第133話 討伐作戦③ それぞれの今日・前編

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 今回と次回は三人称でお送りします。


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第133話 討伐作戦③ それぞれの今日・前編



■ ■ ■


「うらやましいなあ…」


 その騎士はぽつりとつぶやいた。

 何がうらやましいかというとお風呂である。


 しかしなぜこんなところにお風呂があるのか…


「しっかし、あのマリオンさって人はすごい魔法使いだな…」


「うむ、まさか遺跡の部屋一つを区切って水を流し込み、風呂にしてしまうとは…」


「どうやってんです?」


「なんか小さめの入り口一つの部屋を見つけて、そこの入り口の下側を木材で仕切って、あと部屋の目地なんかも泥を詰めてふさいで水を入れたらしいぞ」


 遺跡の部屋は石造りなのでその方法で完全に防水仕様にできたのだ。


「泥? なんか汚れそうですね」


「いや、平気なんだってよ、泥はきれいに焼いて陶器みたいになってんの。おまけに草とか汚れとかも焼き払ってさ、そこに川の水を流し込んだんだと。

 あとすごいのは手を突っ込んでぐるぐるしているうちに全部お湯になっちまってやんの、どういう理屈だ?」


「まあ、なんかすごい魔法なんだろうな」


 実は生活魔法の応用である。


「それで今女どもがキャッキャうふふしているわけだろ?」


「見たいなあ…ユースちゃんの裸…」


「おめえ、そんなこと言っている暇があったらちゃんとプロポーズしろよ。手の速いやつは昨日嫁作ってたぞ」


「そうそう、一応戦争だからね。こういう時は女のガードが緩いから」


 つり橋効果に加えて生存本能が仕事をしているのだ。

 ただ男は絶対に逃げられないのでうまくやったのは女性の側かもしれない。


「まあ、いいじゃないか、女性陣が出れば俺たちも風呂を使わせてもらえるんだ。

 それに今日もここで野営だろ」


「はい、抵抗が全くなかったので進行速度が速くなりすぎているそうで、足並みをそろえるためにも今日はなんにもしないそうです」


「な? ほかの所はきっと苦労しているぞ、それに比べりゃよ」


「「「「はははははっ」」」」


 騎士たちが暢気な笑い声を漏らした。

 確かに想定していたよりも100倍は楽な戦争だった。


■ ■ ■


「ノーコ様。討伐は順調であります」


「そ…そうなのか? 少々数が多いような気がするが…」


 部下の報告を受け、ノーコ男爵は不安そうに周囲を見回した。

 連れてきた騎士たちが魔物を屠り続けている。


「魔物が増えたので討伐に来たのでありますから数が多いのは普通でありますよ。

 ほとんどが雑魚でありますから数の多寡など問題になりません。

 騎士団は十分に役割を果たしております」


「そっ、そうですか」


 男爵は側近の騎士の言葉にほっと息をつく。

 側近の方は『相も変わらず小心な…ごまをするしか仕事をせぬからそんな心配をするようになるのだ』などと内心男爵を毒づいている。


 彼はノーコ男爵軍の軍団長で武闘派の人間だった。つまり脳筋。


 事実彼らの仕事でおかしいところはほとんどなかった。

 いや、異常が見えなかったのだ。


 少し気になるのは雑魚である角ウサギや鎌鼠などの数が妙に多いこと。

 だがこの手の魔物は知能も高くないので網にかけて動きを封じ、刺殺していけば簡単に片付く。

 そしてどちらも食肉としてはありきたりの素材なので騎士たちは喜んでいたりする。


 本来ならそれに続くゴブリンや、キラーアント。渡り猿などのちょっと強めの魔物がいるはずで、それを全く見かけないのだが、手間が減ったので誰も気にしていなかった。


 人間は有ることにはよく気が付くが無いことにはなかなか気が付かない。


 そして予定通り一部が反転して逃げているのだが、その方向がもと来たほうでなく、魔境の外、つまりニャチワ子爵の陣地のほうだということにも特に異常は感じなかった。


 元来た方向にいた何かを恐れているのだとは考えなかった。

 無理もないことだ。


 だが異常は異常。

 それは夜に顕在化する。


「どういうことだ。なぜ魔物が押し寄せてくる。これではやすめんではないか!」


 脳筋騎士が戦闘で毒づく。

 彼らは魔物を追い立てるために来ているのだ。

 包み込むように進軍し、魔物を囲い込むために。


 それは魔物のいる場所に自分たちが侵攻することを意味している。


 だから進軍を止め、野営になれば魔物との戦闘は激減するはずだった。

 だが、魔物との戦闘は相変わらず続いていく。


「隊長、これはへんです。魔物が大挙して押し寄せてきています」


「そんなことは見ればわかる。おかげで休む暇もない。どういうことだ」


「わかりません。わかりませんがこのまま野営するのは危険だと思います。睡眠もとれませんし、魔物も夜ということで活発ですので」


「だから何だ」


「いえ、一度下がるべきかと…」


 まだ若い騎士だったがそれなりに物が見えていた。

 ベクトンにある学園の卒業生で、大騎士団に入れるほどではなかったがそれなりの成績でちゃんと卒業した者なのだ。

 だが…


「ふざけたことを言わないでくださいな。

 この作戦は子爵様の指揮の下、ラーン男爵を交えて展開されている作戦なんですよ。

 私たちだけで撤退とかありえません。

 我が男爵家の体面を考えてくださいよ」


 ノーコ男爵の言葉で否定されてしまう。


「そうだ、この作戦には当家の名誉もかかっておるのだ。余計なことを言わずに戦え。

 おそらく自分たちのテリトリーにわしらが陣取ったために躍起になっておるだけだ。

 ここをしのげば楽になる」


「その通りですよ。

 さあ、もう少しです。がんばりましょう」


 身分制でのしっかりした封建社会だ。主君がそういうのであれば否はない。


 その君主が見るからに腰が引けていて、言葉に説得力がなくても戦わないといけないのだ。

 騎士たちは陣形を組みなおして魔物に対峙する。

 だが魔物との戦闘は翌朝、日が昇ってもなお続くことになる。


■ ■ ■


「ここがラーン男爵領か…」


 白金の牙のリーダーはたどり着いた男爵家の領地を見て感嘆の言葉を漏らした。

 じつにのどかで住みやすそうな領地だった。


「のどかなところだな…子爵家の領地みたいにぎすぎすしたところがないぜ」


 メンバーの一人が追随する。

 ここには白金の牙6人全員がそろっていた。

 その目的は…


「しかし先輩たちほんとにここにいるんですかね?」


「わからん、だが子爵様はそう考えているわけだろ。それなりの確信もあるはずだ」


「子爵様の話だとなんだっけ、子爵家の騎士様のナンチャラ?」


「いや、ナンチャラなんて騎士いないから。ナプレさんとかだったろ」


「そうそう、その人がここにつかまっているのは間違いないんだって話じゃない?

 救出作戦よ。かっこいいじゃない。不死鳥の翼の情報はその人に聞かないと分からないんでしょ?」


 というわけだ。


「しかし大丈夫ですかね、貴族家同士のもめごとの片棒ですよ? 下手なとばっちりで俺たちまで手が後ろに回るなんてことになったら…

 俺は家族に合わせる顔がなくなりますよ」


「問題ないだろ? 貴族家同士のもめごとなんて珍しくないんだ。冒険者が雇われて仕事をすることだってある。

 ようはしごとの内容が非合法でなければいいわけだろ?

 今回はつかまっている騎士様の救出だし、状況を聞けはお互い様みたいだからそう問題にはならないさ」


 事実、貴族家同士がもめてそのボディーガードに冒険者が雇われたり、相手のあらを探すのに冒険者を使ったりということは儘あることだった。

 その手の仕事は非合法でなければギルドが身元を保証してくれるので厳罰に処されるようなことはまずないのだ。


 もちろんドジを踏んで捕まったりすれば報酬はなくなるし、罰金もとられるが命にかかわるような事ではない。

 非合法でなければ。


 白金の牙の面々は嫌がらせとしてとらえられた騎士の救出を依頼されたのだ。

 つまりニャチワ子爵家とラーン男爵家の喧嘩に、雇われ戦力として参加する。という依頼を受けたことを意味している。

 本当ならば問題ない依頼だ。

 報酬もいい。失敗したときの保証は低いが…


 ラーン男爵は言った。


『実はその騎士には冒険者をつけてラーン男爵への、まあ、なんだ。嫌がらせを頼んでおったのだ。

 貴族などというのは舐められたら終わりなのでな。

 こう、当家の力を示さねばならなかったのだ。

 くだらないと冒険者である諸君らは思うかもしれないが、これが貴族のしがらみというやつでな』


 大嘘である。


 だがこの騎士が作戦の指揮を執っていたので、彼に聞けば不死鳥の翼のこともわかるだろう。と言われれば助けたくなるのが人情だ。

 少なくても白金の牙にとって不死鳥の翼は尊敬に値する冒険者だったのだ。


「それに自分が嫌がらせに冒険者を使ったというのを正直に言ってくれたのが好感が持てるからな」


「意外と誠実だったよね、カエルみたいな顔してて」


「カエルは関係ないだろう」


「「「「「あはははははっ」」」」」


 まんまと騙されている。


 領都のほうでは冒険者の仕事に貴族が絡むのはよくある話で、複数の貴族の利益が対立することもままある事だったりする。ちょっとした喧嘩は結構ある。

 依頼の内容としてはそれほど不自然には見えなかったのだ。


「おっと、人が来た。農民みたいだな…ちょっと何か知らないか聞いてみよう」


 ほかのメンバーも頷いた。

 特に問題行動をしている意識はなかった。

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