第112話 新車が来た

第112話 新車が来た



「あらあら、迷宮の話聞いたのね?」


 フレデリカさんが嬉しそうに言った。

 場所は俺の家だ。

 フットワークの軽いおばあちゃんである。


「ということはフレデリカさんの方にもすでに報告はいってるわけですね」


「ええ、もちろん、魔族の話もありましたからね。あちらの情報は最優先で集めているのよ。それで少し忙しくなりそうだからちょっとネムちゃんの顔でも見ておこうかと思って」


「でもフレデリカおばさまってすでに引退しているのじゃあ…」


「そうなのよ、このベントンの面倒を見るだけていう約束なのに息子ったら北部一帯を丸投げなのよ。ひどいと思わない?

 わたくしだってもっとゆっくりしたいの」


「みゃーっくり?」


「ゆっくり」


 ラウニーは突然来たこのおばあちゃんが気に入ったらしく、膝に抱き付いて頭などなでられてご満悦だ。

 フレデリカさんの方もまんざらではない様子。かわいいは正義とはよく言ったものだ。


 迷宮発見の経緯は見たこともない魔物の報告が発端だったらしい。

 どんな魔物かは知らん。


 とにかく今まで見たことのない強力な魔物が森に現れてまたぞろ被害が出た。

 冒険者や神官たちが集まって戦い、勇者の呼び声も高いロイド君たちも急遽呼び戻されたりしたらしい。


 で、魔物を討伐した後にその魔物の移動経路をさかのぼったら古代の遺跡があった。

 遺跡の入り口は大きな岩でふさがれていて、しかし一角が崩れていたらしい。

 魔物はここから出てきたのだろうと推測されるようだ。


「魔族というのは強力な魔力の塊の様なものですからね、ひょっとしたら先日の魔族もこの迷宮に惹かれて出てきたのかもしれないわ」


「なるほどそういうこともあるんですね」


 話を聞く限りイアハートの隠れ家からは方向が違うようだからあまり気にしなくていいだろう。

 実際うっそうとした森の中で、しかも距離的には歩いて数日からかかる場所が偶然見つかるなんてあるわけがない。

 これなら放置でいいな。

 こっちも忙しいし。


「でもこのタレ美味しいわね。焼肉にあうわ」


「そうでしょ?」


「あいやっ、うまうま」


 ラウニー一押しである。


「このタレが使えなくなるって言うのは問題だと思うんですよね」


「そうよね、これは大発明だわ」


 迷宮の方にはフレデリカさんが騎士を派遣しているらしいし、冒険者ギルドと連携して調査をしているらしい。

 迷宮がどんなものなのか。例えば利用価値のある資源があるのか。はたまた管理ができるのか。そういうことを調査中なのだそうな。


 これによってあのターリの町が迷宮都市となるかどうか、運命の分かれ道である。


 まあそれでもその結論が出るのは数年先にはなるらしいので当分宿屋のおばちゃんは多忙をきわめるにちがいないのだ。

 となるとその間焼肉のタレをどうするのか。


「そうね、この味だったら公爵家の御用達にもできるわね。

 その人の御指導を頂いて、生産ラインを確立して、売り上げから適切な報酬を出して…商会にしてしまうのがいいかも。

 マリオン君やる?」


「いやー、さすがに商会経営は…」


 武器の制作とかも面白くなっている所だし、子育てや、良き夫としての役割とか、はっきり言って暇がないよ。


公爵家うちで引き受けてもいんだけど…あんまり細々した利益を集めるのって見た目がよろしくないのよね~」


「まあ、どちらにしても詳しい作り方とか聞いてからでしょ」


「そうね、教わるにしても対価は必要でしょうし、これが一般的になれば独占的な利益はなくなるから、その分を乗せてあげないとね…

 一度うちの役人連れていってきてくれる?

 これ依頼」


 俺はちらりとネムの顔を見る。

 問題ないようだ。


「わかりました」


 準備ができたら連絡をくれるらしい。

 ただ迷宮のことで役人たちも忙しいらしく、半月ぐらいは先になりそう。

 まあ、しょうがないよね。


■ ■ ■


 それから数日、ついに魔動車(見た目だけ)が完成した。


「言われたとおりに作ったよ、どうだいいい出来だろう」


「うんも、なかなかかっこいいですね」


 デザインは伝統的な貴族馬車だ。

 素材は石の木なのでかなり重厚。

 黒塗りで車輪カバーや本体などに金属パーツを使ったちょっとだけメカっぽいデザイン。


 大きめで前後に長さがあって、太くて大きな後輪が目立って高級感満載。


 馬車界のリムジンという言葉がなぜか似合いそうだ。


「ちょっとクラッシックですね」


「でも金属パーツかちょっと魔導機械っぽくてかっこいい」


 女性陣の評価もなかなかに高い。


「あいやっ、いい」


 ラウニーの評価も高い。

 サイドについた大きな観音開きのドアを開けて中に潜り込んでいる。

 中はしっかりとした毛皮が敷いてあるので居心地もいいだろう。

 ごろごろして遊んでいる。


 体が長いから全部伸ばすというのは無理だが普通に乗るぐらいなら何の問題もないようだ。


「見た目だけじゃないよ、結構車体が重くなったからね、サスペンションもリーフスプリングをしっかり重ねたいいものを使っている。

 車輪もただの輪っかじゃなくてあんたに教わった溝を刻んでみたんだ。これはいいもんだね。車輪がしっかりと地面をつかむんだよ」


 かなり好評である。

 車輪も石の木でできている分厚い輪っかを使っているのだけど厚みがあるのだからとトレッドパターンを刻んでもらったのだ。


 幅もあるから結構グリップ力あると思う。

 木で大丈夫か と思うかもしれないがこの世界アスファルトの道なんてないからね。土か草か石だから。問題ない。


 中に入ってみると前方に運転席が設けられている。

 ひじ掛けの付いたしっかりしたソファーのような椅子が二つ並んでいるのだ。


 この椅子に座ると前が見渡せる。

 前と横だけが透明感のある甲殻虫の殻を使った物で出来ていて、ここに座れば周囲を見渡せる。光の加減で外側からは黒い板に見えるからマジックミラーの様なものだろう。

 いや、俺は魔力で周囲を知覚できるので必要ないんだけどね。

 ほかの人への言い訳的なものもあるし、それに全面木の板では閉塞感がある。といわれたからね。


 ほかは前述の通り毛皮の絨毯敷。

 クッションなどを放り込んでおけばいいや。という作りだ。

 ただ一番後ろだけは収納も兼ねて段差があり、ベンチのようになっている。

 大きいから四人は楽に座れるね。


 ちょっと重力制御点でつかんでぐっぐッと押してみた。


『うんうん、しっくりくる、いい感じだ』


 前に幌馬車を借りたときは本当にやんわりつかんで気を使ったんだけど、これならしっかり持てるだろう。

 力は全体に作用するからつぶれたりはしないんだけどね、逆に分解の心配があったから。


「でもかなり重厚だよ、普通の馬とかじゃ無理じゃないかねえ」


「それに馬をつなぐ器具も取り外しできるようにしたけど…必要あるのかい?」


「ええ、ちょっと」


 前に伸びている棒を外すと取り付け器具がでっぱりとして残って、ちょっとしたバンパーみたいで悪くない。

 運用がうまくいくようなら自分で改良してもいいかもしれない。素材を変えたりして。体当たりとか。


「にーに、いく、よー」


 ラウニーがすでに落ち着いておいでおいでしている。

 ワクワクが止まらないのだね。


 そう言えば子供のころ、親父が車を買ったときなんかは楽しくて仕方がなかったな…

 でも自分で車を買ったときはうれしかったけどあの時みたいなトキメキはなかった…なんでなんだろ…


「ほら、いきましょ。ラウが待ちきれないみたいよ」


「そうだな」


 シアさんもマーヤさんもすでに乗り込んでいる。

 俺は工房主のおばちゃんにお金を払って馬車を引き取った。


 色々な余計なパーツはしまうぞう君の中だ。


 もろもろ合わせて金貨78枚。日本円なら780万円ぐらいだな。

 結構な値段で地球だったら手が出ないレベルの高級車だけど、内装がシンプルなので本当の貴族仕様のものに比べるとまだ安い。


 これで移動して野営は石の木の家を使えばかなり安全に冒険ができるだろう。


「さあ、今日は試験運転だ」


「「「おおーっ」」」

「きゃうー」


 俺が運転席に座り、重力制御点で馬車をつかんで走らせる。

 これもちょっとコツがいるのだ。


 俺的にはミニカーを手で走らせる間隔なんだけど、もちろん馬車自体は重力場で守られけているので中は問題ないんだけど、ありえない急発進とか急加速とかできてしまうのだ。それではかえって目立つからね。


「さて、準備はしてた来たからこのまま魔境まで遠乗りだ」


 二三日宿泊の予定。


「「「おおーっ」」」

「きゃおーっ」


 いきなり走り出した馬車に残された工房のおばちゃんがびっくり目をしていた。

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