第53話 魔動車

 第53話 魔動車



「こういうのはなんつうんだろ?」


「旅は道ずれだと思うわ」


 ミルテアさんの言葉に首をひねりながら俺は室内を見回した。

 空間としてはマイクロバスぐらいのスペースで、けっこう広い。でもいすなどは並んでおらず、ソファーやテーブルがしつらえられ、飲み物を用意するサーバーや簡単に食べ物をあぶれるコンロなどもある。


 奥側左右はハチの巣ような小部屋があり、数人が寝台として使える構造だ。

 その部屋はウィィィィィッというかすかな音を立てて動いている。


 窓の外には流れる景色。


 つまり今俺がいるのはものすごく豪華な構造のキャンピングカーの中なのだ。

 そしてこのキャンピングカー、俗にいう『魔動車』の持ち主は当然のようにフレデリカさんだった。


 物珍しくちょっと圧倒され気味に室内を見る俺をフレデリカさんは微笑ましそうにみている…のだが。俺の方はそれどころじゃない。

 こんなえらい人と同じ車で移動?


 旅は道連れなんていいもんじゃない。

 せいぜい呉越同舟だな。


「どうしました?」


「何でもないよ」


 のぞき込んでくるネムちゃんを見てなごむ。つい頭をなでてしまう。


 あれから二日。

 丸一日新婚気分でイチャイチャ(エロエロ)して俺たちは宿場を旅立った。

 目的地のベクトンまであと二日の行程だ。


 乗合馬車で行くつもりだった俺たちをフレデリカさんが一緒に行こうと誘ってくれて、ネムちゃんは自然に同意。ミルテアさんはこの魔動車目当てで同意したので俺に選択肢はない。

 あったとしても『フレデリカさんと一緒だと肩が凝るからいや』とは口が裂けても言えない。


 なのでみんな揃って旅の空になってしまった。


 しかしまあ、昨日は楽しかった。


 ネムちゃんはフレデリカさんから教わった知識をいかんなく発揮してくれた。


 彼女が教わったのは夫婦生活をお互いに楽しむためのテクニックいろいろで、実に素晴らしいものだった。

 一緒にお風呂に入ったときのポーズが艶めかしくて理性が飛んだり、お布団に入るときの恥じらいが可憐で理性が飛んだり、いとおしさがあふれて理性が飛んだりした。

 素晴らしいな先人の知恵。そして理性飛んでばかりだな俺。

 新婚ということで理解してほしい。


 そんな楽しい時間の陰で呉越同舟な旅の計画は進められていたらしい。

 くっ、しかし悔いはない。


 間が持たないのでもう少し魔動車の話をしよう。

 これが実に興味深いものだった。

 まず見た目が面白い。

 思わず聞いてしまったよ。『これは何でできているの?』と。


「これは甲殻獣の殻ですね。地面を這うタイプの虫型魔獣です」


 とネムちゃん。

 虫なのに獣とはこれいかに。


 まあそんな感じで昆虫の殻を使って作られたボディーを持っているのだ。この魔動車。そして前述したが室内はマイクロバス並み。

 ということはこの虫の殻もとても大きい。


 見た目は某アニメで目を真っ赤にして暴走していた巨大昆虫に似ている。


「ひょっとして、すごく丈夫で剣でも歯が立たないとか?」


「よくご存じですね。その通りです。打撃にも強いですよ。しかもすごく軽くて魔動車や飛空車を作るのにとてもいいんです」


 へー…


 空を飛ぶのもあるんだね…


 ただこれは自動車だ。


 構造は地球の物とはずいぶん違う。

 まずタイヤで動く。これは同じだ。

 前に大きめの太いタイヤが二つ付いていてこれが動力輪のようだ。これは固定されていて動かない。ただ回るだけだな。

 真ん中から後ろに小さいタイヤが四列ぐらいで並んでいる。

 車高は低いがこれならオフロードでも安心だ。そしてこのタイヤも固定されている。


 ではどうやって曲がるのかというと昆虫の首にあたるところに関節があり、左右に振れるようになっているのだ。

 この部分を右に左に曲げることでこの車は左右に旋回するのだ。


 後ろで曲がるから構造としてはフォークリフトが近いかもしれないな。

 一応サスペンションはついているし腹の下のタイヤが多いのでオフロードでもがたついたりせずにぬるぬる進む。

 実に面白い。


「これって魔力で動いてるんだろ?」


「そうです。コックピットに魔石を収納するところがあり、そこに魔石が格納されています」


 コクピットというのは頭に当たる部分だ。運転席になっている。

 そして魔石というのは当然あの魔石だ。


 魔石はいろいろなものがあるのだが、元は魔物の心臓だ。あまり見た目的によろしくないし、出力も低い。それを生成し、再結晶化させてキューブ上に固めたのが一般に動力として売られている魔石になる。


「でもこれに使われているのは天然ものなのよ」


「え? すごいです。これを動かせる天然ものなんてあまりないでしょ?」


「そうなの?」


「はい、安定していないと使い物になりませんし、これを動かせるレベルとなると…そうですね、ターリでオークションに回したあの魔石でぎりぎりでしょうか。

 あの魔石もきっとこういうところに使われるんですよ」


「あらあら、そんな魔石があったの?」


「はい、森の奥で戦ったエルダーゴブリンの魔石できれいな真球で、ターリの町でオークションの手続きをしたんです」


「あらあら、私に売ってほしかったわ」


「ごめんなさいおば様。まさかおばさまに会うなんて思わなかったら」


「あらあらいいのよ、タイミングが悪かったわね」


 基本的にギルドが買い取るのはつぶして再生成する魔石でそのまま使えるようなものはオークションになるようだ。


 じゃあ、これもオークションかな?


 あの地下のお化けの魔石は三つある。一つはちび助にやっちゃったから手元に二つ。

 ちょっと聞いてみようか…


「これって使えます?」


 何が悪かったって空気が悪かったんです。

 なんというか重苦しくて、ついしゃべらずにいられなかったんです。


 その魔石を出した瞬間空気が凍ったような気がした。

 みんなが息をのんだ。


 運転しているシオンさんまで固まったからさあ大変。

 魔動車は道をはずれ草原の中にガリガリと走っていってしまった。

 うん、オフロード車でよか

 ったね。


 ◆・◆・◆


 草原はかなり地面が悪く、雑草類も生い茂っていたがこの車、そんなのものともせずに進んでくれた。

 太い前輪がかなりごつごつしていて悪路でも進めるのだ。

 最高速度三〇kmぐらいらしいが、馬車は時速一〇キロ前後。しかも休みながらでないと走れないことを考えるとこの魔動車の航続距離は桁外れといっていい。


 その唯一のネックが動力となる魔石。

 こんな大物を動かす魔石はなかなかにお高い。


 魔石一個で二週間ぐらい走って、お値段は金貨一〇枚ほど。

 ガソリン満タン一〇〇万円…高い!


「できれば天然物が欲しいんだけど、天然物はなかなか出回らなくって…」


 お願いねと手を合わせられれば断れようはずもない。

 まあ、取っとく必要もないからいいんだけどね。


 人造魔石というのは結構安い。そのかわりに使ったらそれっきりで、また新しいのを買うしかない。

 だが天然物は魔力を消費してもしばらく置いておくと自然と回復するらしい。だから高い。しかも安定という意味で真球や正多面体の物でないと使えないそうで、オークションなどでものすごく高値が付く。


 公爵家といえどもそうなんこも保有できるものではないらしい。

 もちろんフレデリカさんの家では複数こもっているが、使いたい場所の方が多くぜんぜん足りてない。


「できれば複数個あるといいんです。一個を使っているうちに一個を回復させておけば際限なく使えますから」


 フレデリカさんが掲げるように持つ魔石を見ながらネムちゃんが教えてくれた。


「複数個ですか…はい」


 俺はネムちゃんの手を取り、上を向かせてもう一個の魔石をそこに置いた。


「「「「ええーっ!」」」」


 せこいこと考えても仕方ないから売ってしまおう。

 さすがにこれで終わりだよ。


 商談は速やかにまとまった。

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