第137話 天竜

第137話 天竜



 しかし名前がワラジムシもどきってのはだめだな。全然聞こえが良くない。

 うーん…バグロードでいいか。虫の王だからバグロード。

 小さいのはシザーピルバグ。うん、仮称ということで。


 俺は後退していく仲間たちに手を振りながらそんなことを考えていた。

 残っているのは黒曜だけだ。


《おれはやるぜ。おれはやるぜ》


 気合が入りまくってじたばたしている。

 じたばたしているのは俺が無理やり押さえつけているからだ。


 だってほっておくと突っ込んで行っちゃうし。


「このままこいつが突っ込んでいくとまずいんだよなあ…一応竜馬ということになっているのにブレス吐きまくったり、あんな巨大な魔物と正面からどつきあったりすると…目立ち過ぎるんだよね…どうしよう…」


 これが正直な思いだ。

 黒曜が大暴れして、とんでもない魔獣が出た! みたいな話になって。しかもそれが俺が普段連れて歩いている馬だった! みたいな流れは絶対に避けなくてはいけない。


「というわけでお前、大人しくしているつもりない?」


《おれはやるぜーーーーーーー》


 つまり戦うということ…うえ?

 黒曜の気合の咆哮が響いたと思ったらその体がメコッとかボコッとか変形しだした。

 そしてなんだか伸びていく。


 変形が終わったあと、そこにいたのは一匹の龍だった。

 日本の蛇型の竜だ。


 真っ黒いうろこで、うろこの外輪が金の砂をまぶしたようにキラキラとしている。


《おれはやるぜーーーーーーーーーーー》


 ばかが飛びだしていったよ。

 まあ、いいや、あれなら黒曜だってわからないだろう。

 大きさも結構大きくなっているし。


「しかしそうか。麒麟っていうのは天にあっては龍。という話だったよな」


 本来は黄龍なんだけど。麒麟と互換性があったはず。

 たしか天にある時は龍で地に降りると麒麟になる…だったかな。


 〝アイツ〟と違って翼はないけど、懐かしい形だな。


 しみじみとしていると森の中を低く飛んでいた黒曜が森から伸び上がり、バグロードに体当たりをした。

 黒曜は20メートルぐらいかな。


 なのに100メートルもあるバグロードを吹っ飛ばしている。

 それに黒曜の周りで炎のようなものがパチパチとスパークしているな。

 あれはエネルギーのオーバーフローだろう。


 ずいぶん強くなっている。

 もう、高みの見物でいいんじゃね?

 みたいな気になった。


 まあ、実際はそうもいかないので俺も低空飛行でとびたったけどね。


■ ■ ■


 そっと近づいてみるとそこはなんというか混乱のるつぼ?


 男爵軍と子爵軍の連合軍のはずなんだが秩序なんかどこにもない。


 魔法使いはとにかくやみくもに魔法を撃ちまくり、バグロードを呼び寄せている。

 バグロードが巨大なそのハサミを振り回すたびに土砂が空を飛び、大木が宙を舞う。

 もはや歩く災害だな。


 そこにもってきてシザーピルバグが、おそらく親分の指示で突っ込んでくるというね。


 ご承知の通りこいつらには魔法なんてほとんど効かないし、殻が丈夫で物理も効かない。


 しかも体長五メートルから。


 ミニだって全然ミニじゃないじゃん。


「うーん、こうしてみると黒曜グッジョブか?」


 黒曜が親分の気を引いてくれたので少し地上に余裕ができた感じだ。


 いや、俺にね。

 慌てなくてもいいというか。


 とはいっても乱戦状態なので大掛かりな魔法は使えない。


 俺は重力制御点を送り出し、シザーピルバグを捕まえるとぽいと放る。

 やっぱり持ち上げるだけなら掴めるみたいだ。


 そして空中にあるシザーピルバグに向かって一つの魔法を起動する。


 さっきのラウニーが使ったグラビトンウエーブだ。

 俺の考えが正しければ…


「さて、こんな感じかな?」


 ボールを持つように両手を掲げ、その中に力を集める。

 そしてそれを細かく振動させる。


 ブブブブブブブブブブブブブブブブッ


 次第にぶれが大きくなり、抑えるのがちょっと大変になってきたところでそれをシザーピルバグに向かって開放する。


 キュアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァン。


 なんかすっごい音が出た。


 そしてその瞬間、シザーピルバグは装甲の隙間からブバッと液体を噴出させた。


「ぎゃーっ、あっちい!」


 下にいて体液を浴びた騎士が悲鳴を上げている。


 そう、シザーピルバグの体液が沸騰したのだ。

 ただ本当は。


「はじけ飛ぶかと思ったが、そこまでいかなかったな。

 こいつらの殻ってすっごく丈夫なんだ」


 ひょっとしたら使いみちがあるかも。なんて思う。

 ちゃんと回収しよう。


 さて、なんでこういうことになるかというと、理屈は電子レンジだ。

 物質は例外なく細かく振動しているという熱運動。電磁波でこれを加速してやるのが電子レンジだ。

 だが振動を与えるだけなら別に電磁波でなくてもいい。重力波でもいいのだ。


 そして重力にはものすごい特徴がある。

 それは。


「どんな障害物があっても関係なく透過すること」


 だったりする。


 そう、重量は例外なく存在をその影響力下に捕まえるのだ。

 まあ、空間構造を固定するとか防御方法はあるみたいだけど、少なくともこの虫にはできないだろう。


 俺は連合軍(といっても20人ぐらいしか残ってない)が退避するための新路上にいるシザーピルバグをグラビトンウエーブで沸騰させていく。


「うん、この方法だと簡単」


「おい、脱出口が開いたぞ」

「ひいいっ、天の助けだ…」

「逃げろ、逃げるんだ」

「待ってくれー、足が」

「くそ、つかまれ。こんなところで死ぬんじゃない」


 わずかの間にすごいドラマがあって、連合軍の騎士や冒険者が逃げていく。

 子爵とかいないな。

 どこ行った?


「おっと」


 逃げる生き物がいると追いかける習性でもあるのかシザーピルバグが一斉に動き出した。

 それを丁寧にグラビトンウエーブで屠っていく。


 まだ構築したばかりの魔法だから丁寧にね。


 ほどなくしてシザーピルバグは完全に沈黙した。

 よしよし。


 さて、その間に黒曜がどうなったかというと…


 キュアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァン

 キュアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン


 完全にグラビトンウエーブを使いこなしてました。


■ ■ ■


 はっきり言って巨体というのはそれだけで脅威だと思う。

 だって全長100メートルだよ。

 高さだって数十メートル。

 もう、動くだけでも破壊兵器。

 細かい足で戦車のようにズゴゴゴゴゴゴゴコッ。


 人間に対抗手段があるとは思えない。


 しかもそいつには巨大な鋏がついていてね。それで攻撃してくるわけですよ。


 もうね、風車に突っ込むドン・キホーテどころじゃないよ。起動要塞に突っ込むようなものだよ。


 こういう巨大な敵の倒し方は体内に入ってうちがわから攻撃というのがセオリーなんだけど…


 ぶしぃっ!


 走行の隙間から煮立った体液が噴出した。

 黒曜のグラビトンウエーブのせいね。


 黒曜のやつドラゴンブレスみたいにグラビトンウエーブを吐き出して攻撃しているんですよ。


 バグロードの巨体に比べれば効果範囲は狭いけど、防御力完全無視だから確実にダメージを与えている。これはもう決まったか?


 と思ったらさすが魔物。そのままでは終わらなかった。

 体の側面に並んだ目のようなもの。

 そこから〝カッ〟と光が走った。


 ハリネズミのようなビーム攻撃。


「うーむ、こんな大技を隠しているとは…やるな怪獣」


 だが最後のあがきだった。

 ビームはかなりの威力があったと思う。


 ビームの直撃を受けた大木がいともたやすく薙ぎ払われていたから。

 だがそれも黒曜の重力障壁には効かなかった。


 正面だけそらせればあとは逃げちゃえばいいわけだ。黒曜飛んでいるしね。


 あとは高速移動する黒曜からグラビトンブレスの斉射を受け続けて哀れ巨大怪獣はご臨終。


「ひとつわかった。ドラゴンって理不尽に強いよな」


 そして僕の出番はなかった。

 今回終始裏方な僕だった。


《おれはやったぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ》


 はいはい、ご苦労様。

 荷物回収して帰るよ。


《やふーーーーーっ》


 どこで覚えてくるんだそういうの。

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