第5話 逃走勇者と姫さまの『かけおち設定』

「ガルーダ、戻れ!」

『キェエエエエエエエエ──っ!』


 怪鳥けちょう音とともに、金色の鳥が消えていく。


 使い魔の活動時間は30分くらい。

 ウィンドウに警告がではじめたから、俺は近くの街道に着陸することにした。


 ガルーダは俺の面倒な命令にも答えてくれた。

 テルーシャの実を大量に準備できたのは、ガルーダが枝から落とすのに協力してくれたからだ。

 緊急時だから、かなり雑なやりかただった。精霊さん、怒ってないといいけど。


「すごいですコーヤさま! アリアたち……逃げられたんですね……」


 アリアは地面に座り込んで、荒い息をつきながら言った。

 そういえば飛んでるとき、ずっと目を閉じてたな。アリア、高所恐怖症なのか。


 それにしても、ここはどこだろう。

 魔王のいた山からは、なんとか脱出することができた。地上に道のようなものが見えたから、ガルーダにはその道に沿って飛んでもらった。町の近くに着陸させたはずだけど、俺には地名も場所もわからない。


「ここは人間の領域です。たぶん、王国の東のはずれだと思います」

「近くに町が見えたけど、あそこからアリアの国に連絡できるかな?」

「伝令を送れます。まずは町に落ち着いてから相談いたしましょう」

「そっか」

「コーヤさまは、これからどうしますか?」


 アリアは心配そうな顔で、俺を見た。


「俺の方は決めてない。まずはアリアを王都に送り届けるが先だな」

「そ、そうですか…………よかったです」

「俺の『3つの使い魔』がもっと長時間使えたら、王都にもすぐに着けるはずなんだけどな……」


 使い魔を呼び出せるのは、種類を問わず1日1回だ。

 明日になったらまた呼び出して、空路を移動することにしよう。


「とりあえず町まで行こうか」

「はいっ」


 俺たちは近くの町に向かって歩き出した。







 町には、簡単に入れてもらえた。

 小さな町だった。衛兵の装備もボロボロだし、兵士の数も少ない。

 城壁も低く、門も傷だらけだ。魔王の領域に近いせいで、魔物の攻撃を受けているらしい。

 俺とアリアは話し合って、ここでアリアの正体を明かすのはやめることにした。


 魔王の領地に近いということは、魔王軍に情報が伝わりやすいということだ。

 この町にアリアが逃げ込んだという情報が伝わったら、魔王が取り返しに来る可能性もある。そのリスクを考えたら、アリアの正体は隠しておいた方がいい。町に迷惑をかけたくないから。


 そんなわけで、俺たちは一般人のふりをして、宿を取ることにした。

 魔王城からかっぱらってきた金貨があったおかげで、町で一番大きな宿を取れた。

 ありがとう魔王さん。


 チェックインしたあと、俺とアリアは宿屋の人に頼んで、服を買う店を紹介してもらうことにした。

 アリアの着替えも買わなきゃいけないし、俺の服も異世界風にしておきたいからね。





「ではお客様、ご案内いたします」


 服の店までは、宿のメイドさんが案内してくれることになった。

 メイドさんは現代日本の服を着た俺と、ぼろぼろのドレスをまとったアリアを、興味深そうに眺めてる。そして、


「お客様たちは、どこからいらっしゃったのですか?」

「「………………」」


 俺とアリアは顔を見合わせた。

 そういえば設定を考えてなかったな。

 俺は異世界人、アリアは捕らわれてた姫君じゃまずいよな。やっぱり。


「俺は謎の放浪者。彼女は謎の姫──」

「ひねりもなにもないですねっ! コーヤさまっ!」


 怒られた。


 アリアは、こほん、とせきばらいを一回。

 ちょっとだけほっぺたを赤くして、俺の方を横目で見てから──


「わ、わたしとコーヤは、駆け落ちの真っ最中です」


 いきなり超設定来たよ!?

 ……いや、待てよ。この世界には身分制度があるんだよな。

 だったら『駆け落ち』って、普通にあるのかもしれない。

 俺はこの世界の素人だから、ここはアリアに任せよう。


「わたしは貴族の娘で、彼は手練れの冒険者です。わ、わたしは、コーヤのこと、大好きで……めいっぱい甘えさせてあげたいと思っているのですが……父は交際を認めてくれなくて──やむなく、辺境まで逃げてきたのです……」

「それで駆け落ちを? そこまで、愛し合っていらっしゃるんですか……?」

「あ、愛し合ってますよね? コーヤさま。わたしのこと、嫌いじゃ……ないですよね?」

「うん。それはもちろん」

「よかったぁ…………」


 アリアは真っ赤になって顔を押さえた。


「も、もちろん、わたしもコーヤのこと、好きです。実は……コーヤが目の前にいきなり現れたとき、運命が舞い降りたように感じたんです。コーヤは、わたしが『逃げて』って言ったのに、逃げないでわたしをつれていってくれました。

 そのときわたしは、この人なら信じられるって思ったんです。張り詰めていたものが、ふわり、と解けて、ああ、泣いてもいいんだ、頼ってもいいんだ……って思えるようになったんです。

 出会ったばかりなのに、ぎゅ、って抱きしめて、すりすりしたくて。コーヤを腕の中で眠らせてあげたいって思ってる自分がいたんです。それに──コーヤにはもう──生まれたままの姿を見られ──」

「お幸せですねさっさと結婚してください!」


 なぜか、だんだんだだんっ、って地面を踏みならしながらメイドさんは叫んだ。


「おふたりは好きな人と一緒にいられていいですね! アリア姫は、好きでもない人と結婚しなきゃいけないっていうのに!」

「────え?」


 メイドさんは黙って町の掲示板を指さした。

 そこには羊皮紙が貼ってあった。

 この世界の文字は、一応読める。えっと……


『国王陛下、告げる。魔王にさらわれたアリア姫を取り戻した者は、その者の身分に関わらず、姫の結婚相手とする』


「「……はい?」」







「ごめんなさいコーヤ。アリアはあの告知のこと、知っていました」


 宿屋に戻ると、アリアはベッドに座って、ぺたん、と頭を下げた。


「アリアが魔王城にさらわれたあとすぐに、あの告知が出ていたようです」

「『アリアを救い出したものを、アリアの婿むこにする』って?」

「はい」

「でも、アリア、身体は結構小さいよね? 年齢は10代半ばくらいだよね?」

「母性はありますよ?」

「そういう問題じゃない」

「子どもも作れますよ?」

「それも問題じゃない」

「子どもは好きですか?」

「嫌いじゃないよ。にぎやかなのはいいと思う……だからそういう話じゃなくて」


 母性あふれすぎなアリアの前に座って、俺は訊ねる。


「でも『婿にする』なんてのは、人集めのブラフだったりしないのかな。ほら、実際に姫様を助け出したら、話をチャラにしてお金で解決、とか、普通にありそうだし」

「アリアには、いろいろと事情がありまして」

「事情」

「アリアの母は幼い頃に亡くなってしまい、お父さまは後妻を取られたのです。その方に、アリアはあまり好かれていなくて──少しの間、母の実家の方に行くように言われて、送り出されたあとに、魔王軍にさらわれたんです」

「護衛のひとたちは?」

「魔物が強敵すぎたので、逃げるように命じました。アリアが」


 それでアリア、あっさりさらわれたのか。

 さすがナルンディア王国の「お母さん」を目指してるだけのことはある。

 そんなとこで包容力を発揮しなくてもいいのに。


「だから、アリアが魔王の人質になっても、父は交渉に応じる必要がなかったんです。もともと、人材としてもそんなに価値がないですから。コーヤが来てくれなかったら、あのまま……」


 殺されてたか、自害してたか、かな。

 せちがらいなぁ。異世界。


「でも、勇者をつのって助け出そうとはしてたみたいだよな。王様」

「はい。王国には『勇者予算』というのがあり、適当な人を勇者として魔物と戦わせてるんです。月の限度額は銀貨50枚ですが……どうもアリア救出にはその予算が使われていたようです」


 そう言ってアリアはためいきをついた。


「そんなわけで、アリアはあまり、両親には好かれていないので……勇者に与える景品としては、ちょうどいいのでしょうね……あ、でもでも!」


 アリアは慌てたみたいに手を振った。


「コーヤと結婚するなら、アリアはまったく不満はありません。それにこの国は一夫多妻も大丈夫ですから……コーヤほどの方なら、アリアの他に妻がいてもいいと思います。いっそアリアは母親ポジションでも!」


 なんだそのゆがんだ夫婦生活。


「でもさ、俺たち出会ったばかりなのに。アリアはそれでいいのか?」

「コーヤだって、出会ったばかりのアリアを助けてくれました」


 そういえばそうだった。


「自分ひとりなら、もっと簡単に魔王城から逃げられたはずなのに、アリアを連れて逃げてくださったでしょう? そんな人を信頼するのは当たり前じゃないですか」

「……そのへんは性格の問題でもあるんだけどさ」


 俺の場合、元の世界ではそれで逃げ損ねたんだよなぁ。

 前の職場でも「タカツキさんがいるから、この仕事をやっていられるんですよ。お願いですよ。バイクのローンがあるから、辞めたくないんですよ。だから助けると思って辞めないでください」って後輩に言われてつきあいで残って、でもって先に辞められて、結局、逃げるのに半年かかったってこともあった。


 別にそれは後悔してない。

 だから、アリアをあそこで見捨てるって選択肢はなかったんだ。


「アリアの鎖を切ったときだって、本当に助かるかどうかわからなかったでしょう?」

「それを言うならアリアだって、俺を信じて鎖を切らせてくれたじゃないか」

「アリアは、別にコーヤと一緒なら吹っ飛んでもかまいませんもの」

「なにその無条件の信頼!?」

「コーヤと出会って、アリアの母性が暴走しちゃったみたいなんです。無茶をしてるコーヤを見てると、アリアは胸が、きゅん、となって、抱きしめて、頭をなでてあげたくなるんです。『恐かったね。がんばったね。アリアが一緒だから大丈夫だよ』って──ちょっと頭出してください、コーヤ。さぁ早く」

「実演しなくていいから」


 アリアはたぶん、元々こういう性格だったんだろう。

 だから「ナルンディア王国のお母さん」を目指してて、魔王の前でも気を張ってた。

 で、俺を出会って、俺が無茶するところを見て、母性が覚醒かくせいした、と。


 ……うーむ。

 アリアを、誰かに渡すのは……正直、嫌だな。

 今の『母性だだもれアリア』は俺が覚醒させちゃったんだから、俺がもらうのが筋かな。


「わかった。アリアは俺がもらう」

「──っ!」

「ただ、姫様としてじゃなくて、アリア個人をもらうってことでいいかな」

「アリアを、ですか?」

「うん。だから、めんどくさいしがらみとか、王宮の陰謀とか、権謀術数けんぼうじゅっすうにからまれそうになったら、遠慮なく逃げさせてもらう。アリアがついてくるかどうかは、任せる」

「コーヤ……」

「もちろん。俺はアリアにはついてきて欲しいけど」

「ついていきますよ! 当たり前じゃないですか!」


 アリアは俺の手を握って、まっすぐこっちを見て、うなずいた。


「なんたって、アリアはコーヤの保護者でお母さんなんですから!」

「その設定まだ生きてたのかよ!?」

「アリアの母性を甘く見てはいけませんよ?」

「だけど、アリアは俺と結婚するんだよね?」

「逆に言えば、コーヤ以外の男性とは目も合わせません」

「別に目くらい合わせてもいいけど、結婚相手とお母さんって両立するのか?」


 時間が止まった。

 アリアは目を見開いたまま、凍り付いてる。

 ふるふると手を震わせて、それを俺の肩に置いて、真剣な顔で──


「……コーヤの妻とお母さんは両立するのでしょうか?」

「おさな妻にお母さんは無理かな」

「やってみなければわかりません。でも……むぅ……むぅむぅ……」


 僕の手を握ったまま、アリアはうなりだす。かわいい。

 面白いからしばらくそのままでいたら……ノックの音がした。


「お客さまー。お風呂の用意ができました」


 さっきのメイドさんの声だ。


「別室に用意しております。燃料代もかかりますので、同室の方はご一緒に、30分以内でお願いしますね……」


 …………30分以内。

 …………一緒に。


「……コーヤ」


 気がつくと、アリアが俺の肩を、ぐっ、と握りしめてた。

 手が小さくて指が細いから、痛くもなんともないけど。でも、むちゃくちゃ真面目な顔だ。


「アリアは、おさな妻とお母さんが両立するかは、まだわかりません」

「うん。それはどうでもいいんだけどね」

「それと──アリアは、魔王城から逃げてきたばかりで、まだ精神的に不安定です。ひとりなるの、こわいです。落ち着いたら、恐くなってきちゃいました」

「つまりアリアは、ひとりでお風呂に入るのが怖い、と」


 俺が言うと、アリアは恥ずかしそうにうなずいた。


「で、でもでも! 異世界から来たばかりのコーヤはもっと恐いですよね?」

「いや、俺は別に」

「いらっしゃい、コーヤ」


 そう言ってアリアはふたたび「胸に飛び込んでらっしゃい」のポーズ。


「おさな妻とお母さんが両立するかどうか、試してみましょう。ただし正式な夫婦がするようなことは……王都について落ち着いてからということで」


 まぁ、いいか。そういうことなら。


「うん。じゃあ今日は、アリアをじっくり観察するだけにしとく」

「だ、だったらアリアは、コーヤでたっぷり母性を満足させてもらいます!」


 勝負開始。

 俺たちは一緒にお風呂に入り、30分を少しオーバーしたところで、宿屋の人に怒られた。

 なお、おさな妻とお母さんは、意外と両立した。

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