第47話 決意
第47話 決意
「ふいぃぃぃぃぃぃっ」
思いきりため込んだ息を吐きだした。
やっぱ大きい風呂はいい。
そして露天風呂はさらにいい。
と言うわけで俺は今宿屋の風呂につかって空を見上げている。
あの後呼びに来たネムちゃんに連れられ大浴場に移動したのだ。
風呂はまだ開いたばかりで時間が早いせいかまだ人は居なかった。入っているのは俺達三人だけだ。
と言っても勿論男女は別だよ。
一人になったのでさっきのことを思い出す。
やはりネムちゃんとフレデリカ・ルーアさんは知り合いだった。
それもかなり長い付き合いらしい。
ネムちゃんのお祖母さんの代からの付き合いで、ネムちゃんのお祖母さんはルーアさんの親友なのだそうだ。
なのでネムちゃんもネムちゃんのおかあさんもルーアさんには可愛がってもらったらしい。
そのネムちゃんをみてルーアさんは驚いていた。
「ネムちゃん、あなたお片付きになったと聞いたけれど…」
そんな感じで吃驚していた。
お片付き、というのは縁談がまとまるという意味だ。言霊のおかげで意味は通るのだが、これはかなり古い言葉だ。
日本ではかなり昔に上流の人たちが使っていた言葉だったような気がする。
そういう言葉で聞こえるということはやはりフレデリカさんもかなり良いところの人なのかもしれない。
この出会いに対してネムちゃんはかなり慌てていた。ワタワタしていた。珍しいことだ。
「あの、その、えっと、その縁談はですね、納得いかないというか…その…」
みたいなことを言っていた。
つまり。
「あら、家を飛び出してきたのね?」
ということらしい。
「うっ、フレデリカおばさま、あの、このことは…」
と慌てるネムちゃんにフレデリカさんはにっこり笑って。
「大丈夫よ、多分お父様が暴走したんでしょ。貴方のお母さんもお祖母さんも用意された縁談が気に入らないと言って家を飛び出して旦那さんを見つけてきたんだからもう伝統みたいな物よ。
気にすることはないわ、納得いくまでやりなさい」
そう言ってコロコロ笑うルーアさんに、今度はネムちゃんが吃驚していた。
それに母親と祖母に関してはなにか思い当たることがあるようで、『そうなのね、そういう事なのね…』なんてつぶやいていた。
じゃあ、後でお部屋に遊びにいらしてね。風の間ですから必ずよと帰って行くルーアさん。
それを見送りながら、『やった。これで堂々と家出ができます』と言ったネムちゃんが面白かった。堂々とした家出、いいんじゃないか。
現在そのネムちゃんは隣の女湯で…あれ…何してるんだ?
風呂などでは魔力視はできるだけ使わない様にしている。マナーとしてね。覗きはダメ。
でも耳がある限り音が聞こえるように、魔力視があると全方位の魔力反応は知覚されてしまう。
姿は見えなくてもなんとなく動きは把握できるのだ。いや、できる様になってきてしまった。
やはり地下のあの何も無い部屋と違ってここには生きているあれやこれやがたくさんあるのでどうやら感覚の学習が進んでいるらしい。
それによるとネムちゃんが男湯と女湯を隔てる岩のところに近づいていくる。
この露天風呂はかなり大きい岩風呂で、真ん中に大きな背の高い岩があって男湯と女湯を隔てている。
岩は完全に壁になっていて横には動けないのだが、実は上は移動できるのだ。
その岩のまえで佇んでこちらを気にしている風なネムちゃん。
『まさか登る気じゃないよね』
そう思ったから魔力視を強くして様子をうかがう。
だが…それは気の回し過ぎだった。ただ立ってじっとこちらを見つめている。
なにかを考えているらしい。
彼女の裸体は美しくまるで芸術のようだ。
だがこれでは覗きになってしまうのですぐに解除。
だがその雰囲気はただ事ではなく、ネムちゃんもなにか色々ありそうだな…なんておもう。
やがて一人二人と風呂に入ってくる客がふえ、気さくに声をかけてくる様になり、少しはにこやかに対応していたのだが、さすがに話を続けるとぼろが出そうなので早々に退散することにした。
うーん、もう少しこの世界の常識を身につけないといけないよね。
◆・◆・◆
「あの…マリオンさん」
風呂の入り口のところにあるベンチに座り、涼んでいるとネムちゃんがやって来た。
着ているのは宿屋が用意してくれている室内着でムームーのような服だ。
ネムちゃん、スタイルがいいから何着ても美人さんだね。
「あの…マリオンさん私と…」
やはりつい胸に目線が言ってしまったのだが、目線をあげて彼女の顔を見てどきりとした。決意に満ちた顔。というのはこういうのを言うのだろうか。
そしてこれは告白とかそういうものではないのか?
イヤイヤまさか。
「けっ…」
『け?』
まさか、本当にまさか…
「決闘してください!」
なんでやねん!
と、突っ込みそうになった。だがなんとかこらえる。
ネムちゃんの顔は真剣その物で、巫山戯ているような雰囲気は全く無かったからだ。
これは茶化したりしてはいけない場面だな。うん。
さて、どうする…どういうことだ?
じっと彼女を見る。
彼女も目を逸らすことなく俺を見ている。
ふう、と大きく息を吐く。
「分かった。お相手しましょう」
よくわからないけどこれは彼女にとって大事なことなのだろう。
「ありがとうございます」
彼女はなぜか喜びを顔に浮かべ、勢いよく頭を下げた後、部屋に向かって走っていた。
うん、分かる。こんな雰囲気の後、一緒にいるというのはムリだよね、なんか間が持たない。
でもここ宿屋で…同じ部屋なんだよ…
とないしょ…
◆・◆・◆
「責任重大ね~?」
「ああ、ミルテアさん…」
直後、にょろんと出て来たミルテアさんが変なことを言う。
「責任ってなんです?」
「あの子達獣人族というのはいろいろな重要な事を決めるときとか、決断するときにね決闘みたいなことをする習慣があるんですよね~。
誰かよりも強くあること、あるいは誰かが自分より強いこと、それはものすごく大事なことなのよ、あの子達に取っては…」
「なるほど」
なんか分からんがよくわかった。つまり彼女は俺との決闘を通じてなにかを定めようとしているのだ。
「そういう事なら、全力でお相手しましょう」
「ええ、お願いね。できれば勝ってあげて」
「ふむ…その方がいいんですかね?」
「もちろんよ~彼等は力を競うことにはいつでも真剣その物だから~マリオンさんなら間違いなく勝てると思いますけどね」
気楽に言ってくれるなあ…ネムちゃんは強いんだぞ。
ちょっとイメージしてみる。魔法を行使して縦横に戦う俺と武器を持って正攻法で戦うネムちゃん。
……ダメだろこれ。
「魔法込みでなんでもありだと勝てると思いますけど、武術で戦うというのは経験なんかありませんよ? どういうルールなんでしょう?」
「あ゛」
あっ、ミルテアさんの顔が壊れた。
なんとなく分かったよ、あくまでも肉体言語なのね。
そうなるとスペックだけで…いけるか?
今までの旅でネムちゃんがかなりしっかりと武術を学んでいる事は明白だ。
対して俺は素人。
頼りになるのは魔力回路による身体強化のみ。
厳しいのじゃないかな?
「だだだ大丈夫ですよきっと…ネムちゃんだってあまり本気は出さない…かも知れないし~」
あんたさっきと言っていること違うよ。
「ああっ、見つけた!」
いきなりそんな声が聞こえた。そしてバタバタと走ってくる足音。
この宿屋は従業員もしっかりしているのに珍しい。
その仲居さん(でいいのか?)はミルテアさんに走り寄った。
「申し訳ありません、神官さま。司祭さま…確か大地神殿の司祭さまでございますよね?」
かなり焦っているようだ。
「はーい、そうですよ」
ミルテアさんはマイペースだ。
「申し訳ありません、急患なんです。見ていただけませんでしょうか」
「わかりました」
マイペースなんだけど、ミルテアさん即座に承諾し仲居さんについて歩き出した。
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