第63話 ベクトン冒険者ギルド

 第63話 ベクトン冒険者ギルド


 実際問題地上を歩くと町はかなり大きい。

 数キロという距離は歩けば二、三時間はかかるのだ。

 飛んでれば簡単なのに。


 なのでここには町の中を走る乗合馬車があったりする。


 大勢の人間(といっても十数人)が一度に乗れる馬に似た生き物が引くカーゴがその一つ。

 巨大鶏のような【ラプトル】は体の構造的に重いものを引くのには向かないし、マストドンは体が大きくて街中で走らせるには向かない。


 なので身体が小さく力の強い馬ににた生き物がつかわれる。

 これも魔物の一種で『戦馬』とか『魔馬』とか言われる生き物だ。

 基本的に馬に似ているが角が生えていたり、背中に鱗があったの、鬣がブレード状だったりといろいろなタイプがある。


 街中でカーゴを引くのは『ユニコ』と呼ばれるタイプで、小柄で頭に一本角があり、力が強く忍耐強い。

 飼育、繁殖が簡単なので輓獣としてかなり広く使われている魔物らしい。

 なかなかかわいいくてよい。

 お客の中には乗り降りのたびにユニコを撫でさすっているものもいる。子供にも人気だ。


 さてカーゴの方はというと木の枠で出来た箱に車輪を付けたようなシンプルなもので、荷台に簡単に腰掛けがあり、四隅に立てた柱を使って布の屋根がかけられている。


 俺たちは走っていってそのカーゴに追いつき、後ろ側にある梯子を使って中にはいりこんだ。

 一応『駅』と呼ばれる乗り降り所があるらしいが、子供や年寄りでもない限りどこでも自由に乗り降りしている。

 中にはいると後ろ向きに座っていた人、つまり車掌に料金を払ってあとは乗っているだけだ。


 決まったコースを走っているカーゴなので、料金は一律で区間内のどこで乗ってどこで降りても銅貨一枚だそうだ。


 つまり路線バスだね。


 のんびり乗っていると隣をオープンのカーゴが通る。御者の後ろに二人掛けのシートがある黒塗りの小型のものだ。

 こちらはラプトルが引いていて、扱いとしてはタクシーのようなものらしい。


 大きな道の真ん中辺をカーゴが行き来し、その両脇を人が歩き、その外側に露店やらなにやらが並んでたくさんの人出がある。

 さすが大都市だな。


「この町の人口ってどのぐらいなのかな?」


「えっとですね、教団が把握しているだけでえ…二万人ぐらいですか?」


 うーん、自分で聞いておいてなんだがよくわからん。

 多分かなり大きいのだろう。


 そのまま俺たちは大きめの道を通って冒険者ギルドの前にたどり着いた。

 ギルドは北側の冒険者地区と呼ばれるエリアのど真ん中にあった。


 ◆・◆・◆


 それは俗に『ギルド会館』とかよばれるらしい。

 大きな町で、冒険者も多く、なので獲物も多い。

 処分場とか処理場みたいなものは別にあり、ここは依頼関係の処理のためとギルド組織の中枢として機能する場所みたいだ。


 円形で、三階建てで、なんかこじんまりしたコロッセオみたいな外見の建物は大理石のようなコンクリート風の建材で建てられ、外装も凝っていてなかなか威厳がある。


 重厚な扉をくぐるとそこは逆に木材をふんだんに使った内装が広がり、歴史を物語るように飴色をした調度品はシックな、落ち着いた空間を作り出している。


 奥にはバーラウンジのようなものがあって…そこでは…冒険者が酔っ払っていたりする。

 なんかいろいろ台無しだ。


「何か時間関係なしでにぎやかだね」


「大きな町ですからね、昼間も夜も人はいっぱいですよ。それでも朝の依頼張り出しの時に比べればものすごくすいてますよ」


「これでか…」


 受付もいくつもあり、そこに冒険者に見える者やちょっといい服を着た紳士やドレスのご婦人が話をしていて、奥を見なければお役所のようだ。


 冒険者もいい装備を身に着けたものや、ちょっとお安い感じの装備の者、男もいるし女もいる。なかなかに壮観だった。

 ネムたちを見てもわかるけど、この世界って女性が結構ファッショナブルだよね。


「ミルテアじゃない、帰ってきたの?」


 俺が何か圧倒されてきょろきょろしていると一人の女性が話しかけてきた。

 服装はちょっとクラッシックなメイド服のようなものだ。

 カウンターに座っている女生と同じ服なので職員の人だろう。


「ああ、マリーダ、ただいま戻りました」


「割と早かったわね、もう少しゆっくりしてくるかと思ったわ。

 そうそう、あの町で魔族が討伐されたって聞いたわよ。その関係かしら」


 職員の人はマリーダさんというらしい。

 まだ詳報は届いていないようだけど魔族が出たこと、討伐されたことは知らせがあったようだ。


「ネムちゃんもお帰りなさい。なんにせよ無事でよかったわ」


「「・・・・・・」」


 無事でという言葉でネムたちは黙ってしまう。


「何かあったの?」


「ええ、その魔族騒動の余波でね、はじかれたエルダーゴブリンと戦闘になっちゃって…私たち以外は…」


 マリーダ女史は『そんな』とつぶやいた後に…


『少し待っててくれる。すぐにギルマスに会えるようにするから。つらいだろうけど報告をお願いするわ』


 そう言って踵を返した。

 二人には…というかミルテアさんにはつらい仕事のような気がするが。


「仕方ないですよ、彼女はギルドの職員で、ギルドのために情報は必要なんですから」


 でも、本当は優しい子なんですよ。とミルテアさんは続ける。

 優しい子といったけど多分あの人は20代だよね。


 ◆・◆・◆


「なるほどよくわかりました。そしてよく話してくれましたね。つらかったでしょう?」


 とギルドマスターのおばさんはのたまった。

 意外なことにギルドマスターは年配のおばちゃんだった。太っていて少し丸い印象だけど、人当たりも丸いからバランスはとれている。


「昔は殲滅魔女といわれた女傑なんだそうですよ」


 とネムが教えてくれたが、小太りでちょっと上品な雰囲気からはその名前は想像できない。『あらいやだわ~』とか笑っている。


 そのうえで聞き取りした情報をまとめ。補佐についている人といろいろな処理を進めていく。百花繚乱もそうだが、あの魔族との戦闘でなくなった冒険者の多くがこの町から出稼ぎに出たもの達だったようだ。

 ベクトン冒険者ギルドは今回の騒動で二〇人近くの冒険者を一度に失ったことになる。

 しかもそれなりにベテランがおおい。


「このまま成り行きに任せるのはよくないわね…」


「はい、魔族も討伐されていることですし、魔族およびその影響による戦死という扱いでできるだけ情報を公開するべきでしょう」


「そうね、それしかないわね…あと、亡くなった人たちの葬儀をギルドもちでやりましょう」


「合同葬ですね。でしたらご老公にも話を通して参列していただければなおよいですね」


「あとは、そうね、百花繚乱をどうするかね」


 これにはミルテアさんが答えた。


「身勝手な話ですけど、みんなも一緒に送ってやれればと思います、あの、魔族と戦ったわけではないですが…」


「それは心配しなくていいのよ。今言ったでしょ。魔族およびその影響による戦死って…当然百花繚乱も送らせてもらうわ。

 私が言っているのは百花繚乱というパーティーをどうするかということよ。

 ミルテアちゃん、リーダーになってやってみる気ある?」


「わわわ、私ですか? むりです。むり……それに私は神官ですから、メインは神殿になりますし…」


「それは大丈夫よ。百花繚乱は歴史の長いパーティーですからね。その時代時代でいろいろな特色があったのよ。

 ダンジョン専門に活動していたこともあるし、魔法の研究のめりこんでいたこともあるのよ。

 一時期神官さんがリーダーをやって、慈善的な活動をするパーティーであっても何の問題もないわ」


「そういうものなんですか?」


「そうよ。私がリーダーをやっていたころは魔物のせん滅専門のパーティーだったわよ」


「そうですか…って…ええっっ!」


「ギルマスって百花繚乱の人だったんですか?」


 これは完全に寝耳に水だったようだ。

 ミルテアさんは目を見開いている。


「私のころは楽しかったわよ、ライバルパーティーに『桜吹雪』というののがいてね。ここも武闘派でよく競い合ったものよ…

 ちなみに桜吹雪のリーダーはフレデリカ・キルシュ様よ」


「「えええええっ!!」」


 驚愕の事実のオンパレードだな。まあ俺は何も知らんから驚きようもなけど。

 だがそういうわけでギルマスとしても百花繚乱がなくなるのは認めたくないということらしい。

 だがほかのメンバーはネム一人。そしてネムは加入して半年の見習いのようなものだ。

 それにリーダーを押し付けるのはいかにもまずい。すぐに倒れては本末転倒である。


 それにネムは結婚している。というかした。

 いずれ妊娠、出産ということになれば活動は難しくなる。


 しかもネムはすでに百花繚乱がないものとして活動している。百花繚乱は女だけのパーティーで、男の参加は絶対にありえないらしい。

 しかしネムは俺と組んで冒険者をやっている。


 俺が冒険者でなく、町でネムの帰りを待っているような立場なら亭主持ちでも問題はないようだが、そうではない。

 となるとネムは脱退という形にならざるを得ない。


 そんなわけでギルマスは絶対にミルテアさんを逃がさないぞという気迫で迫ってきた。


「わ…わかりました…どれだけできるかわかりませんが、とりあえず立て直しにご協力します」


「ありがとう、ネムちゃんも協力はお願いね」


「はい、できるだけのサポートはやらせてもらいます…でも亭主優先です」


「それはとうぜんね」


 話がまとまりかけたとき補佐官の人が外に呼ばれ、そして少しして戻ってきた。

 手には何かの書類。


「あら、ネムちゃんに指名依頼が来ているわ。依頼者はキルシュ前公爵様ね。ワイバーン討伐の手伝いをお願いしたいんですって」


 書類を見て内容を告げるギルマスにネムはテーブルの上にのめってしまった。


「それとマリオン君に伝言が来ているわ、これはロッテン侍従長からね。『弟子が師の手伝いをするのは当たり前』だそうよ」


 ぶっ!


 危うくお茶を噴き出しかけた。

 なるほどそうきたか。

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