第17話 ミルテア・アリア

 第17話  ミルテア・アリア



 わたし、ミルテア・アリアは目の前の光景が信じられなかった。


 軽戦士のクコ。

 重装騎士のテルン。

 エルフの弓兵セレナーデ。


 私の仲間たち…


 この三人とは『百花繚乱』というパーティーを組んでずっといっょに冒険者をやってきたわ。

 もともとは五〇年も前に結成されたパーティーなんだけど、メンバーが入れ替わりつつ今まで続いたパーティーだった。


 パーティー名も昔は違ったようなんだけど、構成メンバーが妙齢の美女ばかりなのでいつの間にかそんな名前で呼ばれるようになり、そのままパーティー名になったみたい。


 私は今二十六歳で、十九歳の時に大地神殿から正式に神官の位をもらい、修業として外に出て、初めて所属したのがこの百花繚乱だった。


 当時のリーダーにたまたま誘われての加入だった。

 神殿の先輩だったのよね。


 当時からいたのはクコだけで五年前にセレナが入って、三年前にテルンが…

 そして先年結婚退職したリーダーの代わりに獣族のネムちゃんが入った。


 これで再出発…その矢先に…


 まずテルンがやられた。


 ネムちゃんがゴブリンの気配を感じて、セレナが一〇匹ほどの群れと判断して、ならば殲滅しようということになった。


 ゴブリンは若い女性をさらってなぶりものにし、そのうえで子供を産ませる魔物として忌み嫌われている。見つけたらできるだけ狩るのが暗黙のルール。


 いつも群れで行動していて、その数は時に脅威になるけど、基本的にあまり…というか全く頭を使わないので、一〇匹程度なら問題ない。そう判断した。でも例外があるのよね。


 ゴブリンは進化する魔物なの。

 ゴブリンはホブ・ゴブリンに進化する。そうすると人間の男性の同じくらいの力を持つようになるわ。

 でもまだおバカ。


 ホブ・ゴブリンはエルダー・ゴブリンに進化する。

 エルダー・ゴブリンはいろいろなタイプがあって、いろいろな能力を持つ個体がある。だけど総じて人間に倍する体格の持ち主で、しかも十分な知恵を持っている。


 エルダー・ゴブリンに率いられた群れは時に知性的な行動をする。


 例えば配下を少人数に分けて斥候に出すとか…


 でもそんなことはめったにない。ないから警戒を怠った。

 一〇匹のゴブリンと戦闘になって…すぐ本体がやってきた。


 わたしは神官で主に回復と補助が担当なので後方に控えていたわ。

 ネムちゃんは新人でちょっと疲れ気味だったし、荷物の番も必要なのでやはり後方に回されていたの。


 だから助かった。


 戦闘が始まってすぐ、ゴブリンが奇声を上げ、嫌な予感がしたあたりで後方からものすごい勢いでエルダー・ゴブリンが突進してきた。

 体格もよく、元気で気風のいいテルン。まだ二十歳の女の子。

 全身を鎧で固めていたせいだろうか真っ先にエルダー・ゴブリンの一撃を食らって吹っ飛ばされた。


 高く高く飛んで地面にたたきつけられたテルンの体は曲がってはいけない方向に曲がっていた。そしてピクリとも動かなくなっていた。


「後退! 荷物のあるところまで引いて結界!」


 すぐさまクコの指示が飛んだ。


 いつもの戦法だ。

 大地神ステルアの奇跡の中には魔物の入ってこない退魔結界がある。


 物理的な壁ではないけれど、その結界の中にはいると魔物はものすごい不快感を与えられ、のたうち回って逃げるというかなり強力な結界だった。


 私は全力でネムちゃんのところに戻り結界を発動させるために祈りの言葉を紡ぐ。

 神に祈りを捧げ、奇跡をお願いするのだ。

 それが神聖術といわれる神様の奇跡。


 クコとセレナがその時間を稼ごうとけん制しながら後退してくる。でもそれは間違いだった。

 このエルダー・ゴブリンは想像以上に強かった。

 そしてゴブリンの数はとても多かった。

 エルダーゴブリンは『危険度5』もしくは『危険度4』に分類される魔物で、一対一で戦倒せるなら『冒険者ランクA』認定は取れるという魔物だ。

 このエルダーゴブリンははその中でもかなり強い個体だったんだと思うわ。


 エルダー・ゴブリンの咆哮で一瞬クコがひるんだところに何十匹というゴブリンが襲い掛かった。クコはあっという間に引き倒され、かみつかれ、服をむしりとられる。

 クコが汚らわしい魔物の群れに飲み込まれ、悲鳴を上げるまでほんの僅かだった…


 その光景を見ていたエルダー・ゴブリンのあれがそそり立つ。

 ゴブリンは体に比してあれはすごく大きい。

 エルダーゴブリンの体は人間の倍。クコを貫くゴブリンたちのそれらよりもずっと大きいものがそそり立つ。たぶん私の腕よりも太くて長い。


「セレナさん戻って」

「セレナ早く」


 咆哮の影響か一瞬立ちすくんだ彼女に私たちは声をかける。

 セレナがびくりと反応して踵を返して全速力で駆けてくるわ。

 結界はすでに起動している。そして大地の結界は大地の上である限りずっと張りつつけることができるほど使い勝手がいい奇跡。


 弓兵のセレナがここまで逃げ切れば何とか体制を立て直せる。

 あともう少し、というところまでセレナが走ってくる。

 後ろからゴブリンの群れがまるで虫のように追いかけてくる。

 ネムちゃんもすぐに援護できるように戦闘態勢だ。


 でもエルダーゴブリンの攻撃は私たちの想像を超えていたわ。

 近くにいたゴブリンをひっつかむとセレナに向かってに投げつけたの。


 この場合ゴブリンの小ささが仇になった。

 うしろにおいすがっているのに障害物にならなかったの。


 背中に勢いよくゴブリンの体当たりを受けてセレナは転んでしまった。


 次の瞬間一斉にゴブリンが群がる。

 弓兵と斥候職のセレナは軽装で、あっという間に裸に剥かれてしまった。そしてうつぶせに押さえつけられて…

 セレナの絶叫が長く長く響いた…


 結界まであと数m。

 私たちはわずか数mの距離で美しいエルフがゴブリンに延々と凌辱されるのを見せつけられることになってしまった。


 私たちが持つ飛び道具はセレナの弓だけ、もう何もできない。


 いいえ、ネムちゃんが結界から飛び出してゴブリンを切り倒し、セレナの救出を試みるけど逆につかまりそうになって結界に戻らざるを得なかった。


 セレナの目が、何かを訴えているわ。

 何が言いたいのかはわかる。

 分かるけど…

 …


『いと慈悲深き地母神よ、偉大なるステルアよ。勇敢な戦士を救うために御身の剣をお貸しください。愛する友の魂をお救いください…【大地の剣】』


 私の祈りに応えるように地面から生まれた鋭いとげはセレナの首筋を貫いた。

 彼女の口からコポリと血があふれ、その眼はすぐに光を失っていく。

 苦しませずに済んだかしら…


 クコもすでに息絶えていた。

 エルダーゴブリンの巨大な『やり』に貫かれて、力なく投げ出された四肢。それでも彼女は彼女たちはゴブリンの凌辱から解放はされない。


 テルンはあぶれたゴブリンたちのおもちゃにされ、石で叩き潰され、さびた剣で刻まれている…


 ああ、ステルアさま…さすがにもう…くじけそうです…

 わたしは膝がくじけそうになってしまった。

 できることなら…


 でも私は大地母神ステルア様の神官。女神は生きることを貴んでいて、自殺はお認めではない。

 どうしたらいいんだろう…あんな、あんなつらい思いを…


「ミルテアさん…まだ終わってませんよ」


 その声にはっとして顔を上げた。

 そうだ、まだネムちゃんがいる。この子はまだ16歳だ。

 こんな幼い子をあんな目に合わせちゃいけない。私がしっかりいないと…


「結界からこまめに出てゴブリンを一匹づす倒しましょう。わたしも神聖術で攻撃します。ネムちゃんは決して無理をしないように、一撃離脱です。絶対ですよ」


「はい」


 気丈な子です。

 ネムちゃんもさっきからずっと涙を流しているのに。


「ええ、やりましょう。雑魚をすべて倒せば逃げるチャンスは生まれます」


 そうです、あいつ一匹になれば同時に二人は追いかけられないはず。

 わたしがおとりになればネムちゃんは逃がしてあげられる。


 あんなこと、あんなおぞましいこと…考えるだけでめまいがするけど、年長者の務めですよね…


 わが神よ…どうぞあなたの信徒に力をお与えください…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る