第94話 要塞陸亀
第94話 要塞陸亀
飛来した火球は一mもある巨大なもので、ごうごうと渦を巻く炎の塊だった。
こんなものが当たってはたまらない。
たまらないのだが、炎がボールになって飛んでくるってどんな現象だ?
いや、そんなことを考えている場合ではない。
俺は全力で駆けだした。
奏功したのが火球を吐き出した魔物を俺が最初から認識していたこと。実はまだ距離があったので警戒するにとどめていたのだ。
だから攻撃に気が付くのが早かった。
そしてもう一つはやはり権能の力。
全力で駆けだした俺はあっという間に加速していた。
これは慣性の影響を受けなかったためと思われる。
権能の力で慣性がかなり軽減していて瞬時に加速。そして瞬時に減速ができるらしい。
気が付かなかったが地味に便利ですごい能力だ。
俺は本当に一瞬で二人の前に出て木刀で飛んでくる火球を切り捨てる。
「一個、二個、三個っと」
その都度火球は盛大に爆発するがそれも歪曲フィールドにはじかれて俺には届かない。
俺が盾になったからネムとマーヤさんにも届かない。
「二人とも下がれ」
「はい」
「でも」
“はい”はネムだよ。いい子だ。
「しかし魔物というのを侮ってたな…まさかこんな距離で攻撃してくるなんて…」
魔物からネムたちまでは七、八〇mはあったはずだ。
この距離があればどんな魔物でも問題ないと思っていたんだけど…認識を改めないとね。
「それは中層の魔物」
「フォートレストータスです」
中層? 要塞陸亀?
すごい名前だな。と思ったが近づいてみるといい名前だとわかる。
それはまさにリクガメの形をした魔物だった。
甲羅の長さは四mを超えている。高さは三m近い。
首は長く尻尾も長く、そこだけ見ると蛇みたいだ。
足は太くて四本、亀と違うのは甲羅を引きずっていないところだろう。
甲羅は真っ黒で磨き抜かれた黒曜石のようなのに、足や首は松笠そのようなささくれた鱗がびっしり生えていてしかも赤や緑や黄色に分かれてとてもカラフル。
頭の先から尻尾の先まで測れば一〇mは優に超えている。
その巨体がドスンドスンと大地を踏みしめ向かってくる。
そしてその蛇のような口からは時折火球が吐き出されるのだ。
エルダーゴブリン、カラスゴリラに続く大物だった。
俺は文字通り炎を切り開き亀に走り寄る。
そして首にたたき切るつもりで木刀を叩き込んだ。
ビシッ!
バキン!
という音が響いた。
俺の魔力に覆われ、時に切断し、時にたたき砕いてきた木刀は、しかし亀の首を切り落とすことはできなかった。
重なり合う鱗が俺の斬撃を吸収し、自らが砕けることで首を守って見せた。
「ならば甲羅!」
甲羅を砕けば亀は死にます。
俺は甲羅を駆け上がりそこに思いきり木刀を叩き込んだ。
俺の魔力が木刀を包み、今度は巨大なこん棒のように…ガキン! とはじかれた。
表面に傷がついたがこの甲羅も積層構造のようで表面が薄く砕けただけで攻撃が通らなかった。
「うわ、かった」
硬いーと言おうとしたら横からものすごい勢いでシッポが飛んできた。
飛び上がって躱したがこんなとこまで攻撃できるのか。
「くそう、亀といえば普通甲羅の上は死角なのに…」
尻尾と首が完全にカバーしてやがる。
これどうすべ?
◆・◆・◆ side トリンシア
二人が戻ってきたころにマリオンさんの声が届きました。
「三人とも小屋の中に」
これは分かります。石の木でできた小屋は衝撃に強く、しかもこの木はほとんど燃えることがない。
この小屋の中にいればあの火球のブレスもある程度は防げるはず。
私は二人を急かして拠点に戻りました。
だって二人とも暢気に見物しているんですもの。
「マリオン様なら心配ないですよ」
「こんなの見ない方がおかしい」
強力な魔物の戦闘を近くで見たいなんて言う方がおかしいんです!
魔物はフォートレストータス。中層に生息する魔物で、当然人間を見れば襲ってきます。
防御力がものすごく高くて物理攻撃はほとんど効かないし、火炎攻撃もあまり効かない。
攻略方法として魔法による継続攻撃しかありません。
とはいっても風系、土系は全く効かないし、水系は喜ぶし、効くのは火炎系のみ。でも自分で火を吐くからこれにも結構強いんですよね。
何人もの魔法使いが長い時間かけて火魔法で焼き続けるしかないのがなんとも厄介な魔物です。
一体マリオンさんはどうするつもりなんでしょう。
「これで大丈夫見物できる」
マヤちゃんが魔法でシールドを張りました。
ちょうど窓の方向がそちらを向いているんですよね。
でもさすがに窓を開けたままだと火球が届いたときに大変なことになっちゃう。
だから窓の前にマジックシールドを…って、最近マヤちゃんの魔法の腕がものすごいです。マヤちゃん風に言うと『ぱない』とかいうらしいです。
で私たちはその窓から外の様子を伺います。
私は怖いからでしょうか。
怖いから目を離せないんです。
「でもあとの二人は違うみたい」
「さすがマリオン様。全く引けを取ってないですね」
えー…そんなのありですか?
「あれはチート。ずるい。なにあの戦闘力」
二人はマリオンさんの勝利を全く疑っていなかったです。
「当然です。私の旦那様ですから」
「見た目に力の量が違う。あれ魔物に全然負けてない」
ネムさんはともかくマヤちゃんは何を言っているんでしょう。
ただ窓からのぞいたマリオンさんは確かに全く負けていなかったです。
曲がった形の変わった木剣をふるうと亀の蛇のような頭がはじかれて大きく揺らぎます。
鞭のように繰り出されるシッポの攻撃も素早くかわし、時に打ち返します。
それどころか…
『はっ!』
遠い気合の声が聞こえ、それに合わせてマリオンさんが亀に掌底を打ち込みました。
亀の甲羅にですよ。
効くはずないのに。ものすごく重いのに。体当たりで城壁だって崩れるのに。
無駄なはずなのに…
亀が浮き上がって木にたたきつけられました。
どうなっているんでしょう。
「きゃーきゃー」
「素敵です」
「かっこいい!」
二人は大喜び。
ひょっとして私の方がおかしいのかしら?
そんなことないわよね? ね?
そのあと何度がそんなことが続いて、そしてマリオンさんが少し考えるようなそぶりをしました。
そのあとはずっとマリオンさんが攻勢。
そして最後の大技。
なんかものすごい技です。
『逃げてー、亀さんにげてー…』
って、叫びそうになってしまいました。冗談ですよ?
もちろんマリオンさんが勝って、亀さんはご臨終。
世の中ってすごい人っているんですね…
なぜかものすごくドキドキします。
本当に、何か切なくてドキドキします。
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