第136話 虫の王

第136話 虫の王



 うごうごと蠢く森。

 どうも地面の下を移動しているのはかなり大きい何かのようだ。


 調べようと意識を集中し、魔力を集めるもうまくいかない。どうやらかなり強大な魔力を持っているみたいだ。


「なんかこっちに来るね」


 でも収穫はあった。

 センサー開放のおかげでその大物の他にも小さいのが地中を移動しているのを見つけることができた。


「なに?」


「うーん、よく見えないんだ。地中だし魔力の質がかなり大地に似通っていて…」


 まるで光学迷彩のように地中に溶け込んでいる。

 そこに大きな魔力の塊、つまり強い魔物がいるのは分かるんだがにじんで輪郭がつかめない。


 だけど間違いなくそれはこちらに向かってきている。

 おそらく大本のでっかいのが周辺に派遣した部下みたいなものなんだと思う。


「あっ、上がってきた」


 それは、地中でゆっくりと進路を変え、上に、つまり俺たちの方に向かってきて…


 ゴン…


 遺跡の土台にぶつかって方向転換した。


 なるほど、地面はかなり自由に進めるのに石は無理と。


「みんな警戒、出てくるヨ」


 俺は傍にあった旗の付いた槍を目印のために地面に突き刺す。つまりここから出てくる。


 騎士たちが剣を抜いて迎撃態勢を整えた。


 盾役、攻撃役、魔法攻撃役で周辺を囲み、万全の態勢で待ち構える。

 ここら辺は訓練がよくできている。ということだろう。


 そしてそれは出てきた。


 5mほどの…「何だありや」


「キメラでしょうか…」


「ダンゴムシ」


「〇蟲」


 それはやばいからやめて。


 ただまあ、ダンゴムシというよりはワラジムシだ。

 ダンゴムシよりは扁平で、丸まれる構造にはなっていないらしい。ただ長さが5mもあるから高さは人間の身長を優に超える。

 おまけに裾の部分が少し広がっているから隙間がない。


 あとさすが魔物というかそれだけではなくて、蟹の様な大きなハサミを持っていて、体の側面に目のようなものが並んでいる。


「攻撃!」


 騎士たちの攻撃が始まった。

 まずは魔法攻撃だ。


 後衛で魔法を詠唱していた魔法使いたちは準備万端魔法を打ち始める。

 ただこれもルールがあるみたいで、まず最初はウインドウ系が撃ち込まれた。


【ウインドウカッター】

【エアハンマー】


 魔法は間違いなく当たったが背中の殻ではじかれてしまった。


 エアハンマーは圧縮空気の固まりを叩きつける魔法で樹木を叩き折るぐらいの威力はある。

 だが無傷だ。


 ワラジムシもどきがずれたところを見ると威力は十分だと思う。

 つまり防御がバカ高いんた。


 次は【ファイアボルト】が雨のように撃ち込まれる。これにはマーヤさんも参加していてかなりの圧力があると思うんだが…やはり効果なし。


 そのころになるとワラジムシもどきも攻撃をしてくる。

 ハサミが振り回され、盾役を打ち据えた。


 ゴオォォォォォォンとすごい音がして盾役がずりずりとあと退る。


【タケノコ攻撃】


 あー、ちなみに魔法です。地面を操ってタケノコのような石の槍で攻撃する魔法。

 正式名称はストーントスじゃなかったかな?


 マーヤさんがお腹なら柔らかいかも。という判断で使ったんだが、これも効果がなかった。


「魔法がキャンセルされた。土属性は無敵」


 魔物が無敵という意味ね。

 この魔物も強い土属性を持っているらしい。


 こうなるとあとは物理攻撃。とばかりに攻撃役の騎士たちが剣を叩き込む。


 もちろんダメでした。


 ガキーンとか、ガアアンとか音を響かせながらはじかれる武器。外殻がものすごく硬い。

 ならばと隙間に剣をねじ込もうとする者もいるのだが虫が動いて殻がすれるときに巻き込まれてあっさりと砕けてしまった。


 しかもそれだけじゃない。

 この虫、なかなか攻撃も多彩。


 口から泡を噴き出してくる。

 泡のブレスだね。


 大楯隊がこれを受けるが縦がシオシオと歪んでいく。

 ものすごく腐食性能があるようだ。


 かと思うとおしりの突起部分から糸を吹きだし、風に乗った糸は戦う騎士たちの動きを疎外する。


 動けなくなったところでハサミが。


 ガアアァアンと景気のいい音。

 シアさんが盾をもって救援に割り込んだのだ。


 まるで盾を巨大な剣のように振り回し、虫を跳ね飛ばし、あるいは叩き潰す。


「おおーっ」


 さすがにシアさんの全力の刺突は虫の甲殻にひびを入れた。


「シアさまー」

「すごいです」


 巨大な盾を軽々と振り回し、虫を滅多打ちにしていくシアさん。

 虫のバブルブレスもこの盾なら防げるみたいだ。


 その間俺が何をしているかって。

 けが人の治療をしているんだよ。

 やられたやつは結構怪我がひどくて俺でないと間に合わない。


 あー、またけが人が飛んできた。


 そしていつの間にか虫はもう一匹増えていた。

 そちらを迎え撃つのはネムとラウニー。


 ネムの斧は虫の殻を叩き割っている。すごいぞペークシス。

 そしてラウニーのこん棒は重力攻撃で虫をしたたかに打ちのめしている。


「向こうは心配なさそう」


「よかったわ。けが人は出たけど、死人は出さなくて済みそうね」


 けが人の治療で大忙しの俺の隣でマルグレーテさんがほっと息をつく。

 やっぱり領主さまとなると前線に突っ込むわけにはいかないのだ。というか出してもらえない。

 出ると周りの騎士たちがマルグレーテさん優先に動くしかないのでこの状況では邪魔にしかならない。


 そんな状況の中、三匹目がやってきた。


「こいつら何匹いるんだ?

 というわけでミサイル発射」


 手が空いているのがいないから三匹目の虫には俺が魔法を叩き込む。

 魔光神槍の連続攻撃。


 空震魚雷とかに比べると周囲への影響が軽微。

 この魔法はかなり威力が高いのにこの虫はかなり耐えた。

 すごく耐えた。


 フルサイズを20本近く撃ち込んだよ。


 だがそのせいで場が乱れていたのだろう。

 四匹目の襲来に気が付かなかった。


 それはラウニーのそばに現れて…


『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』


 悲鳴じゃありません、咆哮です。ラウニーの咆哮。

 次の瞬間虫はその関節の隙間から『ぶしっ』と煮えたぎった体液を吹いて絶命した。


「そうか、グラビトンウエーブか!」


 ラウニーも空間属性だ。押しつぶしだけではなくこういうこともできるのか。


「すごいぞラウニー。えらい」


「にゃはーっ」


 嬉しそうに笑うラウニー。

 君はいい攻撃方法を見出した。

 そうだよ、これはすごいんだよ。


 ごばっと五匹目が飛び出してきた。

 よし、ここは俺もグラビトンウエーブで…

 その瞬間。


 ぐしゃっ。


 虫は頭部を踏み潰されて死んでしまった。


《まーぜーて》


 虫を踏み潰した黒曜が暢気にそう宣った。


■ ■ ■


《楽しそう。様子を見に来た》


 うん、黒曜はそういうやつだ。

 そしてその瞬間動く森の気配が変わった。


 地面が揺れ動き。土砂がまき散らされる。


「あれって、子爵家の軍とか巻き込まれてないといいんだけど」


 巻き込まれてますね。盛大に。

 視覚を飛ばすと巻き上げられる土砂に埋もれていく軍隊が見える。

 どうやらノーコ男爵軍も合流しているようだ。


 捲き上げられる土砂がその軍に降り注ぐ。だが少し距離があるから運が悪くなければ助かるだろう。


 それに何より地中から出てきた蟲がこちらを指向している。

 こちらに向かってくるようだ。

 これで残った人たちは助かる確率が上がる。


 でもなんでこっちに向かってくるんだ?


「よし、みんないったん後退だね。ネムたちはみんなを護衛しつつ下がってくれ」


「あれと戦うつもりですか?」


 ネムが心配そうにこちらを見ている。

 まあ、当然か。


「まあ、大丈夫たよ。周りの被害を考えなければたぶん倒せるから。

 なんだったらどっかに捨ててきてもいいし。

 重さ関係なしだから」


 重力制御点で捕まえれば持ち上がると思う。


「はあ…」


 しばらく逡巡していたネムだが、あきらめたようにため息をつき、


「わかりました。お帰りをお待ちしますね」


 シアさんも泣きそうな顔で俺のそばに来て手をぎゅっと握る。

 何か言いたそうだけど、まあ、言わぬが花だね。


 次はマーヤさん。


「大丈夫?」


 ジョークを混ぜて答える。


「できれはブラックホールまでは使いたくない」


「チートすぎ」


 そういうとすたすたと離れていった。

 最後はラウニー。


「うっきゃー。あい、うー」


 多分励ましだな。

 俺の背中をぺちぺち叩いてはしゃいでいる。

 なんの憂いも感じられない。


《俺はやるぜ。俺はやるぜ》


 そして黒曜が吠える。


 まあ、どうとでもなるような気がしてきた。

 さて、それでは…


「ああっ、魔物が!」


 こっちに向かってきていたはずの魔物が方向を転じてまた子爵軍の方に進みだした。

 原因は魔法だ。


 土砂で危なかったことで危機感にかられたのか巨大な魔物に魔法を撃ち込みだしたのだ。

 効果などないだろうが攻撃されて気がそれたのか魔物がゆっくりとそちらに向かっていく。


 ワラジムシもどきをそのまま巨大にした魔物。

 体の上に大量の土砂とか樹木とか生えている。

 いや、乗っているだけか?


 その体長、実に100m。

 まるで動く山。動く森だ。


 やっぱり人間パニックになると何をしでかすかわからないな。うん。



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