掘ったマークだ。


 何で?

 偶然?

 まさか…

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