第44話 閑話 その後の幼女 ①

 第44話 閑話 その後の幼女 ①



「きゃう~♡」


「ご機嫌ねえ、ラウニー」


「あきゃ~。てぃー」


 太い木の枝に腰掛け、楽しそうに尻尾を揺らしていたラミア幼女は下からかけられた声に嬉しそうに手を振った。

 下にいたのは彼女の母親代わりの女性で、年のころは三〇ぐらい。成熟した美女という感じのスタイルのいい女性だった。


「ティーじゃなくてティファリーゼよ。もう少しね」


 てぃーは女性の名前だったようだ。


「また舐めてたの?」


「あい」


 幼女は自慢げにコバルトブルーに輝く魔石を掲げて見せた。もちろんマリオンが魔力を込めに込めまくった魔石だ。


 ラミア幼女『ラウニー』の一番の宝物だったりする。


 上質の魔力の塊であり、ちょっと舐めるだけでかなり調子がいい。

 それがまたうれしくてどや顔で自慢せずにいられないのだ。


「る?」


「あらあら、それはあなたのよ。あなたが食べなさい」


 そう言われたラウニーはにぱっと笑ってまたその球を首にかけた皮袋にしまう。それはいつも服の下に入っているものだ。


「それにしても何者かしらねえ…人間が魔族の私たちにこんなものを渡すはずはないと思うんだけど…

 だけどあんな浅いところにほかの魔族がいるとは思えないし…」


「にいに」


「そうね。お兄ちゃんね」


「おにく」


「そうね、お肉くれたのよね。おいしかったね」


「あい」


 マリオンがくれたピンクの羽根つき豚はみんなでおいしく頂かれました。

 焼肉のたれがすごく好評だったりした。


 ティファリーゼにとっても忘れられないほどのおいしさで、ラウニーは思い出すだけで口からよだれが垂れるほどだ。

 そもそもピンクの豚自体がすさまじく高級な食材で、なかなか手に入らないものでもある。

 高位の魔族であるティファリーゼの力をもってしても。


 あまりのおいしさにみんなで食べつくしてしまった。

 もちろんフィーリアの分はラウニーが死守したが。


 そしてその時のことを思い出す。


「まったくこんな小さい子から食べ物を取り上げようなんて、だから魔族は進歩がないというのよ…もっと理性的でないと生き残れないわ」


 それは独り言だったが思いがけずいらえがあった。


「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。力こそが魔族の本分だろう? ほしいものは奪ってくればいい、逆らうやつはぶち殺せばいい。それだけじゃないのかよ」


 がさがさと草叢が動いてそこから数人の男たちが出てくる。

 みんながみんなラウニーのように人間をベースにしてどこかしら獣の特徴を持った者たちだ。

 獣人と違うのは人間よりも獣に近いということ。

 下位の魔族だ。


 彼らを見てティファリーゼはため息をつく。

 魔族というのは確かに大きな力を持っている。


 人間が魔法やスキルを駆使して、しかも集団になってやっと対抗できる生き物。それが魔族だ。

 致命的に絶定数が少ないという欠点がなければ世界は彼らのものになっていただろう。


 だがティファリーゼは考える。


 今、現にそうなっていないということの意味を。


 もし力だけで片が付くのなら魔族は世界の王になっているはずなのだ。だが現実はそうではない。

 人間は間違いなく魔族にとって脅威なのだ。


 魔族が最終的に人間の姿に近づくのは人間を恐れているからだとティファリーゼは考えている。


 だがティファリーゼのように理性的な魔物は少数派だ。

 まあ、だからといってそれが弱いという意味ではないのだが。


「ほしいものは手に入れる。こんなふうに『ぶぎゃっ!』」


 先頭にいた若者の姿がかすみ、次の瞬間カエルがふみつぶされたような声が続いた。


 その魔族が狙ったのはラウニーのもつ魔石だった。


 魔族の間では強いものが正義という風潮は確かにある。弱いものから強いものが奪うというのは往々にあることだ。


 だがそれはより強いものには無力ということ。


 猛スピードでラウニーに駆け寄る魔族の顔面に、ティファリーゼはあっさりとその拳を叩き込んだ。

 カウンターではいった鉄拳にその魔族の顔をゆがみゆかいになっている。


「無能が」


 ティファリーゼはそのまま拳を押し込み、魔族の顔面を地面にたたきつけた。


 ズゴンという音が響いて地面にひびが入る。

 全く容赦のない一撃だった。


「もう、やんなっちゃう弱いくせに」


 ほほに手を当ててわざとらしく嘆いて見せるティファリーゼ、殴られた一人は完全に沈んでいる。


「てめえ」

「やっちまえ」

「この人数なら!」


「数を頼む段階でもう敗者だって理解しないとだめなのよ」


 森にしばらく暴力的な音が響き、そのあとにはぼろ雑巾になった魔族が転がっていた。

 ティファリーゼ、この森の魔族で一、二を争う実力者だった。


「まったく自分の力じゃ何もできないんだから…

 しばらくラウニーから目が離せないわね…」


 ティファリーゼの感覚では幼女の持っているものを欲しがる段階ですでに恥さらしである。


 ちなみに当の幼女ラウニーはティファリーゼの活躍に楽しそうにぱちぱち手をたたいていた。


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 ※ 35話でラミア幼女を迎えに来たのはこの美女さんでした。

 ※ 以前マリオンが聞いたふぁとかてぃとかの音は迎えに来たティファリーゼの名前でいした。『ラウニー、ティファリーゼが迎えに来ましたよ~』といった感じで。

 ※ 魔族は思ったよりも高い知能をもった…ものもいるようです。


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