第134話 討伐作戦④ それぞれの今日・後編

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 前回と今回は三人称でお送りしています。

 ほんとぎりぎりになってしまった。


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第134話 討伐作戦④ それぞれの今日・後編



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「ふぬぬぬっ、ゴードナーよ、なにか変ではないか? こんなに早く戦闘が始まる予定はなかっただろう?」


 ニャチワ子爵は隣に控えるゴードナーにそうこぼした。

 乗っているのはマストドンという騎獣だ。


 象に似た、象を一回り、二回り小さくしたような魔獣で、気性がおとなしく力持ちであることからよく騎獣として使われる。


 普通は車を牽くために使われるのだが首の後ろに座席をしつらえて騎乗することもある。


 そして高貴な人たちになかなか人気がある。


 なぜなら存在位置が高くなるので小さな魔物は全く手を出せなくなるから。

 戦闘を避けたい人とかに人気なのだ。つまり臆病な人?


「問題ありません、子爵閣下。この辺りはまだ森の入り口。鼠や兎は安全のためにこの辺りに巣を作るものです。

 たまたま進路上に巣があったのでしょう。

 踏み潰してしまえば問題はありません」


 副官役のゴードナーは並走するラプトルの背中でそう答えた。

 戦闘職の人間が好んで使うトムラプトルだ。


「そっ、そうか、ならばよい。しっかり頼むぞ」


「はい、お任せください」


 自分で何かを考えたりせずにすべて丸投げしてくる主人は、実にありがたいと思っている。

 だからゴードナーはいろいろと甘い汁を吸えるのだ。

 だがときどき面倒になることがある。


 この子爵は不測の事態に弱く、何か事があればしつこく『どうするのだ?』『変ではないか』『大丈夫なのか』と聞いてくる。

 それはなかなかに面倒くさい。


 そして現在その思いに拍車をかけているのが子爵の悪だくみだった。


 隣の男爵家の女主人に岡惚れして何とかしろと命じる主人に一計を案じたまではよかったが、信頼していた部下。つまり息のかかっていた腕の立つ冒険者があっさりと壊滅したのは大誤算だった。


 詳細はつかめていないが連絡が取れない以上、やられたのだ。


 全滅したと聞いたがそれならばいい。だがゴードナーはあてにはならないと考えていた。


『何と言ってもやったのが若造と小娘のパーティーだ。ベテラン冒険者を簡単に殲滅できるとは思えんものな…』


 だがそれだけにつかまった心配はいらないだろう。

 領境の警備からつれていかれたのが騎士一人であることは確認が取れている。


『勝負は時の運、何らかの要因で敗走したと考えるべきだろうな…そうなれば当然風を食らっている可能性が高い…』


 それがゴードナーの判断だった。


『俺もそろそろ逃げる算段はしないといかんな…もう少し進軍して、戦闘が激しくなってきたあたりで、行方不明か? それなら死亡扱いになるだろうし、これが一番安全か。

 あとは不死鳥の連中と合流して他国に移れば問題あるまい』


 他国というのは他の上位貴族の領地という意味だ。

 このコウ王国は国王を頂点とした王国ではあるが、各貴族家の独自性は強く、半ば別の国といっても支障がないほど様相が違う。


 一応国として、全体を貫く大法はあるが、少なくともキルシュ領の騎士が捜索に来るということはない。

 あっても時間がかかる。やり様はいくらでもある。


「おおっ、お前の言う通りも魔物が少なくなってきたな。さすがだ」


「はい、ありがとうございます。少しするともう少し強めの魔物が出てきます。

 両男爵が追い立てておりますので一部がこちらに流れてくるのは仕方がないことです。

 ですがこれもゴブリン、オオトカゲ、大蜘蛛ぐらい。

 蹴散らすのはわけもありません。

 予定では明後日には男爵軍が追い込んできた魔物と本格的に戦闘になりますが…おそらく本体はゴブリンでしょう。

 低能なやつらのこと、四方から押し包んでしまえば問題ありません」


「うむ、頼もしいぞ、しっかり頼む。騎士たちもな」


「「「「おーーーーーっ」」」」


 この子爵。ろくでなしな割に金払いはよくその意味では人気があった。

 下らんことまで部下に押し付けるダメ上司。でも金は惜しまずに景気良く払ってくれる。

 そういうタイプ。


 だから人気はある。太鼓持ちタイプの調子のいい人たちにだが。


 その後は順調に進軍した。

 思ったよりも魔物の数が少なく、戦闘が散発的で楽に進軍できたのだ。


 予定の地点に陣地を構え、バリケードを作り上げればあとは大した苦労もなくパラパラと出てくる魔物を駆除するだけ。


 そんな時間が流れ、ゴードナーが。


『こんなぬるい作戦では戦死扱いなど期待できないではないか…』


 と愚痴をこぼすころ、それはやってきた。


 ドカーン、とバリケードが吹き飛んだ。


「オーガだ。オーガが出た!」


「なんでだ、こんなこんな浅いところにオーガなんかが」


「退却だ、退却しろ」


「ダメです、オーガが、オーガの群れが…」


 オーガの群れはバリケードを破壊すると立ちふさがる人間たちだけを軽々と蹴散らしながら子爵軍の後背に回り込んだ。

 というか突破してひたすら逃げているだけなのだが…


「こ…これでは後退するとオーガの群れを追いかけることに…」


 彼らの勘違いなんだが魔物に包囲されてしまったようなそんな錯覚を起こしてしまったのだ。


「ひいいいっ、みんな集まれ、儂を守るんじゃ~、男爵軍がやってくるまで持ちこたえろー」


 いろいろ無意味な指示だったが騎士たちはそれに従うしかなかった。

 太鼓持ちと脳筋にできることなんてそんなものだから。


■ ■ ■


「ふええぇぇぇん」


「ほらほらなかないで~」


 若い母親が幼い子供をあやしながら夜の闇を歩いていく。

 周辺には木立や植え込みがあり、その植え込みに知るものもなく緊張が走った。


「おやおや、どうしました?」


「ひっ…ってライムさん。びっくりさせないでください」


 別の暗闇から出てきたのは自称スライム研究かのライムだった。

 場所はラーン男爵の館。


 マルグレーテは念のためということで領地の女子供を自分の館に避難させていたのだ。


「ずいぶん泣いてますね」


「そうなんです。やっぱり自分の家でないのが気になるみたいで…泣き止んでくれないんですよ」


 領民すべてが顔見知りみたいなところなのでみんな気易かったりする。

 その若い母親も、現在男爵とともに出征している父親もライムの知り合いだ。


「ふむふむ、でしたら私に任せなさい。さあ、行け、ヤミリン。私とビアンカさん以外を眠らせるのだ」


 ひょん。と飛び出したのは闇スライム。

 闇スライムは精神干渉計の能力を持つスライムで、人間に恐怖を植え付けたりもできるのだが安眠させたりもできたりする。


 ヤミリンというのはライムが付けた名前だ。勝手につけた。


 ヤミリンはライムの手のひらに乗るとぽわぽわと闇の安眠波動を放出する。

 クズっていた赤ん坊はすぐに落ち着いてうとうとしだすと眠ってしまった。


「まあ、すごい。スライム研究の成果ですね」


「いやー楽しいです」


 その時ガサリと植え込みの中で異音。


「むむっ、ピカリン頼む」


 ピカリンはもちろん光スライムだ。

 ピカリンが照らし出した植え込みでは三人の若い女性が熟睡しつつ倒れていた。


「えっ、村の人じゃないですよね」


「そのようだね、冒険者の装備だ。しかも黒を基調にしている。

 何やらよからぬたくらみを感じるね。

 罠にかかった鼠というわけかな。

 すぐに留守番兵を呼んで…」


 とそこに。


「ライムさま。すみません。どうも城壁の外で何やら気配が、魔物でも侵入したのかも。ご協力いただけますか?」


 かけてきた留守番兵が急を告げる。


 ライムはピンときた。


 現在は村人を避難させているので昼間は人の出入りも多く、侵入は簡単なのだ。

 だが防犯のために夜間は門が閉められる。

 もし仲間が外にいたら。


「きみ、この倒れている三人は不審者だ。鍵のかかる部屋に閉じ込めておいてくれ」


 そういうとライムは傍らの光スライムを手に取って。


「装着!」


 頭の上にポンと置いた。


「至福」


 そういう人だった。

 そうしてライムは城壁の方に駆けていく。


■ ■ ■


 この城館の城壁は結構高い。

 だが同時にそれなりに古く、手掛かり足がかりがあるために上って登れないことはない。


 その城壁からライムが顔を出す。

 光スライムはほんのり光って城壁上から下を照らす。

 しかし光の下でこそ影は暗くなるもの。複雑な形をした城壁に人影は見られなかった。


「むむむっ、なにかいるのだろうか?」


 そのライムの質問にライムにへばりついているスライムたちは肯定とばかりにプルプル震える。


 もう少し明るくしてみるか。そう思ったライムは光スライムに命じる。


「フラッシュ」


 ここ数日でスライムとライムはかなり仲良くなっていた。

 スライムたちはライムの指示を喜んで、めいいっぱい気張った。


 しゅぼっ!


 小さな太陽が出現した。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ」

「めがー、めがー」


 ライムから侵入者は見えなかった。だが侵入者はほんのり光るライムを注視していたのだ。結果彼らは某大佐のような状況に陥った。

 そして物理的に落ちていった。


「「ああぁぁ・・っ」」


 どさっ。

 ぶぎゅるっ。


「侵入者が落ちたようだね。

 回収してくれるかね?」


「はい、直ちに」


 ラーン男爵家の兵士はできる子たちだった。

 これで5人。


■ ■ ■


『くそう、みんな集まってこないじゃないか…』


 白金の牙のリーダー、クスターは手分けして侵入し内部で落ち合う約束の誰もやってこない事に焦りを感じていた。


「なんで俺が一人なんだよ」


 消してはぶられたわけではない…と思いたい。

 しかし時間はすでに深夜。


 もうこれは明らかにおかしい。

 確認しなければ。


 クスターは隠れていた闇から滑り出し、静かに歩き出した。

 むにゅっ。


 すると足元に何やら柔らかい感触。

 慌てて足をよけてじっと見つめるが何もない。


 慎重に探すが何もない。

 何も見つからない。


「ちっ、吃驚さすなよ」


 ペッと唾を吐いた。

 その瞬間足元がなくなった。


「うわあぁああぁぁぁあぁあっ」


■ ■ ■


 透明スライムは不機嫌だった。

 いや、環境は気に入っている。

 ボス(黒曜)はなかなかいい上司だと思えた。

 寛大だしよく魔力ごはんも分けてくれる。


 ボスのボスマリオンはさらに偉大だ。

 彼のくれる魔力ごはんは質が素晴らしい。

 じつを言えばボスもボスのボスから莫大な魔力をもらっているのだ。


 自分は運がいいと思う。


 そして旅行にも連れてきてもらった。

 そしてその旅行で友達ライムもできた。


 いつもぽやぽや(←ここ重要)と幸せだった。


 そしてぽやぽやと散歩をしていたら踏まれた。

 ここの人間は分かりやすくて気が付かないなどということはないのだが、こいつは直前まで気配がなく避けることができなかった。


 それでも人間と争うつもりはなかったので鷹揚に許そうと思った。

 そしたら唾を吐かれた。


 もちろん避けた。

 だがこれは無礼だ。とでも無礼だ。


 ボスの言葉を思い出した。


 尊敬すべきはボスのボス。そしてそのつがい。

 ボスの周辺にいるのは自分の舎弟。

 他はどうでもいい虫けらである。


 だが自分たちに害がないのなら鷹揚に許す。それがボスのボスの意思なのだ。と。


 つまりこいつは許さなくてもいいのだ。


 透明スライムは空間属性のスライムだった。

 空間を歪曲させて光学迷彩のように毛式に溶け込んで姿を消すのだ。

 防御にも使える。防御力ぶっちぎりである。


 他にも空間収納もできる。


 ボスのボスからたくさん魔力をもらっていたらできるようになった。


 透明スライムはためらわなかった。

 無礼な男の足元からごっそりと土を収納に移動させた。

 それだけで男は出来たばかりの穴におっこちた。


 さらに追い打ちとして収納した土を戻した。

 八割埋まった。


 透明スライムは思った。


 今日の所はこれで勘弁してやる。と。

 そして透明スライムはぽやぽやと楽しい散歩を継続するのだった。


■ ■ ■


 冒険者白金の牙には『無害なスライムにぼこぼこにされた冒険者』という異名が付いた。

 これは彼らにとってとても幸運なことだったのだが…本人たちがそれを知るのはまだ先である。


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