第48話 魔法治療

 第48話 魔法治療



「え? フレデリカおばさまが?」


 事の成り行きをネムちゃんに説明するとネムちゃんは驚愕して声を上げた。

 そう、急患が出たのは『風の間』だったのだ。

 だがそれでなぜルーアさんになるんだろうか?

 ああいう人が一人旅とかはしないと思うのだが…


「いいえ、この町だって多少の治療ができる治療士ぐらいはるはずです。宿屋でおつきあいのある人がきっと。

 普通はその治療士に見せて、後は様子見になると思います。

 それでも神官を高位の神官を呼ぶというのは、万が一があってはいけない相手、高貴な方…

 そう考えるとフレデリカおばさましか考えられません」


 なるほど、ものを知らない俺は『そういうものか…』と納得するしかない。


「ちょっと行ってきます」


 そう言うとネムちゃんは部屋を出て行った。

 さて、俺はどうするか。


 昼間会った上品で優しげな老婦人を思い出す。


「まあ、まったく知らない人じゃないし、ミルテアさんの手に負えないようならちょっかい出してもいいかな」


 俺も部屋をでて風の間に向かう事にした。


 ◆・◆・◆


 風の間は一際立派な部屋で多分この宿屋で一番いい部屋だろう。

 その部屋を仲居さん達が水の入った桶などを持ってぱたぱたと出入りしている。


 ネムちゃんの反応は既に部屋の中だ。


「ふーむ。これでは分からん」


 仕方ないので魔力視を使う。

 部屋を透視して中をのぞく。


 緊急事態だから仕方ないのだ。


 部屋の中にはとこが延べられて居て、そこに先だっての老婦人が横になっているのが見えた。色がない世界なのですべてがグレーのグラデーション。

 ルーアさんの脇にミルテアさんがいて手を握り、脈を診ている。

 何か言っている。


「ダメだわ…回復魔法をかけても一時的に良くなるだけでまた状態が悪くなってしまう…」


 少し離れたところでネムちゃんが心配そうに見ている。

 その脇には知らない女の人が二人。

 軽装だが多分戦闘職の人だろう。


 反対側で髭の爺さんが沈痛な面持ちで座っていて、その隣に先だって会った女将さんが居る。

 この爺さんは薬箱を持っているからこの町の治療士の人だろう。


 治療士というのは『医者』に相当する職業で、回復魔法が使えて、病気の知識があり、薬や魔法で病人けが人の治療に当たる人のことだ。

 結構なエリートだと思う。


 しばらく見ているとルーアさんは激痛に耐えるように歯を食いしばり、お腹の辺りを押さえて丸くなる。

 そして右に左へと体勢を変える。

 これはかなりいたいときに人間がとる行動だ。

 のたうち回るの一歩手前。


 一体何の病気だろう…


 ルーアさんが苦しみだしてすぐミルテアさんが回復の奇蹟を神に祈り、するとしばらくはルーアさんの様子が落ち着く。


 ルーアさんの病気を把握できないかと思って魔力視を向けるとやはり魔力抵抗を感じる。

 うーん、困った…


 待てよ。魔力だから魔力にはじかれるんだ。

 だったらもっと上位の力だったら?

 源理力だったら?


 そう気が付いた瞬間何かが切り替わった。

 魔力視が魔力抵抗をすり抜ける。


 よっし!


 改めて診察というか解析を繰り返しながら様子を見ていく。

 おなか右側の下に熱を帯びた部位。そこから激痛が生まれているみたいだ…ってこの形は見たことがあるぞ。虫垂じゃないか?


「ミルテアさん…」


 心配そうに訪ねるネムちゃんにミルテアさんも普段の間延びした話し方ではない話し方で説明をする。


「これは盲腸です…早いうちにくりかえし回復の奇蹟をかければ治せる物なんですけど、これは急性で…急性の場合は痛みがひどく…回復まで体力が持つかどうかが鍵になります…少しずつ悪い物は散っていると思うんですけど…

 患者さんはご高齢ですから…」


「おばさま…」


 凄いな、盲腸とかも魔法というか神様の奇蹟でなおるんだ。

 でも急性の場合は激痛があるのでなおるまで体力が持つかどうか…と言う事らしい。


 うーん、どうしよう。

 虫垂の位置は…分かるな。お腹を開けて虫垂を切り取って、回復魔法をかければ治ると思うんだが…

 別に俺は医者ではないし、医学知識が豊富というわけでもない。果たしてうまくいくかどうか…


 どうしようかじりじり考える。


 ネムちゃんの心配げに曇る顔。

 真剣その物のミルテアさんの顔。


 よし、やってみるか…

 いざとなったら奥の手があるから何とかなる…多分。


 俺は風の間のドアに手をかける。


「ありゃ、鍵が閉まっている」


 だが権能を伸ばして、重力制御で鍵を開けてしまえばオッケー。


 中に入って。

 どうどうと。


「おじゃましまーす」


「マリオンさん」

「マリオン君、どうしたの」


 驚く二人。

 そしてバネ仕掛けのように立ち上がって迫ってくる女の人二人、この二人はリリアさんの護衛なんだろうな。


 悪いけど重力制御点で動きを封じさせてもらおう。力場の壁でルーアさんと俺たちを囲んでしまうのだ。

 見えない壁に阻まれてはいれない護衛二人。ほんとごめん。


 俺はそのまま布団の傍に進んでリリアさんの患部に触れる。

 直接触れると魔力抵抗が下がるのでより詳細に患部が見られる。うーん、でも生きている人間の詳細な内臓構造なんてできれば見たくなかった。


 でもやっばり虫垂炎だ、しかも破裂寸前だ。


「ミルテアさん、正直に答えて、これ虫垂炎だよね、ミルテアさんの魔法でなおる?なおるんなら、何もしないけど…」


「それは何とも…」


 ふむ、見立てに自信がないのかな? 

 そうだ。


「ミルテアさん、患部だけを鑑定してみて、ここ。神様の目を借りて見てみるといい」


「え? そう言うのありです?」


 まあ多分何か見えるよ。


 彼女は俺に言われたとおり鑑定の奇蹟を使ってみた。そしてがっくりと肩を落とす。


「だめです…このままじゃ、そう長く持たないと思います…お腹のとこ悪いものがたまっていて、今にもはじけそうです…はじけたらそれで…」


 その言葉に護衛の女の人やネムちゃんも青ざめた。


「よし、それなら俺がやろう。そうだ。痛み止めのだれか麻痺の魔法とか仕える人居る?」


 護衛の一人が手をあげた。よしよし。


「それじゃルーアさんに触れて軽くかけてあげてください、痛み止めになると思うから」


「ええ。そんな使い方が…」


 状態異常魔法に麻痺というのがあるのは勉強している。それは神経の伝達を阻害して動きを封じる魔法らしい。かかるとまるで体がなくなったような錯覚に陥るらしいから麻酔みたいな物だろう。

 それにダメだったらすぐに解除すればいいから。


「早くしないと死んじゃうよ」


「はい」


 意を決したように護衛の一人が麻痺の魔法を使う。【×××・×・××××・××××・パラライズ】」


 ルーアさんがビクンとした。


 あっ、あ…と声を漏らしているが顔からは険しさが取れた様に思う。ちょっと危ない感じだが、上手く調整すると麻酔になるな。


 さて、後は摘出手術。

 ささっと服をはだけて患部を露出させ、【クリーン】の魔法で周辺を清める。

 さらに【回復】の魔法を起動させつつ、右手を力場でおおう。


 俺は指を伸ばしてゆっくりとルーアさんのお腹に降ろしていく。指はなんの抵抗もなく彼女の腹を突き破り内部に潜り込んでいく。


「ひっ」

「何を」


 護衛とネムちゃんが引きつったような声を漏らした。

 ミルテアさんだけは厳しい顔で俺を俺の手元を見ている。


 指は肉を優しく引き裂き進んでいく、回復が不要な破損を修復し、止血にも貢献する。

 回復の複合性能には舌を巻くなあ。回復の本質は細胞の分解と再生だ。

 壊れた細胞を分解し、必要な細胞を再生する。

 しかも遺伝子情報をもとに適切に。


 それでもなかなか維持が難しい。壊しているのも俺で治しているのも俺だ。両方を同時進行でやるとイメージが維持しづらい…

 何か継続的な癒しになるようなイメージはないかな…深く考えなくても『いやしてますよー』というようなイメージ…


 うーん…


『ああ…癒しの神獣よ…マルナ…ルトナ……』


 ネムちゃんが小さな声で祈っている…まるでマントラみたいな…って…いいじゃん。それがあるじゃん!


『オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ』


 詳しい意味はしらない方がよいそうだ。

 だがこれは仏教の薬師如来の真言で、かの仏のお力を借りたいとき、病から助けて欲しいとき、怪我から助けて欲しいときに唱える物で、霊験あらたかとされている。


 俺はオタクなので真言なんかは結構知っていたりするのだ。

 ついでに両親を早くになくした関係から仏教にはちょっと思い入れがある。

 今それを思い出した。


『オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ』

『オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ』


 真言が自然と治癒のイメージを発揮する。


 その間に魔力視で体内を詳細に見ながら虫垂に手を伸ばし、それを根元からつまんで切断する。回復魔法で根元を分解してしまえばいい。

 と同時に回復魔法が切断面を修復し、毒素を除去していく。

 これは毒だって分解できるのだ。


 そしてゆっくりと手を引き抜く。

 その間も真言は唱え続け、手を引き抜くと同時進行で腹の傷も閉じていく。最後に手を引いた時には腹部の傷は跡形もなかった。

 ついでに麻痺の効果も除去するイメージで回復を全身に広げていく。

 これでいいいかな?


「盲腸って言うのは腸の先にあるこれが炎症起こす病気ね、これを取っちゃえばなおるんだよ」


 ミルテアさんは俺の手にある虫垂をしげしげと観察している。

 かなり腫れてておっきい。護衛や女将さんは完全に引いていた。


「あり…がとう、どうやら命拾いしたようね…」


 ルーアさんがゆっくりと起き出す。

 うん、問題ないようだ。


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