第92話 狩りの後のあれこれ。

 第92話 狩りの後のあれこれ。


 微妙な空気感。

 三人が頑張っている脇で四頭をしとめるって、嫌味っぽかったかな? これって空気読めないってやつか?


「マリオンさん、すごいです。私たちが一頭にかかりきりだったのに」


 やっちゃったか? と心配したが思いがけず称賛の声。

 しかもお世辞とか気づかいとかではなく本気っぽい。


「さすがマリオン様ですね。妻として鼻が高いです」


 ネムも納得の笑顔。

 否定するのも違う気がして、『いやー』とか言っていたけどどうにも腑に落ちない。


 そしたらマーヤさんが寄ってきて。


「この世界では強い男がえらい。獣人だけではなく人間も。狩りができれば自分も子供も苦労しない」


 とささやいた。

 ああなるほどと納得する。この世界で狩りのできる男というのは優良物件なのだな。

 もちろん人間なので賞賛される事柄は多々ある。

 それでも根源的に狩りのできる男。強い男はモテるらしい。


 つまり甲斐性があるということだ。


「でもそれだけでもない。いい女は簡単には落ちない」


 と、マーヤさんのさらなるアドバイス。

 狩りだけうまくても家族を食わせられないのは甲斐性とは言わないということだな。


 さて、この世界の狩りというのはゲームでいえば強敵との戦いに似ている。

 ドキドキしてワクワクで勝ってぐっとこぶしを握るような感覚。


 だがこれはゲームじゃなくて現実だ。

 現実には雑事というものがある。それこそ雑事九割。というぐらいに多い。


 ビロードバイソンが五頭も手に入ればその処理はけっこうたいへんだったりするのだ。


 前にも出たがとにかく素早く冷やすこと。そして血抜きをすること。この二つが大事。


 丈夫なロープを使ってバイソンを木につるす。


「冷却はマーヤさんお願いできる?」


「? 私?」


「そうそう、分子運動を少し減速してやればいいから」


「納得した」


 その間に血抜きをしましょう。

 この世界ではギルドに解体を頼むといろいろな処理をしてくれる。ばらしたり皮を剥いだり血抜きをしたりだ。


 だが心臓が止まると血抜きというのは完全にとはいかないもので、どうしても限界がある。

 血抜きが不完全だと血が腐敗する場合があるし、そうすると臭みが強くなる。しかも黒い血の点々が残ってしまうので見た目が美しくない。


 だがギルドではそんなことをものともせずにきれいなお肉に仕上げて見せる。

 これは他の冒険者がちょっと処理の下手な肉を持ち込んだ時にきれいに仕上げていたので分かったことだ。

 まあ、味の低下はどうしようもないので値段が下がっていたが。


 で、どうやっているのかというと魔法があったりするのだ。

 【ドレイン・ブラッド】という魔法で、獲物の体内からこう、血をね、ずずっとすいだす感じの魔法なんだよ。

 いや、違うか、魔法が血液全体に作用して全体を引っ張るから『血を引きずり出す』というのが正しいかもしれない。


 ギルドの解体現場ではよく使われる魔法なんだそうだけど、あまり一般的ではないらしい。用途が限定的な割に構成が難しいんだそうな。


 ギルドで解体のアルバイトをしているときに見る機会があって、その時に覚えた魔法だ。


 魔法というのは構成が決まっていてきちんと術式を組めば効果は型通りに発揮されるのがいい。つまりよくわからない魔法でもちゃんと構築してやれば魔法になるのだ。


 俺がドレイン・ブラッドの魔法を組むと魔法が傷口からビロードバイソンの体内に侵入して血を引っ張り出してくれる。

 しかも血の多くある心臓だの動脈だのを肝臓だのを狙って魔法の効果が伸びていく。こういうことも含めて構築されているのが魔法なのだ。


 ただ魔力の動きであるのでそれを外から干渉して導いたり範囲を広げたりということもできる。

 これが魔力の直接制御の効能というやつだな。

 してみれば俺の魔力回路というのはなかなかに優れものなのだ。


 さて、血抜きが終わったらマーヤさんに冷やしてもらって、その間に二匹目にいく。


 一匹目は傷があったのでそれでそこから血を抜いたが、二匹目からは体に傷がない。

 首を『くぴっ』といっただけだからね。

 なので頸部に切り込みを入れる。そして血抜き。


 流れる血は地面に穴を掘ってそこに流し込む。そうしないと血の匂いが充満してしまうから。


 流れ作業なので面倒くさい仕事も割と早く片付いた。

 ここら辺が人海戦術のいいところ? 二人だけどね。


 そして充満はしなくても血の匂いは漂うもので、その匂いにつられてさらなる獲物がやってくる。

 こちらの対処はシアさんとうちのネムが対処する。

 これが役割分担。


 パーティーはいいね。


 ◆・◆・◆


 狼は当然来るだろうと思った。

 ついでに豹みたいなやつも来た。


「こういう場合は餌でごまかすといいんですよ」


 というとネムは損傷のひどい狼の死骸を豹に与えた。

 ヒョウというけど厳密には豹じゃないっぽい。なんか触手みたいなものが二本あるのだ。

 ネムによると結構強い魔物らしい。


 ただ浅層の魔物というのは中層のそれほど好戦的ではないそうで、狼を一匹もらったら引きずって帰っていった。

 なるほど生活の知恵である。


 ほかにもスライムもやってきた。


「土スライムですね。みんな小さいですから危険はないと思います」


「別名お掃除スライム。シズク型じゃない」


 とマーヤさん。

 うん、丸いね。

 しいて言えば饅頭型。あるいは大福型。大きさは二〇cmぐらいだな。色は茶色だ。


 話を聞くとスライムというのはいろいろあるらしい。まず基本が属性スライム。土や水や風や火がある。


「ものすごく珍しいものだと光スライムとか闇スライムとかいる」


 つまり魔力属性のスライムなんだろう。


 町で池や下水に住んでいるのは水スライムだ。水の中に住んでいる。

 この水スライムは危険のない生き物だ。人間を襲わないし、あまり大きくなったりもしない。だから池なんかでも普通に泳いでいる。


 水質を浄化してくれる益魔獣だ。


 いま周りに集まっているのは土スライムといって土属性のスライムたち。これは森のスカベンジャーで生き物の死骸や排せつ物などの有機物を吸収分解するスライムで…時折生きている動物を捕食したりもするらしい。

 もちろん人間も捕食対象だ。


 小さいうちはいいけど大きくなると二mぐらいになってとても危ないらしい。


 余談だが火スライムは真っ赤なスライムで、基本が小型で火を噴いたりする。これも危ないやつ。


 風スライムは本当に透き通っていて幻のようなスライムらしい。風に流されて空中を漂っているらしい。


 ここら辺異世界の知識に貪欲なのかマーヤさんはよく知っていた。


「ほかにも毒スライムとかミミックスライムとか人間をものすごく襲うやつもいる」


「でもでも、与える餌とかによって無外になったりもしますからペットとして飼っている人もいますよ」


「スライムの餌とか売っている。それなら無害なスライムが育つ。ああ、でも最初から育てないとだめ」


 分離したばかりの水スライムから育てるのがいいらしい。

 スライムに色を付けてカラースライムとか売っているらしい。色水を飲ますんだと。するといろいろな色になる。

 ひよこか!


 というわけで石の木の家の周りは結構カオスなんだが中まで入ってくるわけではないので無視だ無視。

 手もなんか脂ぎっているし風呂入ってゆっくりしよう。

 ちょっとやってみたいこともあるしね。


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