第128話 ニャチワ子爵

第128話 ニャチワ子爵


「やっと見つけた…」


 はい、温泉につきました。

 結構大変だった。


 まずラーン男爵領の西に広がる山脈は4000メートル級の山々が連なる大山脈だった。

 隆起型の山脈で火山などは存在しないらしい。


 かなり長い間なだらかな斜面が続いて高山エリアに入ると勾配が上がる感じだ。

 なのでここまで結構距離がある。


 おまけに標高も1000mぐらいはあるのではないだろうか。


「これじゃ温泉として使えないよね」


 一応男爵領に接する山ということでここはラーン男爵が好きにしていいということになっているらしいのだがここまでくるのは完全な一日仕事だ。

 お風呂に入るのに丸一日かけて山に登って、入ったら丸一日かけて降りていく。


「無理筋だな」


 それができるのは空が飛べる奴ぐらいだろう。

 まあ、猟師さんなんかはここまで来てここにキャンプを張って周辺で狩り。みたいなこともやるらしいが、他にもの好きはいない。


 さて温泉は源泉というやつだと思う。

 温度は60度ぐらいか、かなり熱い。


 火山性ではないせいだろう硫黄のにおいなどはしない。

 単純温泉というやつだろう。


 スイスの方にあるような温泉だ。

 マグマではなく分厚い土の層、その圧力が生み出す熱によってできた温泉で、スイスの温泉は飲水可能な温泉だったはず。


 近くにある湧水が飲料水として使われているようなのでたぶんここも飲める。


「でもここを温泉として利用するとなるとここに町を作るぐらいの勢いが必要かな」


 湯治場みたいな感じの町だ。

 ここまで来て温泉につかりながら一週間とか、療養のために一か月とかそんな感じ。


「しかし傾斜がなだらかだからできないことはない」


 でもそれはそれ。今は無理だからとりあえず温泉に入れるようにしようかな。

 今はなんとなく温泉がたまった池のようなものがあって、近くに古ぼけた桶とかあるからお湯を汲んでお風呂にしているのだと思う。


 あふれだお湯は小さな川になって流れていく。

 下のほうで大きな川に合流して無くなってしまっているようだ。


「とりあえず」


 力場遮断の方法を使って傾斜をごそっと削り取る。


「よし、まっ平」


 あとは適当な場所に風呂桶を作る。

 魔力で峻別し、それを実体かさせて力場で分断するのだ。


 大きさ6畳間ぐらい。深さ60cmぐらいの風呂桶ができた。でもこのままだと土まみれなので削り取った土砂の中から石や岩を取り出して、スライスして下に敷いたり、隙間に玉砂利を詰めたり、壁の部分に岩を押し込んだりして岩風呂のようにする。


 そしたら源泉を引き込んで、とりあえずよし。


 排水は元の流れに戻るように溝を掘らないとね。


「源泉から少し距離があるから冷めるだろう」


 いざとなれば水をぶち込む。


 でもとりあえずは流れ込む温泉で土が巻き上げられて泥水だ。

 これを見越して石を引いたのさ。

 時間経過で泥は流れて消えていくでしょう。


「今日はこれ以上は無理だね。かえろ」


 俺は来た時と同じように空に飛びあがった。

 もちろんここまでは飛んできたし空から捜索したんだよ。

 出なかったらとてもとても。


 直に男爵屋敷が見えてきた。

 もう、結構暗くなってしまった。


■ ■ ■


「ああ、マリオンさんでしたね、お帰りなさい。皆さんもうお帰りですよ」


 出迎えてくれた人はちらりと後ろを見る。

 黒曜が戻っていて寝そべって寛いでいる。

 その周辺をスライムたちが囲んでいて、そのスライムを食い入るように観察している人が一人。


「見なかったことにしよう」


「ええ、それがいいと思います」


 黒曜もどう思っているのか無視してるしな。


「それはそれとしてあれは何です?」


「はあ、あれはですね…」


 俺が指さしたのは一台の馬車だ。

 やたら派手な馬車。基礎は黒のようだがごてごてと装飾物が多く、しかもそれがキンキラキンに光っている。

 これだったら全部ゴールドの方がまだ上品だ。


 というわけで俺はそっとラーン女男爵の執務室に向かっていく。

 次第にかすかな声が聞こえてきたので耳に意識を集中。

 申し訳ないけど盗み聞きだ。

 すると。


「マルグレーテ殿、私はあなたのためをもって言っているのですよ。犯罪者の取り調べは専門家がいた方がいい。

 当家ならばその道のプロもおる。言っては悪いがこの牧歌的な男爵領では難しいでしょう?」


 と初めて聞く声。


「御心配には及びませんわ子爵様」


 とマルグレーテさんの声。

 そう、さっそくニャチワ子爵が乗り込んできたのだ。

 どうやらお目当ては昼間捕まえた騎士の身柄。


「しかし、ことは貴家のことと済ませるわけにはいかないのです。そのおろかものは我が家の騎士だと名乗ったそうではありませんか。

 看過できません」


「あらあら、わたくしは領境の関所の騎士たちもそういったと聞きましたわ。ひょっとしてあちらも偽物なのかしら…」


「うっ、それはその…おそらく装備のせいでそう誤認したのかと…」


「あらあら、どこから装備が漏れたのかしら、貴家の鎧兜を犯罪者が使うというのはとてもまずいのではないですか?」


「で、ですからそこらへんも含めてですな…当方で犯罪者を引き取り、厳しく詮議をですな、せねばならんのです。

 そのためにもですな…」


 大分子爵殿の旗色は悪いようだ。


「ニャチワ子爵、考え違いをしてもらってはいけません」


「考え違いですと」


「ええ、子爵の言う通りであれば貴家の名を騙る盗賊がうちの跡取り娘を襲ったということです。

 これは一貴族家が勝手に処理してよい案件ではありません。

 公爵領全体の名誉のためには背後関係を詮議し、もしかかわるものがいるのであれば公爵家に処理してもらわなくてはならないのです。

 騎士と言えども貴族は貴族。貴族位詐称の問題もあるのですよ」


「ふぐぐっ」


「すでに御老公にも連絡をいたしました」


「どうやって?」


 子爵の声に愕然というルビが付いているな。


「私フレデリカ様の生徒ですから、緊急連絡用の伝書ユニットぐらいはもっていますよ。すぐに役人を派遣してくれるでしょう。

 咎人は彼らに渡しますので引き渡しをお望みでしたらそちらにお願いしてください」


「・・・・・・わっ、わかりました…ですがその…その分犯人の身柄の確保はマルグレーテ殿の責任においてしっかりとお願いします… 今日の所はこれで…」


 おっと。

 俺は慌てて廊下の天井に張り付いた。


 俺の見下ろす中ニャチワ子爵と、そのお供と思しき男が帰っていく。


 すぐにマルグレーテさんが出てきて〝べー〟と舌を出している。面白い人だ。

 ネムも部屋の中にいたらしく出てきてスンスンと周囲のにおいをかいですぐに俺を見つけた。

 貴族の城だから天井高いんだけどあっという間だな。


 俺はネムに手を振ってニャチワ子爵の後を追いかけた。


■ ■ ■


 スニークミッションだ。


 子爵はすぐに馬車に乗り込んだ。

 御者が出発の準備を整え、護衛もふたり、戻ってきて馬の世話をしている。

 俺は意識を馬車に向けて盗み聞きを継続。


『参った…まさかあいつらが捕まろうとは…』


『ですが捕まったものを除けば他のものはすべてその場で処分したとのこと。これは朗報です。あとはあれを始末すれば証拠はなくなります。

 証拠がなくなればシラを切ることもできます』


『そうだな、それにしても役に立たんやつらよ、こんな簡単な通商破壊もできんとは。これでは困ったマルグレーテを助け、あの女とついでにこの領地を手に入れる計画が進まぬではないか』


『それに関しては一時棚上げするべきです。閣下。

 あの冒険者ども、男爵の言が正しければ商人に対する嫌がらせのみならず強盗まがいのことをしていたということになります。

 子爵家の騎士が凶賊まがいの事をしていたとなれば責任問題。お家もただではすみません』


『ぐぬぬっ。何とかならんか?』


『ですのでつかまった証人の始末を優先すべきです。たとえ非常の手段を使っても…

 証拠さえなければどうとでも言い逃れはできます。

 領内のこととてお咎めはあるでしょうが決定的なものにはならないかと』


『そうだな、儂はこの辺りのまとめ役、これからもチャンスはいくらでもある。まあ、今が熟しきって食べごろという感じゆえ、早いにこしたことはないのだがな』


『はい、閣下と男爵の縁組は互いの領地の発展に必ず寄与いたします。最善をつくしましょう』


『うむ、それでこそゴードナーだ。頼りにしておるぞ。我が迷宰相よ』


 そんな話をしながら子爵の馬車は出発していった。

 なかなか良い話がきけたとおもう。


 証拠証人は十分フレデリカさんの所に届く手はずだが、それには全く気が付いていない。

 しかもこれからも地雷を踏みに来るらしい。

 おもてなしの準備をしよう。


 さて、みんなの所に戻るか。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 


 はい、復帰いたしました。活動報告に上げた通り、前回はどうしても外せない用事が出来いたしましてお休みいたしました。

 楽しみにしてくださっている皆様、ごめんなさい。

 またよろしくお願いします。



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