第111話 久々のターリ
第111話 久々のターリ
「なるほどのう…嫁さんが儂にあいさつしたがっておると…」
「ええ、まあ、ラウニーを預かっているわけですからね」
複数の尻尾をゆらゆらと揺らめかせるイアハートに背を向けたまま俺はそう答えた。
今はラウニーの様子の報告のついでに、魔法道具の作り方、つまり物質の中に魔術の回路を組み込むのを実地で教わっている所だ。
一応イアハートから本は譲ってもらったんだがこれがなかなか難しかった。
魔術回路というとなんかファンタジーな感じがして、実際ファンタジーなんだけど、科学的でないというわけではない。
魔力というのはエネルギー粒子で、エネルギーというのは動くと力場を発生させる。
魔術回路というのは魔力の属性を変質させる変換装置を組み込んで、魔力で動くように
当然高度な回路は精巧で手が込んでいる。
この回路を魔力が流れるときに回路の価値によって特定の『力場』が発生するわけだが、それをいくつも重ねるようにして、特定の魔法効果を発揮させる。
これが魔法道具だ。
なるほどこれでは今のこの世界の文化レベルでは高度な物は作れないだろう。
おそらく昔はこれ専用に工場や道具があったんだと思う。
それらは見つかっていないのか、いつかのフレデリカさんの宝物庫のように役立たずとして放置されているのか…とにかく実働しているものはない。
俺がやっているのは精密機械を手工業で作ろう。みたいな話でなかなかに効率が悪い。
ということもないかな。
〝あいつ〟は平気でやってたし、基本的に同じことはできるはずだ。
ただものすごく根気がいる。というだけだ。
「それなら儂が人間に化けて一回お邪魔するね。問題ないじゃろ」
「ええ、問題は…ないですね。隠れ里の長老ということになってますから」
表向きはという話だが、ラウニーのようにあまり大っぴらに街中を歩けない人たちが集まって森の奥で隠れ住んでいる。
行き場のない人間などもいる。
ということになっている。
ラウニーはそこで保護されていた子供。ということだな。
ずっと隠れ里という選択肢もあったが、やはり人として人と付き合うことになれた方がいい。と長老であるイアハートが判断し、ラウニーは家で預かることになったのだ。
うん、そうゆうこと。
「しっかし、お前さん、すさまじく貴重な素材を持っているね…さすが…」
「まあ、他に見たことはないですけどね…」
というのはペークシスのことだ。
〝あいつ〟が封じ込められていたやたら硬いあの白い結晶体。
あの何でも切れる理不尽ナイフですら傷をつけるのに苦労するという一品だ。
まあ、俺の魔力でふやかした後は粘土みたいなものなんだけど…
それでとり合えず作っているのが盾だった。
シアちゃん用の盾だ。
別に深い意味はないぞ、うちの嫁の武器を作るための練習に作っている。
これに組み込む魔術回路がまた面倒くさいんだよ。
要塞陸亀の甲羅をベースにして大楯を作っているのだ。
結構重たくてこのままだとあまり役に立たない。
普通は削って丈夫なところを盾の表面に張るような使い方をするらしいのだが、俺はそのまま使うつもりで形を整えた。
カイトシールドというやつだ。
厚みのある甲羅の中を細く細く掘り進んで、そこに魔石を溶かした高純度の液体を流し込む。この時の穴を掘るのがすさまじく面倒なんだよ。
やり方としては重力制御点を極々小さくしてそれを動かして穴を掘っていく。
前述の通り掘るべき回路はひとつじゃないので…とても一日じゃ終わらない。
うん。持って帰って宿題にしよう。
ちなみにペークシスは枠と補強だよ。
■ ■ ■
「せっかくここまで来たんだから当然焼き肉のタレは買っていく」
「あいよ、用意できてるよ」
おかみさんが焼肉のタレ(大きめの壺入り)を渡してくれる。
「こいつは頼まれてたやつだ。
いいねこれ」
そして壺のふたつめ。とても小さい。
こちらは辛口だ。からしではないと思うんだが、この世界の辛みの調味料を入れて味を調えてもらった。その試作品だ。
朝来た時に顔を出して頼んでおいたんだよね。
「それじゃこれ、お代です」
俺は銀貨八枚を渡す。
「悪いわねえ~、こんなに」
おかみさんはにこにこだ。
「いいんですよ、無理をお願いしているんだから」
焼肉のタレはこの宿屋の名物で、人気のメニューだ。
前は作り置きを分けてもらっただけだからそれなりだったが、専門でもないのに無理に用意してもらったのだから多少は色を付けないといけない。
作ることにうまみがないとやってくれないだろう。
焼肉のタレたぶん四リットルぐらいで八万円相当。
このぐらいあれば作る甲斐もあるのじゃないかな…
「仕込むときに余分を作ったら声をかけてください、いくらでも引き取ります。
これからはちょっとついでがあるんで月に二回ぐらいは来ますから」
「そうかい、そりゃ助かるよ。宿屋なんてやっぱり不景気だからね」
これはたぶん嘘。ものすごくはやっている。
以前泊ったときにお世話になったリリアも暇なしですっごく働いている。
ちらちらこっちを見ているけど、来る暇もないみたい。
あれ? でも今は忙しくない時期じゃ…
「そうなんだよ、実は近くで新しい迷宮が見つかってね。ここからだと歩いて…四、五日ってとこかね?」
それは近いのだろうか?
「迷宮なんてそうそうないんだ。歩いていける範囲に迷宮ができればそりゃ至近距離だよ。今はまだ調査中みたいだけどね、使える迷宮だとなればこの町に人がわんさかやってくるさ。
最終的には迷宮の近くにベースキャンプが作られるんだろうけど、この町が基点になるのは間違いないからね。
今から楽しみさ…」
『『『忙しすぎて死んじゃう』』』
働いている女の子たちが声をそろえて言いましたとさ。
「ストレスたまる」
「ムラムラするよー」
「マリオンさん、うらでちょっとしてくれない?」
「いえいえ、俺も嫁をもらったからね、そういう危ないことはしないですよ」
宿屋のお姉さんたちはアルバイトで売春しているからね。
お金もHも大好きな娘さんが多い。
「おかみさん、とりあえず材料費渡しておくよ、大変そうだけど、お願い」
俺は金貨を二枚ほど女将さんに渡した。
ただ頼むだけだと焼肉のタレが怪しくなるかもしれないと危機感を持ったからだ。
前金を取っておいて物を作らないということはないだろう。
おかみさんは苦笑してお金を受け取った。
よし、これで次の焼肉のタレも大丈夫だ。
「あと、もし、たれの製造が忙しくて大変なようだったらそれだけを商売にできるように相談に乗ります」
熱く厚く勧誘する。
「そうだねえ、もし迷宮で人がたくさん来るようだと…製造をどこかに頼むようかねえ…でもあれはうちの秘伝だからね…」
「まあ外には漏れないようにするし、ここへの納品も最優先するようにするよ」
誰か人を見つけてやらせればいいさ。
この世界は秘伝はそれだけでお金になるから。
さて、あまりのんびりしていると帰るのが遅くなるからそろそろ行くか。
「マリオンさん行っちゃうの?」
リリアがこちらに駆けて…来ようとして同僚に引き戻されていった。
まあ、助かった。うちのネムさん鼻がいいから。すり寄られただけで問題になるかもしれない。
でも少しだけストレス解消に協力しよう。
暴飲暴食もストレスには効きます。
「じゃあ女将さん。これみんなに配ってあげて」
俺は金貨をわしっと一掴みぐらい女将さんに押し付けた。
「相変わらずいい男だねえ」
そんなこと言われたことってあまりないんだけどね。
俺はそのまま宿屋を出て町に出た。
耳を澄ますとできた迷宮の話とやらか聞こえてくる。
『で、迷宮ってのはどこなんだい』
『おうそれよ、ここを出てダーッと北に行って、そこから西に曲がってずいっといったあたりよ』
『どこだか分んねえよ』
『なんかすごい古い遺跡でよ、ものすごくでかい瓦礫が蓋をしていてよ、でもその一角が崩れてたんだぜ』
『わかるような分かんねえような話だなあ』
ははっ、全くだ。
あれ? なんか引っかかった…まあ気のせいか…
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