第18話 ネム・インクルード

 第18話  ネム・インクルード



 私、ネム・インクルードは眼下の光景を見て興奮を禁じえませんでした。

 体の底から何か熱いものがわいてきて、いてもたったもいられなくなります。


 際限なく襲い来るかと思われた数十匹のゴブリンは瞬時に殲滅され。ホブゴブリンもあっさりと倒されてしまいました。


 使われたのは見たこともない魔道具です。

 杖でしょうか? その先から陽炎のようなものが飛び、ゴブリンを穿っていきます。こんな強力な魔道具は聞いたことがありませんからひょっとしたら発掘されたオリジナルかもしれません。


 残ったのは上位種のエルダーゴブリンだけ、あれはたぶん『パワー』と呼ばれるタイプだと思います。


 さすがにあの不思議な魔道具もエルダーゴブリンには効きませんでした。

 どうするつもりでしょう…

 

 ここに来るまではこんなことになるとは思わなかったというのが正直なところです。


 先輩たちの遺体が打ち捨てられています。

 ゴブリンに叩き潰され、凌辱されつくした遺体。


 素敵な先輩たちでした。


 私が冒険者になって初めて所属した冒険者パーティー。『百花繚乱』という名前で、その名の通り美しい女性だけで構成されたパーティー。

 全ての女性冒険者のあこがれの的で、このパーティーに入りたがる女性冒険者は枚挙にいとまがない。といわれるパーティーでした。


 冒険者などしているとメンバーが外れることはよくあります。

 けがをしての引退であるとか、ひどいときは死亡であるとか。

 目出たい方だと寿引退というのもありだそうです。


 今回はその寿引退で二人空きができ、私はその一つに滑り込むことができました。

 平たく言うと縁故採用ですね。


 寿引退した人が私と同郷で、知り合いで、町に出てきた私を気遣って紹介してくれたのです。


 それから半年。

 近隣のゴブリン退治や普通の薬草採取などで経験を積みつつ、今日を迎えました。

 月光魔草という薬草の採取。それが今回の依頼です。


 月光魔草というのは月の光の下でだけ成長するという薬草で、回復ポーションや魔力ポーションなどの材料として大変重宝されている薬草なのです。

 この月光魔草を入れると入れないとではポーションの効果が劇的に違ってきます。


 入っていないものが普通の『ポーション』で、入っていると『上級ポーション』になります。けがの治りなどが全然違うんですよね。


 ただ今回はそれだけではありません。今回探しに来たのは半年に一度、双子の月が等しく地上を照らすその時にしか生まれない特別な月光魔草です。

 これをつかったポーションは『超級ポーション』と呼ばれ。致命傷でも癒し、部位欠損も直すといわれます。

 ものすごく高価なものです。


 しかも年に二回しかチャンスがなく、しかも月が出ていなければ取れないものです。

 しかもこの月光魔草。月が出るまではどこにあるのか全く分かりません。


 ですので長年の勘であたりをつけ、月が出たら付近を探し回り、運が良ければ見つけることができる。というもの。

 しかも見つけたからといってそれでいいというわけではないのです。

 月の魔力を蓄えて育つこの草の薬効が十全に発揮されるためにはタイミングがあります。


 月の光を蓄えると花を咲かせるこの草は花が出てしまうと価値が大暴落するのです。ですから花が育つ直前に積まないといけません。


 リーダーのクコさんと、大地母神テルア様の神官ミルテアさんの経験と勘で場所を選び、見つけたらエルフのセレナさんが摘み時を見極める。


 良いものが摘めれば一本で金貨二〇枚は堅いという超レアアイテム。


 運よくそれを三本も摘めてみんな大喜びでした。


 そして夜が明け、町に凱旋しようというときにゴブリンがやってきたんです。


 最初は少数の群れだと思われけました。でもそれは単なる斥候だったようです。こなことがあるとは初めて聞きました。


 あっという間に先輩たちが殺され、犯され、私はミルテアさんの張った結界に立てこもりました。

 荷物を置いていた木を中心に半径五メートルほどの安全地帯。


 そこをよりどころにして結界から飛び出し、一匹か二匹のゴブリンを切り捨ててまた結界に戻る。

 その繰り返しで少しずつゴブリンを減らしていくのです。


 ですがなかなか状況は改善しません。

 そしてなかなかに疲れてきました。考えてみたら昨日から徹夜なんですよね。


 さすがにふらつき始めたころをいきなり救い上げられました。


「ふわっ、なっ、なに?」


 どういう方法かわからないですけど木の上に。

 そこにいたのは二〇歳前ぐらいのちょっと精悍な男の人でした。


 そしてその人は前述の通りゴブリンを殲滅してしまった。

 でもエルダーゴブリンは強敵です。ここは力を合わせて…


「あっ」


 みんなで力を合わせれば…そう思った矢先にその人は何と木から飛び降りてしまいました。

 そしてエルダーゴブリンと対峙します。


 無茶です。無茶…でも…

 えっと…ひょっとして名のある戦士の人なのかしら?


 そこからは驚きの連続でした。


 彼はゴブリンの『咆哮』をものともせずに受け止めました。『咆哮』は強力な魔物がよく使う『特殊攻撃』で、声に破壊の力を乗せて周囲に放つものです。

 物理的な破壊力もさることながら、中には勇気を挫く精神攻撃のようなものまであるそうです。

 この咆哮はたぶん破壊力特化でしょう。彼はそれを平然と受け止め…そして彼も『咆哮』を…


 あれ? これって人間も使えたんでしたっけ?

 しかも威力がエルダーゴブリンよりも強いみたい…ゴブリンの体にひび割れバッと血を噴きだしました。すごい。


 ですがエルダーゴブリンはそんな傷はものともせずに彼に殴りかかります。

 かなりのスピードでした。

 そして殴り飛ばされる彼…


「ああっ!」


 思わず声が出ます…

 でも心配はありませんでした。


 殴られ、吹っ飛んだはずの彼はすぐに姿勢を正し、どうやってか勢いを殺して立ち止まり、次の瞬間エルダーゴブリンの頭を蹴り飛ばしていました。

 今度はゴブリンが弾き飛ばされて二転三転しています。


 ちょっと空を飛んでいるように見えたけど…気のせいかな?


 そこからは正面切ってのど付き合いでした。私は知らずにこぶしを握り、身を乗り出していました。ミルテアさんが後ろで必死に支えてくれていました。ごめんなさい。

 でもすっごく燃えるんです。


 彼はエルダーゴブリンの攻撃をぎりぎりで交わし、そして的確に打撃を叩き込んでいきました。


 格闘家でしょうか?


 長い間そんな状態が続いたような気がします。

 ですがやはりエルダーゴブリンは上位の魔物。殴り合いのダメージなど気にもしないようです。


 私も援護に入った方がいいかしら。そんな風に思ったときに彼は何かの魔法攻撃を繰り出しました。ものすごい火炎攻撃です。

 離れたここまで熱気が届きます。


 エルダーゴブリンが燃えています。そのダメージは致命傷に見えました。

 腕など炭化して見る影もありません。


 魔法戦士?


 そして彼の渾身の一撃。

 エルダーゴブリンが木のたたきつけられました。


 すごいすごい。かっこいい。たまらない。

 私は木の上でぴょんぴょんとはねて、ミルテアさんが悲鳴を上げていました。ごめんなさい…


 でも、これで決まりです。ええ、そうです。


 とどめとばかりに彼は自分の腕をエルダーゴブリンの胸に叩き込み、魔石を抉り取りました。


 そして魔石を掲げてあの雄たけび。


 ああ、なにか、なにかもう…たまらないです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る