第43話 地より沸き立つもの

 第43話 地より沸き立つもの


「何が?」

「ひいっ」

「ああ、感覚が…」


 盗賊たちは真下からの光に照らされてパニックになっていた。


 この世界では魔法というのは生活に役立つレベルで普及している。誰でも何であれ魔法が使えたりするのだ。

 火をつけたりちょっと何かを冷やしたり、暑いときに風をふかせたり…


 だが攻撃魔法というのはちょっと別格だったりする。

 なぜなら殺傷力の高い間接攻撃だからだ。


 地球で言えば拳銃とかバズーカとかの位置づけだろう。


 わりと初歩の【ファイアボール】や【サンダーボルト】だってかなりの殺傷力を持っている。

 魔法使いとは警戒すべき存在で、見つけたら最初に排除すべき敵なのだ。

 盗賊に混じっていた弓兵も魔法使いがいた場合にまずこれを排除するためにいたのだ。


 その魔法使いが魔法を使って、しかもそれが見たこともないものだった場合どうだろう。

 普通は泡を食うのではないだろうか。


 おまけにその魔法は大きなダメージを負う…というようなちゃちなものではない。はずだ。うん、まともに使うのは初めてだしね。


「ああ…まっしろ」


 下からの光で照らされて盗賊たちが白く染めあげられていく。

 いや、染められていくのではなく色が抜けていくのか。


 見ている前で人間が解け崩れていく。


 盗賊たちのパニックはさらに進み、じたばたと動き回る。まるで踊り狂っているかのように。そして砂が崩れるようにさらさらと、踊りながら崩れていく。

 これが【地より沸き立つもの】だ。攻撃対象(生き物)を塩に変え崩してしまう魔法だ。


 限界を超えた盗賊が一人倒れる、そしてそのまま崩れて塩の柱に…

 知識として知ってはいたがこれはなかなか衝撃的だな。


 いつしか盗賊たちの声が消え、そのときそこには塩の山と、かつて盗賊だった者達の装備が転がるだけだった。 


「そんな…この魔法って…この魔法って…まさか…」


「ん?」


 なぜかミルテアさんがプルプルしている。


「あの、マリオン君…これって【白き裁きの光】じゃ…大昔、古代王国を滅ぼしたという神様の天罰…すべてが塩になり果てた…」


「んん? いえいえ、そんな名前ではないですよ。それに神様も関係ないと思うけど…まあ、古代魔法王国で生まれた魔法だとは聞いています。

 長距離広範囲殲滅魔法…

 僕が師匠から教わった五つの魔法の一つです…結構難しいんですよ」


「ええっと…」


 ミルテアさんはそう言うとドスンと尻もちをついた。


「ごめんなさい…いろいろ…その…」


 うーん、ちょっとインパクトが大きすぎたかな。


「あっ、本当にお塩です」


 ネムちゃんはその間にお塩の散乱する所に行ってちょっとなめていたりする。人間由来ではなく近くの樹木が塩化したところだが、なかなか良い度胸をしている。


「えっと…私が聞いた伝説だとこの魔法の他に【黒き嘆きの雨】というのがあって…古代王国の末期に神罰として世界を滅ぼしたと…」


 へーほー、そんな風に伝わっているのか…

 この魔法がオルソスルーマーの最後に使われたというのなら…何があったのか想像が広がるまあ…


 ミルテアさんによると古代の魔法王国が栄えた頃、人間は思い上がって神様の怒りを買い、白と黒の天罰によって裁かれた。という伝説があるらしい。

 これは諸説ある中の一つで、現在の世界はそのときにかろうじて許されたわずかな人間が再建した物である。


 と言うのだ。


 他には『邪悪なる存在に世界が席巻され、人が滅びかけたときに神が現れて人を救った』と言う説や、『事故による参事』『天変地異説』などいろいろあるようだ。


「多分その黒い魔法も僕が教わった物で間違いないと思います」


 隠すという選択肢が一瞬頭をよぎったがそれはやめた。そうすると『天より降り注ぐもの』が使えなくなっちゃう。

 

「ええっと…ちょっと休ませてください…」


 俺の話を聞いたミルテアさんはよたよたと近くの木のところまで移動して腰を下ろしてコテンと倒れた。ショックが大きすぎたようだ。


「ネムちゃん、ミルテアさんに着いていてあげて」


「はい、マリオンさんは?」


「僕は後始末かな?」


 盗賊はあと二人残っている。

 魔法の範囲を制限したためにはみ出した者たちだ。


 茫然としたのと、腰を抜かしたのだ。当然二人とも戦意は喪失している。


「さて、どうしたものか」


「捕まえるのがいいと思います。仲間がいるかもしけれませんし、余罪もあるでしょう。次の宿場までもう二鐘もあれば付きますし、役人に引き渡すべきです」


「なるほど、確かに」


 俺の魔法のことをしゃべられた場合どうなるか? という気はしたが、まあなるようになるかと腹をくくった。

 口封じのために殺すというのもいかがなものかという気はするしね。


 たしかロープ類も…あった、しまうぞう君に入っていたよ。ターリで買った基本道具だ。


 ◆・◆・◆


 縛り上げようと近づいていくと離れた位置にいた一人、茫然としていた男が奇声を上げて走り出した。

 何を言っているのかわからない。

 たぶんもう精神が限界だったのだ。


 追いかけて捕まえるというのも無理ではないと思う。

 だが俺はショートカットからライフルを取り出して構えた。


 追いかけるということはここにへたっているミルテアさんとネムちゃんを盗賊と一緒に放置するということになるからだ。


 そのまま引き金を引く。


 つぱぱぱぱぱぱ…!


 毎分一二〇〇発のビームに穿たれ踊るように倒れる盗賊。

 これで盗賊は残り一人だ。


「どうする? あんたも逃げるか?」


 腰を抜かしていた盗賊はまだ若そうだ。

 彼は青ざめ、涙ぐみ、歯をがちがち言わせながらブルブルと首を振った。


「ごめんなさい、ごめんなさい…生まれてきてごめんなさい…」


 ガクブルである。


「まあ、これで一人確保か」


「はい、問題ありません、情報は一人いれば取れますから」


 ミルテアさんは復活してもどってきた。


 そして盗賊の前に立って傲然と彼を見下ろした。

 ミルテアさんは盗賊にかなり思うところがあるようだ。


「あなた。あなたはこれから役人にひき渡されます。素直に知っていることを話せば命は助かるでしょう」


「はい、はい、必ず正直に話します」


 うん、盗賊は完全心が折れているね。尋問に手間がかからなそうだ。


 俺はその間に撃ち殺した盗賊に歩み寄り、観察する。

 死体だな。

 ハチの巣というやつだ。


 それでも忌避感は感じなかった。

 いや、むしろ当然だ。という気がする。


 この男は自らの意志で戦うことを選んで、そして敗れて死んだのだ。

 これがこの世界なのだな…と思う。


 これは正しいことだ。

 もしここにいるのが俺たちではなく、もっと普通の旅人だったら、男はその場で殺され、女たちは死ぬまでなぶりものだったろう。

 だからこの男が死ぬのは正しいことだ。


 だが死んでいく男に対して大した感慨を抱かない自分にちょっと衝撃を受けた。


 正しく死んでいけるのだからこの男はまだしも幸せだ…そんな風に思う。

 翻ってあの地下でただ消滅する恐怖に震えていた自分を思い出した。


 そしてああ、と納得する。

 どうやら俺は結構壊れているようだ。


 だが荼毘にぐらいは伏してやろう。

 俺は炎を編み上げ、死体を焼却する。

 轟轟と燃える炎は盗賊を灰に変えた。


 やっぱり異世界はいろいろハードモードだ。


 ◆・◆・◆


 盗賊たちの装備品と身分証を回収し、道を急ぐ。

 意外なことに若い盗賊が積極的に歩いていた。


「当然です。この状態で野宿ということになれば安全のために『生きたまま』から『首だけ』に予定変更になる可能性がありますから」


「当然ですよ? 盗賊のためにリスクを負うというのは本末転倒ですもの。盗賊の捕縛は私たちの仕事じゃないわ」


「ひいっ」


 そんな声を聴いて盗賊はまた一生懸命歩く。

 なるほどそりゃ一生懸命にもなろうというものだ。


 そして直に宿場の門が見えてきた。


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