第40話 旅立ち

 第40話 旅立ち



 翌朝俺達は予定通り町を出発した。

 ただ何事もなくとはいかず、旅立ち前にいろいろあった。


 まず宿屋の女の子たちがお見送りに殺到したのだ。


「今度来たときは私を誘ってね」


 そう言ってさりげなく抱き着き、大きな胸を押し付けてくる女の人。


「私結構自信あるのよ。今度勝負しましょう?」


 というのはなんかエロい感じのお姉さん。


「えっと、わたしまだ最後まで行けたことないんです…教えてほしかった…です」


 といって腰を擦りつけてきたのはまだ幼い感じの女の子だ。


 どうもリリアが俺が金払いがいいこと。そしてエッチで完全にノックアウトされたことなどを自慢したようでこういう事態になった。

 リリアばかりずるいということで今日あたりからほかの女の子も…という話になっていたらしい。

 いやー、危ない危ない。


 現在ネムちゃんが俺の左腕に絶賛噛みつき中なんだよね。さすがにちょっと痛い。


 だがその女の子たちの興味もすぐにそれた。

 英雄の期間だ。


 魔族の討伐を成功させてロイド君たちのパーティーが返ってきたのだ。

 先ぶれなどもないいきなりの帰還だ。


 まあ普通冒険者は先ぶれなんか出さないか。


 あの時あった若い新人も怪我はしているようだが全員生きていた。なんとなくよかった。


 そのほかにもの十数人の冒険者がいて、そのうち半分ぐらいは満身創痍だ。

 なかなか大変だったようだ。


 ロイド君は俺たちに気が付き、話しかけてくれた彼は『これで騒動も終わりさ』『クコ達の敵が討てたかな』と言ってニカッと笑った。無駄にいい男だ。

 そしてお嬢さんがたの黄色い悲鳴が響き渡る。


 状況に気が付いた門番や冒険者が騒ぎ始め、大騒ぎになり、歓迎ムードが爆発した。

 ロイド君やリリさんだっけ? みんな町に引っ張られていき、俺たちは寂しく取り残されたが、英雄と対抗するきなどないから別にいい。


 宿屋のお姉さん? 彼女たちはプロだよ。こんなものさ。


 しかしあのゴブリンたちの異常行動がその魔族というやつの所為ならこれで本当に騒動も終わりだろう。

 そして…


「みんなの良い供養になったわね」

「はい」


 ネムちゃんたちには感慨もあるだろう。

 本当に一つの区切り、良い旅立ちとなった。


 ◆・◆・◆


「で、このあたりも誰かの領地なんですか?」


 俺がそう聞いたのはこの国のシステムを教わっていたからだ。


 この国は貴族社会で、国王の下に貴族がいて、貴族も自分の領地を収めている。

 話を聞くと合衆国のような感じらしい。

 各貴族領は言ってみれば一つの国で、それが集まって『コウ王国』という国を構成している。


 じゃあ国王の権利はどうなのよという話になるのだが、王様はちゃんと王様である。

 最も広大な『天領』という直轄領を持っていて財力も軍事力もとても強い。

 そして国をまとめるものとしてほかの貴族への命令権とか、各軍の指揮権などもあってその力は強大だ。

 逆に言えば王というカリスマがあるからここは合衆国として成り立っているのだ。


 では各領主側から見た場合そういう国であることのメリットが何かというと、これは数の力というやつだろう。


 魔物や他国との戦闘になった場合、一つの領地では対抗できなくてもみんなで協力すれば何とかなる。みんなで協力すれば赤信号で突っ込んでくる車ぐらい踏みつぶせるというわけだ。


 で、この国の貴族だが『上級貴族』と『下級貴族』に分かれる。

 上級貴族というのは『公爵』『侯爵』『伯爵』の三階級で、下級貴族が『子爵』『男爵』『騎士爵』の三つだそうだ。


 分かりやすく昔の日本を例にとると国王は『将軍』で、上級貴族は『大名』下級貴族は大名に仕える『武士』になる。

 つまり子爵、男爵、は上級貴族から領地をもらってその貴族に使えている貴族で、騎士というのは領地なしで俸給で貴族に使える貴族なのだ。


 そして上級貴族は下級貴族を任命する権利がある。

 子爵男爵は領地貴族なので任命するときは自分の領地を分けてやるか、新たに開拓して領地を作るかしないといけないわけだな。


 ターリの町も現在周辺の開拓を進めているのでいずれはナンチャン子爵とかカンタラ男爵とかの領地になるのかもしれない。


 だが問題はそこではない。日本にいると国境というのは海の向こうなのでわかりやすいが、外国などは道を歩いていたらいつの間にか隣の国なんてのもあったりする。

 つまり自分が歩いている所が誰の領地なのかわからないということになり、これはなかなか気持ち悪い気がする。


 中には自分の土地だからと道を歩くのに通行料を取るような奴もいるらしいのだ。


「まあ、あまり心配はいらないわ。大きな街道の周辺なんかは大概公爵様の直轄領で誰かの領地というのはまずないから。

 キルシュ公爵という方は頭のいい方で、こういう流通のかなめになる道は全部直轄地にしちゃっているのよね」


 なるほど。

 つまりどこの領地であっても街道まで出れば移動は自由と。

 この街道を領境にして、街道そのものには下級貴族の支配権が及ばない。という形で領地が割り振られているらしい。

 他にも直轄地をはさんだりね。


「じゃあこのまま行ってもどこかの領地によるというようなことはないんですか?」


「はい、そうなります。うまく考えてますよね」


 ネムちゃんも外国の人だから一緒に感心している。


 しかしそうなると、目的地のベクトンまでずっと野宿?


「まさか。ちゃんと宿場があるわ。ここはあまり一般人が通る道ではないのでまばらだけどね、ちゃんと二日にいっぺんぐらいは宿屋に泊まれるわよ」


 ここは一言でいうと辺境で、女子供が旅をするような土地ではない。なので道の整備もまだまだらしい。

 まばらに休憩所とは名ばかりの空き地があり、たまに宿場がある。ここの人たちはそれをすごく便利と認識しているようなので、日本と比べると愕然とするレベルだ。

 まあ少し行けばコンビニがあって、必要なものが大概手に入る環境と比べちゃいけないのだろうけどね。


 そんなわけでとりあえずこの日は野宿となるようだ。

 件の休憩所、つまり野営に適した場所があり、そこでキャンプするらしい。


 近くに水場があって、テントを張る空き地が作ってあって、場合によっては小さいながら小屋も使えたりする。


「こういうところは旅人のマナーが大事なんですよ、まずほかの人たちに迷惑をかけないこと、そして水場などの大事な施設を汚さないことですね」


 ふむ。当然のことでは? と思ったがちょっと考えが足りなかった。

 野営地につくと二人はそそくさと連れ立って森の中に消えていった。


「こういう時に女の人は不便だなあ…」


 しかし現実にそういうトイレ事情なので致し方ない。そして本人たちはそれを当たり前ととらえているようだ。


 街中ではトイレ事情は悪くなかった。

 トイレは手動ながら水洗で、下水もあった。

 だがこんな街道にちょこちょこトイレなど作れようはずもないのだ。これがなんとかできれば内政チートになるかもしれないが…


「思いつくことがないな」


 保留である。

 二人が戻ってから食事を作る。必要な鍋やヤカンは俺のしまうぞう君に入っているので極めて良好な環境といえる。


 基本的に肉を焼き、小麦粉をこねた団子を野菜たっぷりのスープで煮るという料理だ。

 肉と野菜と炭水化物が取れるのでバランスは悪くない。あとはビタミンだから果物とかつけるといいかもしれないが…残念、次の宿場で買おう。


 俺たちがそうしているとちらほらと同じ野営組の旅人がやってきて同じように野営をは始めた。

 基本的にごつい感じのおっさんとか、一応武装した若者とか、全員戦闘職に見える人たちだ。


 武装しているとはいえ若い女の子二人と武装らしい武装をしていない俺の三人連れの俺たちが一番場違いに見える。


「あはは、そうですねー」

「この辺りは女子供が旅をするには向いていませんから、そういう人たちは大概乗り合いカーゴを使います。

 カーゴなら宿場から宿場まで届きますから」


 カーゴというのは馬車のことだ。

 確か馬車の巡航速度って人間の倍ぐらいのはずだから、そして宿場は人の足で二日で余裕ぐらいの距離らしいから馬車であれば安全に移動できるのか。


 と思ったらガラガラと馬車の音。

 とってもナイスなタイミング。

 ふっと顔を上げて俺は突っ込みを入れてしまった。


「馬車じゃないじゃん!」


 やってきたのは小さ目のカーゴ。たぶん五、六人乗ればいっぱいだろう。そしてそれを引いているのは先日みた『ラプトル』だった。

 ブルラプトルという品種らしい、体格がよく、力が強く、少しぐらいの荷台なら引いて見せる。そういうやつだそうな。


 ここではこういう感じのものをすべてカーゴというようだな。

 ラプトルのカーゴという言い方をする。


 カーゴは野営地のそばで止まり、そこから四人の男が下りてきた。

 見た目は冒険者っポイが、どこか汚らしい印象の四人だ。


「おお、女がいる。珍しいな」

「グルーピーか? へへ、いい女じゃないか」

「どうだ? ちょっと奥に行かんか? ぶっといのぶち込んでやるぜ」

「四人いるからな、二人とも天国に連れて行ってやるぜ」


 うーん、下品。


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