第6話 使い魔に乗って安全な方向に、逃げる!

 次の日。


「大変です、お客様!」


 ノックもなしに、メイドさんが俺たちの部屋のドアを開けた。


「い、今すぐお逃げください!」

「……え?」

「魔王の配下、魔将軍ロイデルが現れました。町を攻撃するつもりのようです! お嬢さまはお逃げください。冒険者の方は町の防衛に力を貸してください。お願いします!」








 魔将軍ロイデル。

 奴は魔王の副官で、アンデッドの軍団を配下にしてるそうだ。

 辺境の攻略を任されている将軍だから、任務の一環としてこの町に攻めてきたんだろうと、アリアは言った。


 町はすでに門を閉じて、防御を固めてる。

 この町にも衛兵はいるし、魔物と戦う冒険者もいる。

 でも、町の戦力は十数人。対する魔将軍とアンデッド軍団は──


「うようよいるな」

「魔将軍ロイデルは300体のアンデッドを操れるそうですから」


 俺たちは町を囲む城壁の上から、地上を見ていた。

『魔将軍ロイデル』のまわりにいるのは、スケルトン、ゾンビの群れ。


「この世界のアンデッドって、強いのか?」

「強くはありません。けど、打たれ強いです」

「打たれ強いのか……」

「アンデッドを倒すのには、通常の魔物の3倍は時間がかかると言われています」

「アリアは攻撃魔法は使えないの?」

「使えるのは低レベル魔法だけです。それに、魔将軍本体には通じないと思います」


 俺たちはそろって肩を落とした。

 敵は辺境の方角にいる。

 俺が『逃走スキル』で、王都の方に逃げるのは簡単だ。


 でも、この町の宿にはサービスしてもらったから。見捨てるのは嫌だ。

 逃げるにも、あとくされがないようにしておきたい。

 お風呂を時間オーバーで使った負い目もあるし。それはアリアが俺の頭を二度も洗ったせいだけど。お返しをした俺も悪かったからな。


「『使い魔』を使ってみるか」


 俺はウィンドウを表示させて『逃走用使い魔』たちの能力を確認した。


 やはり『使い魔』で戦闘を仕掛けるのは無理だ。

 地のフェンリルも、空のガルーダも、海のクラーケンも、あくまで危険から逃れるための使い魔だ。危険に向かっていくようにはできてない。


「あのさ、アリア」

「はい。コーヤ」

「この町を救ってみてもいいだろうか?」

「お願いします。してくださったら、アリアは毎日コーヤにごはんを作って、あーん、で食べさせて差し上げます」

「充分だな」

「あと、アリアがコーヤに領地を差し上げるというのはどうでしょう?」

「そんなものあるのか?」

「アリアは、母の故郷を領地としています。所有権はアリアにあります。望むなら、コーヤにあげられますよ?」

「のんびりできる?」

「もちろん。アリアがずっと面倒を見て差し上げます」


 アリアは夢見るように手を重ねて、細い身体をくねくねさせてる。


「朝日とともに目を覚ますコーヤに『いいのです。まだ寝ていてください』って寝かしつけて、お昼になってからご飯を一緒に食べます。それからコーヤの歯を磨いてあげて──お着替えをさせてあげて──」


 アリアは駄目人間を作り出したいらしい。

 というか、そんな領主が赴任してきたら、住民が反乱起こすよね。


「コーヤがそういうこと話をするということは、町を救う方法があるのですね?」

「協力してくれる?」

「当たり前です。気分的にアリアはすでにコーヤの妻なのです。夫の願いを聞かない妻がいるでしょうか、いや、いません!」


 アリアは空にむかって、むん、と拳を突き上げた。

 なんとなく俺もその真似をしてみる。


 そして俺はアリアの耳に、作戦をささやいた。





──────────────────────────────





「聞け、人間よ。我は魔将軍ロイデルである」


 黒き鎧をまとった騎士は、町の城門に向かって叫んだ。


「ただちに門を開け、降伏せよ。魔王に仕える住民は残れ。それを拒むなら、今日のうちに去るがいい。我々はここを魔王の領地としたいだけである! 2度は言わぬ。アンデッド軍団の仲間に入りたくなければ、門を開けよ!!」


 住民からの答えはなかった。

 代わりに聞こえたのは、鳥のさえずりのような、かわいらしい声。


「聞いてください! 町の方たち」


 城壁の上に、小さな人影が見えた。

 銀色の髪。青の瞳。ちっちゃな身体に大きな胸。

 どこかで聞いたような姿の少女だった。


「わたしはナルンディア王国第2王位継承者、アリア=ナルンディアです!」


 魔将軍ロイデルを見下ろしながら、少女は宣言した。


「アリア姫だと!?」


 まさか、と、魔将軍は思う。


 アリア姫は、魔王城にとらわれているはずだ。助け出されたという話は聞いていない。

 それが、いつの間にこんなところに!?

 いや、魔王城から姫が脱出できるはずがない。ニセモノだ!


「証拠は、この王家の紋章が入ったペンダントです。さぁ、よく見なさい!」

「本物だ!」


「アリアは、偉大なるお方の力でここまで逃げ延びました。これからその方がお力を見せてくださいます! 魔物なんか一掃できるとは思いますが、万が一のときのために逃げ支度もしておいて欲しい、とのことです! 無理をしてはいけません! 恐くなったら即、待避! これも重要なことです!」

「この状況で撤退を勧める!?」


「その方はおっしゃいました。逃げるのは大事だと。あの方の魅力を語らせたら、この世界ではアリアの右に出る者はいません! 背中のホクロの位置はアリアだけの情報なので語れませんが。頭のどこをかいて差し上げると喜ぶかも内緒ですが。とにかく、アリアにはすばらしい方がついているのです!」

「この状況でのろけをはじめる!?」


「アリアとその方の、愛が、この町を救うかもしれません!! さぁ、皆さま、よくご覧ください。失敗したときのことも考えて、撤退の準備をしながら!!」


 戦術が読めない。

 矛盾したことを叫ぶアリア姫に気を取られ、魔将軍ロイデルは、城門が小さく開いたことに気づかなかった。


 そこから出てきた、男性の姿にも。





「……なんだよアリアー。どうして正体をばらしちゃうんだよー」





 その人物は言った。


「……あー逃げたい。正体がばれたら、勇者とか言われるんだろうな。めんどくさい。そういう状況は危険だよな。さしせまってるよなー。辺境の魔王より、目の前の魔物より、逃げられない仕事の方が危険だよな」


 ぶつぶつとつぶやいてる。

 意味がわからない。なんなのだ。比較的危険とは?

 さしせまった危険の問題、とは!?


「『早くおうちに帰りたい(I want to return home as soon as possible)……』」


 魔力が渦を巻いた。


「『あらゆる障害をふりきって、走れ!(Run and Destroy all object)!

  最速で(Fastest)!!」


「『来い! 地のフェンリル(Summon! FENRIR)!!』」


 地面に魔方陣が出現する。

 大地が、ごご、と揺れる。


 黒騎士と、心を持たぬはずのアンデッドたちが震え出す。

 巨大ななにかが、魔方陣から現れようとしている──?


「今だけは、魔王やアンデッド軍団より、アリアの正体がばれたことの方が危険だ。町の人が大騒ぎになって、この場から逃げられなくなる可能性がある。だから、今すぐ逃げるぞ! 『逃走用使い魔』地のフェンリル!」


『グオオオアアアァァァァァァァァ!!』


 地面から出現したのは、巨大なオオカミだった。


 真っ青な身体に、巨大な口を開いている。背中に乗っているのは、人間の男性だ。さらに「とぅ」と気合いを入れて、アリア姫らしき少女が門から、オオカミの背中に飛び降りる。


『グオオオオオオオオオッ!!』

「めんどくさいことからは逃げるぞ。アリア、フェンリル!!」

「はい。コーヤっ!」



 ダダダダダダダダダ!! 



 魔王軍めがけて、巨大なオオカミが突進をはじめた。

 アンデッドたちを踏み砕きながら!


「ぎゃあああああああああああああっ!!」


 次に犠牲になったのは魔将軍ロイデルだった。

 黒い鎧はオオカミの重量に耐えられず、ぐしゃり、とつぶれた。さらに蹴られてアンデッドの群れの中にぽーいっ。その身体が地面に落ちないうちに、突進してきたオオカミに吹き飛ばされる。


 踏みつぶされなかったアンデッドは、オオカミの口の中へと消えていく。がりがりと牙を鳴らしたオオカミが、かつて魔物だったものをはき出しながら走る。信じられない速度で、魔王城のある辺境に向かって。


 やがて、地響きとともに、足音が遠ざかっていく。


 奴らは……立ち去ったのだ。


「…………生きてるってすばらしい……」


 魔将軍ロイデルは街道に倒れながら、ほっと息を吐き出した。


 敵はどこかに行ってくれた。よくわからないけど、いなくなった。

 神は信じないから魔王さまに感謝する。ありがとうございます。ありがとう──





「あ、やっぱり魔王城の方向に行くのは危ないな。安全な人間のエリアに逃げよう、フェンリル」



 ぐしゃっ



「ギャ────っ!」




 ふたたび魔将軍ロイデルの上を、巨大なオオカミが通過した。





 長い時間に思われたが、その間はせいぜい、5分。


 巨大なオオカミに踏まれ、蹴られ、噛み砕かれて、アンデッドたちは粉々になった。

 魔将軍ロイデルの軍勢は、文字通り全滅したのだった。



「……か、勝った?」


「……というか、アリア姫は魔王城から逃げてきたのか?」


「……姫様を助けた勇者が、町を救ってくれたのか!?」


「「「「「うおおおおおおおおおおおっ」」」」」


 町を歓声が包み込んだ。

 当の勇者は「あーあ」って感じで、座り込んでいて──

 その彼をアリア姫が「がんばりましたね、コーヤ」って、後ろから抱きしめていたのだけれど。

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