第131話 討伐作戦① 開始前の面倒なこと

第131話 討伐作戦① 開始前の面倒なこと



 それから温泉宿をどうしよう、こうしようとワイワイやったりして楽しい日々が数日。


 しかし俺たちは魔境の増えすぎた魔物を減らすためにやってきたのだ。

 作戦の日はやってくる。


「ここが本陣ですか…」


「そうよー、ニャチワ子爵のね~」


 作戦としては一番兵力の多いニャチワ子爵が中央を担当し、ラーン男爵とノーコ男爵が両翼を担当する。

 ニャチワ子爵軍がゆるゆると魔物を駆逐しながら進軍する間、両翼が速めに進行して魔物を中央に囲い込む。ある程度囲い込めたらニャチワ爵軍が一気に侵攻して魔物を駆除。領男爵軍は反対側から合流しつつ進軍し、包囲殲滅戦に移行する。

 という作戦だ。


 よく戦記物なんかでそういうのあるけど、うまくいくのかねえ?

 相手は獣だよ。


 現在はまだ朝早い時間だ。

 作戦会議というよりミーティングのためにマルグレーテさんがやってきて、護衛としてシアさんのパーティー。つまり俺たちがやってきている。


「これは…立派な馬車ですな…」


 ニャチワ子爵が黒曜と馬車を見て感嘆の声を漏らした。

 貴族が使っていてもおかしくない馬車だけどね、なんといっても繋がれている黒曜が目立つんだよ。


「ほほほっ、ありがとうございます。これは娘のパーティーの馬車ですわ。

 まだ学生ですけど頑張ってくれていて。

 頼もしい限りです」


 ほうそれはそれはと子爵はほめそやす。そして。


「よく来てくれました。マルグレーテ殿、まずはこちらに」


 子爵自らお迎えなのはいいところを見せたいみたいなことだと思うんだけど。明るいところで見るとカエルだ。

 直立カエル人。


 というとカエル人に失礼かもしれない。そんなのいないけどね。

 いないよね?


 その後主要メンバーの顔合わせ。


 ニャチワ子爵の所は子爵と騎士団長というやつと冒険者の代表というやつだ。

 子爵は全部で20人ぐらいの冒険者を雇っているらしい。

 騎士も50人ほど。あとは動員されたのか農民だな。これが200人ほど。


 騎士というのはまあ、軍人なので50人もいるのは多い方なのだろうか?


 あと冒険者は…強面というかガラの悪いのもいるようだ。

 ギルドの基準を満たしているはずだからそれなりだとは思うんだが…


 もう一人の貴族はノーコ男爵というおっさんだ。


 彼は自分自身とあと10人ほど騎士の護衛を連れている。


 この二家はラーン男爵領と三角形で接する貴族家だ。


 この国の貴族家というのは貴族として遇される代わりに何かしらの義務を負っている。下っ端の仕事は魔境の管理だな。

 普段から魔境のパトロールをしーの。それで追いつかなくなるとこうして大規模(?)な討伐作戦をしーので結構大変。


 下級貴族はこうして代々家をつなぎ、だんだん昇進していくらしいのだが。


『ここはキルシュ領の最北ですからここから領地が広がることは期待できません。

 この北はすべて魔境で、長い間開拓できずにいるところですから。

 ですので爵位が上がったとしても魔境の管理から解放されることはないと思います』


 とシアさんが言っていた。


 その意味でも温泉は意味があるだろう。観光地として売り出せば集客から収入アップが見込めるかも。

 でもあくまでも『かも』なんだよね。

 思い付きで行動したが大丈夫か?


 なんかシアさんとかマーヤさんとか変な風に笑っているような…

 まあ、温泉の方は俺も楽しみだから少し力を入れてみようとおもう。


 そんなことを考えているうちに打ち合わせは進み、ミーティングは終了。

 ニャチワ子爵はしきりにマルグレーテさんを気にしていたが、何かを言ったりはしなかった。


 代わりにノーコ男爵が寄ってきた。


「いやー、助かりましたね。ニャチワ子爵様様ですか。私たちだけでは対処できなかったかもしれません。

 この辺りのまとめ役が子爵閣下でよかった」


「ええ、そうですわね」


 ノーコ男爵というのは痩せていて赤鼻の中年男性だ。

 非常にくたびれたおじさん。といったイメージ。


「閣下はラーン男爵のことを気にしておいででしたよ。

 女手一つで大変だろうと。

 吾輩にもできるだけ気にかけてやるように…とか。

 大変優しいリーダーですな」


「ええ、本当に」


「そうそう、そういえば何やら盗賊を捕まえたとか…子爵家に縁のある者であるとか、まさかでしょう。あの子爵閣下に限ってそのようなことはあり得ません。

 厳しい取り調べで嘘を明らかにいたしませんと…

 今もご領地にいるのですか?

 いゃねこれは本当に好奇心で」


 うんうん、どうやらノーコ男爵はニャチワ子爵の子分であるようだ。

 しきりに子爵がいかに優れていて頼りになるか話しをしている。その合間に捕まえた騎士のことを聞きたいようなことを言う。


 これは敵ばかりだな。


 しかしマルグレーテさんの笑顔はわずかなスキもなく完璧だ。

 ああいうのを『貴族らしい』というのかもしれないね。


「俺には無理だね」


「・・・・そうですか? 結構いけそうな気がしますけど」


「俺が? まっさかー」


「いえいえ、結構いけますよ」


 えー、なんでそういう評価なんだ?


■ ■ ■


 馬車に戻ってきたら言い争う声が聞こえてきた。


「なんでこんなところに魔物がいるんだよ」


「蛇女が!」


「失礼な奴、ラウニーはかわいい」


「がるるるるっ」


 ガラの悪い冒険者がラウニーに絡んでいた。

 対しているのは『ミーティングとか無理』といって馬車で留守番していたマーヤさんだ。

 寝不足らしい。


「いけない」


 ネムとシアさんが走りだした。ラウは人気者だ。

 でも心配いらないと思うぞ。ラウは半端な冒険者なんかよりずっと強い。


「あなたたち、ラミア人はちゃんとして異人種として認められた種族ですよ」


「そうです、こんなかわいい子を魔物だなんて!」


 駆けつけた二人が冒険者三人に食って掛かる。

 気持ちはわかる。気持ちは分かるが、ラウは魔族だったりする。まあ、言う気はないけどね。


「おっ、なんだ、かわいこちゃんばっかじゃないか、ラーン男爵ってのも気が利くな。夜の相手まで手配してくれたのかよ」


「おっ、この獣人の女スゲーいい女だな。スタイルもいいスゲー楽しめそう」


 (# ゚Д゚)!!


 いけ、黒曜!!

 そいつらはゲスだ。


「グルオルルルルッ!」


 俺の意思を受けたんだろうな。黒曜が低くうなった。

 唸っただけなのであまり周囲には響かなかったがからんでいた冒険者たちの顔色は目に見えて悪くなった。


 日に焼けて浅黒い肌が一瞬で土気色に…

 足をがくがく震わせ、中には尻もちをつくものもいる。


 これはあれだな。ドラゴンの咆哮。ドラゴンロア。

 これには意志だの勇気だのを挫く力があるんだよね。

 魂砕き。


 だから…


「ひいいっ」

「ひあぁぁぁぁっ」

「っ!!」


 三人は挫けてパニックを起こした。

 座り込んでイヤイヤしたり、手足をばらばらに動かして後退ろうとしたり。


 そして一人が逃げ出したら残りの二人もはじかれたように走り出した。

 魔境の方向に。

 そっちに行ってどうすんだ?


 あっけにとられていた女性陣だったが状況を理解して黒曜を『えらい』と褒め称えた。


「すごいわねーあの竜馬。威圧が使えるのね~そんな竜馬初めて見るわ~」


 すみません、威圧ではないんです。

 しかも竜馬ではなく老竜なんです。

 でも内緒。


「さあ、作戦が始まるまでもう少しよ。早く本陣に帰りましょう」


 マルグレーテさんがパンパンと手を叩く。

 みんながびくっとして動き出した。


 ラウニーや黒曜まで。

 この人も結構すごい人だ。


 てきぱきと準備をしていたらまた冒険者がやってきた。


 今度は若い男だ。

 見た目はまともに見えるな。


「すまない。ちょっと聞きたいことがあるんだが…」


 え? 俺?

 ああ、女性陣はみんな貴婦人に見えたのね。

 そんで俺が下僕と。


 ちくせう。あながち間違ってないぜ。

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