第139話 私の知らない世界

第139話 私の知らない世界



「あらあら、ご苦労様。査定はもう少し待ってね。さすがにあのサイズの魔石は時間がかかるわ。というか初めて見たわね。

 すごいわー」


 ご老公がほくほく顔でそうのたまった。

 あの巨大な虫の魔石を引き渡したからだ。

 貴族というのは上位貴族と下位貴族があって、下位貴族というのは上位貴族の手下なのだ。


 つまり子爵や男爵はキルシュ家の家臣ということだね。


 領地を賜って、そこの収入を『給料』として使える代わりに領地の治安維持や軍事作戦への参加が義務付けられる。


 つまり先日の討伐作戦も自分たちの領地を守るためという意味合いとともに、キルシュ公爵領を守るため。という意味もある。

 この作戦がもともともっと大規模であったならばきっとキルシュ家からも援軍が出ていたことだろう。

 まあ、結果的にそのほうが良かった案件になってしまったが。


 で、公爵家が参加していれば相応に取り分。というものが発生したわけなんだが。今回はそれもないので税金として作戦の実入りを一割上納するだけでよい、という形になる。らしい。


 なので物納だな。


 魔石を丸ごとキルシュ家で買い上げてもらって、代金から一割を納める。

 普通はラーン男爵家から用人とかが出てきて金額交渉とかするらしいのだが、どうもフレデリカさんとマルグレーテさんの間には相応の信頼関係があって、丸投げにするらしい。


 というか買い上げるのがキルシュ公爵家なので、フレデリカさんがラーン男爵家の代理人。みたいになっていて、ご自身の息子である公爵と値段交渉中。

 なんだかなあ。


 しかし、あの魔石がどのぐらいの値段になるのだか。


「うーん、結構行くと思うわよ。

 私の知る限りあれに匹敵するのはたぶん王家の、王城の地下にある魔石だけだと思うから…」


 地下に魔石ですか?


「そうよ、知らなかった? この城の地下にも魔石がセットされてて、インフラの制御とか、結界の維持とかに使われているの。

 もっともここのは大したものじゃないのよね。

 大物ってめったにとれないし」


 ふっと気になった。


「そういえば先日魔族が討伐されたって話が合ったじゃないですか? あの魔石ってどうなってんです?」


「あれは現在王家との間で売買交渉が進んでいます。冒険者の所属はここというわけではないですからね。無理強いもできません。

 王家のほうでぜひにといわれればこちらが口を出すわけにもいきません」


 とロッテン師。


「でも今度は税金の物納でしょ?

 王家に口出しされる心配はないから安心よねえ。

 きっちりキルシュ家に売りつけてあげるわ~」


「そしておそらくこの町の要石として使用されるのではないかと。

 ここは最前線でありますのに良い魔石がなく、結界なども弱くございましたから。

 これで一安心でございます」


 おおう、息子に高値で売り付けて、でも使うのは自分の家ってか。

 あったことないが公爵殿がちょっとかわいそうだな。


「マリオン君はこの後どうするの? この後というのは今後の活動方針のことだけど」


 フレデリカさんにそんなことを聞かれた。


「そうですね、当分は向こうにいるつもりですね。

 温泉があるんですよ。山の上なんですけどね。

 カンゴームさんにお仲間を紹介してもらって少し開発をしようかなって。

 いいお風呂ですよ~」


「あら、素敵。保養地みたいになるかしら」


「できれはそれを目指してます。でも何でですか?」


「実はね…」


 とフレデリカさんが言うにはターリの町のそば(といっても徒歩五日。これを近くという感覚はいまだに分からない)に見つかった迷宮が本格的に稼働し始めたらしいのだ。

 稼働というのは迷宮の利用が始まった。という意味だよ。


「一層の攻略が完了しましてね。ええ、英雄殿が。

 英雄殿のパーティー、その仲間のパーティーが二層の攻略にかかったので、一層が一般に開放されたのですよ」


「へー、どんな迷宮かわからないんですが、そんなに使える迷宮なんですか?」


「一層の魔物はオーソドックスですな。遺跡型といいますか、そこに出てくるスケルトンやレイス。古すぎる所為かゾンビはなし。

 ただ魔石が良いものが取れるのです。

 かなり上質。

 あの最下層にある魔力の泉はかなり高度なものかもしれません」


 それだけでどちらさんも、かなりの実入りになるのだとか。


「となるとよそから魔物が入り込んで繁殖、なんてことも起こりうるから、早々に利用を開始したの。だからマリオン君もやる気があるなら。と思ったんだけど。開発のほうが楽しそうね」


 ですよね。俺もそう思いますよ。


「そうか、でもそのせいで何かあわただしい感じがしたんですね…」


 そんな感想をもらしたらフレデリカさんとロッテン師がちらりとお互いの顔を見合せた。こりゃ別に理由があるかな?


「実は帝国から勇者が来た。という話は?」


「ええ、聞きました。たしか、ドラゴン、迷宮、英雄、でしたっけ?」


「そうなんですよ。先ぶれがあってゆるゆるとと思っていたんですがどうもふフットワークの軽すぎる男のようで、早々にこの町で暴れましてね。

 何か、つくそうそう、冒険者にぶっ飛ばされたとか。

 この町でクダを巻いて衛兵に追いかけられ、まあ、補佐役が切れ者のようで早々にここを旅立ってターリに向かったんです。

 その時の騒ぎで、まあ、ちょっと町がざわついているのですよ」


「一応、勇者だからね。迷宮の探索許可は出しておいたわ。あれはギルドと公爵家の共同事業ですから」


 そんなんじゃギルドが迷惑するんじゃ?


「邪魔になるようならのしてよいとギルドには伝えてあります。政治的な問題はうちで処理しませんと」


「そのためにうちの孫達も現地に行かせたから、うまくやるでしょ」


「おお、かっこいいっすね」


 まあ、勇者の能力と人間性は別のものだ。

 少し情報を集めてみようか。


「それで、今回の一件ですが?」


「そうそう、証拠は十分よね。冒険者は資格はく奪。極刑でもよかったんだけど自首してきたから罪一等を減じで犯罪奴隷おち。まじめにやればそれなりに暮らせるレベルよ。ギリギリ」


 犯罪奴隷というのは懲役刑みたいなものだ。

 この国で奴隷というと全部この服役囚のことになる。


 仕事場は罪の重さによってで、下手をすると10年の生存率がゼロなんて場所もあるらしい。

 あいつらが送られるのはそれなりに厳しいところ。10年後の生存率が5割というところらしい。

 つまりかなりハード。でも人間らしい暮らしはできる。ギリギリ。

 体を鍛えていれば生存率は高くなるそうだけど…まあ、自業自得だね。


「問題は子爵のほうね。証言から有罪なのは間違いないけど…なんであんなことをしたのか、そこら辺を本人が来てからよく調べないとね」


 そこで俺は子爵の動機を話した。

 そしたらフレデリカさん。ポカーンと口を開けてしまった。開いた口がふさがらないというやつだ。


「あきれたわ、まさかそんな理由でこんなバカなことをするなんて…」


「まあ、あの子爵殿は容姿に自信のない御仁ですから、それ以外の方法が思いつかなかったのでしょう」


 あー、なるほど。

 つまり自分の容姿に強いコンプレックスを持っていたと…

 男は顔じゃない。というのは…まあ、あまりにも無責任か…

 それでもまっとうな暮らしをしていればそれなりに容姿は整ってくると思うんだが…


「まず隠居。減封。それに伴って降爵。減らした分はラーン家に割譲。というところですか」


「そうね」


 隠居でいいのか? という気がする。軽すぎるような気がしたのだが。


「隠居は基本的に自宅から外に出られない決まりですし、この場合は極力自室からも出してもらえません。

 それに貴族の降爵は改易に次ぐ重い罰ですからね。普通の貴族なら切腹するから許してくれというレベルの罰なんですよ」


 わからん世界だ。


 貴族の処罰として一番重いのが改易であるらしい。貴族身分のはく奪。領地。資産のはく奪。となる。


 次が降爵。貴族として一階級降格されること。もちろん身分に合わせて減封される。


 そして減封。これはたんに領地を削られることだ。


 切腹(これがあるのはびっくりだ)はランクとしては降爵と厳封の間ぐらい。責任者が腹を切るから何とかご勘弁を~。みたいな位置づけらしい。

 子々孫々の恥。という感覚か。


 切腹すると恥の部分はだいぶん軽減される。『まあ、責任は取ったよね』みたいな。逆に降爵されて責任者が腹を切らないなんてことになると『あいつは貴族の風上にも置けない』『稀代の恥さらしだ』とずっと言われて子供や孫が肩身の狭い思いをする。


 いやー、恐ろしい世界だわ。私の知らない世界。

 できればかかわらずにいたいものだ。


 こんな話をしながらお茶を飲んで一段落ついてところでお暇する。

 次はカンゴームさんところだ。

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