第4話 精霊さんにもご協力いただいて、逃げる!
水が跳ねる音で目が覚めた。
久しぶりにまとまった時間、寝たなぁ。何週間ぶりだろ。
「魔力は……回復してるっぽいな」
頭がすっきりしてる。『絶対逃走』のテレポート回数も復活してる。
これならフルパワーで逃げられるな。
地面に直接眠ってたのに、身体はそんなに痛くない。
精霊の加護で、草が身体をふんわりと受け止めてくれてるようだ。
ついでに祈っておこう。
お願いします精霊さん。その力で、俺とアリアの逃亡を助けて下さい。
ぱしゃん。
また水音が聞こえた。
あっちは……アリアのいる方か。
……行ってみよう。
「コーヤさま!?」
「アリア?」
水浴び中のアリアと目が合った。
彼女は、裸だった。
真っ白な肌に、長い銀髪がからみついてた。
「えっと……『高速逃走・強』!」
「そ、そこまで必死に逃げなくてもいいです! コーヤさま! 水浴びするって言ってなかったアリアが悪いのですから……って、姿が見えないと不安になります。せめて声くらい聞かせて下さい! コーヤさま──っ!!」
背後からアリアの声が響いてた。
しょうがないので、俺は木々の後ろに隠れて、アリアの水浴びが終わるのを待つことにしたのだった。
「あ、あまり気をつかわなくていいのですよ。コーヤさま。アリアとコーヤさまは、生死を共にした仲なのですから」
「そ、そうだね」
俺とアリアは、泉の近くで話をしていた。
ちなみに、今のアリアは服を着てる。
ドレスは濡れた身体を拭くのに使っちゃったから、着てるのは俺のワイシャツだ。
前世では泊まり込みの仕事が多かったから、着替えは用意してたんだ。
役に立って良かった。
「で、でもでも。今度、アリアの水浴びを見たくなったときは……前もって言ってください。アリア、ちゃんと心の準備をして『いいですよ』って言いますから」
「いや、そこまで覚悟しなくても」
「いいえ、アリアはナルンディア王国、第4王位継承者です。コーヤさまにいただいたご恩を考えれば……水浴びをのぞくくらい……その……あのその」
「わかった。じゃあ次回」
「────っ!!」
「……うそです。ごめんなさい」
異世界に転生してすぐ、そんなことできるほど切り替えが早くない。
それに、ここはまだ魔王の勢力圏内なんだから。
「…………ふ、ふふふっ」
不意に、アリアは口を押さえて笑い出した。
「ア、アリア? どうした?」
「……い、いえ、なんというか。気が抜けちゃって……」
アリアは目に浮かんだ涙をぬぐって、起き上がった。
「アリアは魔王に捕まってからずっと、怖いのをがまんしてましたから。王家の姫として、恥ずかしくないようにしよう。せめて、最期は誰にも迷惑をかけないようにしよう、って」
「……毒薬まで準備してたんだもんな」
「アリアは王家の姫なんだから、国を守らなきゃって思ってたんです」
アリアは小さなてのひらを広げた。
人差し指につけた指輪を、ゆっくりと外していく。自殺用の毒薬入りの指輪だ。
アリアはそれを地面に置いて「精霊さま。浄化してくださいね」って言ってから、土をかけた。
「……自分が無理してたの、わかっちゃいました。やっぱり、アリアは国のお母さんになるのは無理です」
アリアは長いため息をついて、やっと解放されたみたいに、肩をゆるめてる。
「ずっと、気を張っていたんです。姫は国の母のようなもので、民は子どものようなもの。だから、アリアはナルンディア国の母のように、みんなを守らなきゃいけない。迷惑をかけてはいけない……って。でも、コーヤさまとこうしていて気づきました。アリアは、ただのアリアで、そんな大きなものにはなれない、って」
「そっか」
「はい。アリア、国のお母さんになるのは無理です」
「そうだね」
「これからは、コーヤさまのお母さんを目指すことにします」
「待って、それは理屈がおかしい」
「だって、人間の領域に戻ったら、コーヤさまのことはアリアが面倒をみることになります。ということは、アリアがコーヤさまの保護者です」
「そうだけど、お母さんは無理があるだろ」
「無理とは?」
「年齢差」
「母性があれば、齢の差なんて関係ないと思います」
「いやでも、俺は生前24歳で、転生して肉体年齢18歳だ。それでアリアをお母さんにするのはちょっと」
「コーヤは、転生したんですよね?」
「うん。ついさっき」
「ということは、生後数時間とも言えるわけですよね?」
そう来たか。
アリアは慈愛にあふれた顔でこっちを見てる。
「コーヤ……うまれたてなのに……あんなにがんばって……」って、おかしいから。涙をぬぐわなくていいから。
「いらっしゃい、コーヤ」
アリアはなぜか両腕を広げてこっちを見てる。
いや、そんな「胸に飛び込んでいらっしゃい」って顔されても困るんだけど。しかも、裸ワイシャツの女の子に。そんなことしたら理性吹っ飛ぶから。
「じゃあ、これからの逃走経路について話そう」
俺は「ぱん」と手を叩いて、むりやり話を切り替えることにした。
「……むー」
アリアは不満そうだったけど、諦めたように肩を落とした。
「いいです。これからコーヤとは長いおつきあいになりそうですから、今はこれで許してあげます。それで、これからどうするんですか?」
アリアは俺の顔をのぞき込む。
まだ身体が湿ってるところにワイシャツを着たから、布が半分透けてる。
いいにおいがするな……って思いながら、俺は作戦を説明する。
まずは『逃走スキル』の確認だ。
アリアにも説明して、意見を聞いてみよう。
「昨日、魔王城で魔物を大量に倒したおかげで、俺の『逃走スキル』のレベルが上がってた。それを使えば、ここから人間の領域に逃げられると思う」
『逃走レベル』が4になったことで、使い魔を呼び出せるようになってた。
使えるのは3種類。
『逃走用使い魔・地のフェンリル』
『逃走用使い魔・海のクラーケン』
『逃走用使い魔・空のガルーダ』
「質問だけど、この世界にも使い魔っているのか?」
「はい。おります。ただ、戦闘のサポートをする魔物のことです。ただ、逃走用というのは聞いたことがないです」
「俺のは逃げるのに特化したやつだよ。その分移動速度が速くて、防御力も高いみたいだ」
「わかりました。その『使い魔』がどんなものであれ、アリアの命を預けることをお約束いたしましょう」
アリアは胸に手を当てて、一礼した。
俺はアリアの手を引いて、立ち上がる。
「じゃあ、呼び出してみるよ」
俺はウィンドウの『逃走用使い魔』の文字に指を当てた。
意識を集中すると、召喚用の呪文が浮かんでくる。
これを唱えればいいのか──
「『早くおうちに帰りたい(I want to return home as soon as possible)……』」
ゆっくりと詠唱をはじめる。
一字一句、間違えないように。
「『地上は混むから、空へ!(Because the ground is crowded, to the sky)!
最速で(The fastest)!』」
「……かっこいいです、コーヤ!」
この文章のどこにそんな要素が?
「『我が逃走を妨げるものなし!(No one who can prevent our escape)!」
俺の周りに、魔力の渦がわきあがる。これが、召喚魔法か。
「来い! 空のガルーダ!!(Summon GARUDA)』」
『キエエエエエエエエエエエエエエエ────ッ!!』
魔力が渦巻き、魔方陣が浮かび上がる。
そこから巨大な、金色の鳥が現れた。
全身ふかふかで、長いしっぽが生えてる。頭にはトサカ。金色の目で俺たちを見てる。首を動かして「乗ってください」って言ってるのが、わかる。
「すごいです、コーヤ。こんなおおきな使い魔……見たことがないです……」
「でかいだけじゃない。スピードも出るはずだ」
敵も俺たちが空路で逃げることは予想してないはず。これで意表は突ける。
あとは、それでも追ってくる相手と、攻撃魔法をどうやって防ぐか。
もうちょっと、目くらましできる小技が欲しいな。
「あのさ、アリア」
「は、はい。コーヤ。あ、ちょっと待ってください」
アリアはシャツの裾を押さえながら、木陰に走って行った。
しばらくして戻って来たアリアは、元のドレス姿だった。木にかけておいたのが、乾いたらしい。ちょうどいいタイミングだ。
「はい、なんでしょう。コーヤ」
アリアは照れくさそうに、正面から俺を見た。
「ここの泉は精霊の加護があるって言ってたよな」
俺は泉の効果について聞いてみる。
ここは魔王の城のすぐ近く。それなのに泉に魔物が近づけないってことは、それだけの力を秘めてるわけだ。空気がだめなのか、水がだめなのか、ちゃんと確かめておきたい。
「そうですね。さっきも言ったとおり、泉の水は魔物にとっては高純度の聖水で、触れると火傷します。木の実──ティーシャの実も同じです。食べる聖水ですから。ここは空気さえも澄んでいますから、魔物が入ると呼吸もできないと思います」
「それだけ精霊ってのは、魔物にとってのアンチキャラなわけだ」
「光と闇、対立する存在ですからね。もっとも、精霊はほとんど、この世界に干渉することはありませんが」
「わかった。じゃあ、それを上手く使えば……」
考えろ。
相手はこっちを定時で帰さない奴らだと思え。
向こうよりましなのは、逃げてもまだ居場所があるってことだ。
だったら、なんとかなる。チートな『逃走スキル』があるんだから。
「アリア、提案がある」
「なんでしょう。コーヤ」
「着替えたばっかりで悪いけど、アリアのドレスのスカートを、短くしたい」
びっくりしたみたいに、アリアがドレスの裾をつまんだ。
お姫さまだからか、ドレスのスカートは地面に着くほど長い。おまけに大きくふくらんでる。ここから逃げるのには邪魔だから、切って別のことに使った方がいい。
「み、短く、ですか」
「うん。思いっきり」
「……ふぇっ!?」
「可能な限り。下着が見えるか見えないかくらいで」
「そ、それは、必要なことなのですか?」
「この場から逃げるためには」
「ん────っ!?」
アリアはドレスの裾を押さえて、真っ赤な顔をしていたけど、
「……わ、わかりました。コーヤなら、いいです。も、もう、アリアのスカートをめくりたいなんて、コーヤはいたずらっこさんですね!」
「いや、そういうことしたいわけじゃなくてね?」
「なんでもいいです! 早くしてください!」
「わかった」
俺は聖剣を手に取った。
アリアのドレスの裾を持ち上げて──まっすぐな脚が膝まで見えるくらい──いや、それじゃ足りないな。やっぱりもうちょっと……おっと上げすぎた。これじゃスカート履いてる意味がない。もっと下──これだと足りないか。もうちょっと上げて──下げて──
「だ、だめぇ! やっぱりじぶんでやります──────っ!!」
聖剣、取り上げられた。
──────────────────────────────
魔物たちは『聖なる泉』の出口に集まっていた。
山を下りるには、こちらのルートしかない。あとは切り立った岩壁と、断崖絶壁だ。
『聖なる泉』のエリアは、小さな森に囲まれている。
精霊の加護を受けているせいで、魔物たちは近づけない。中を見通すこともできない。
その加護は強力で、魔王でさえ泉の水に触れればダメージを受けると言われている。
「──ダガ、一生ココデ暮ラスワケデモナカロウ?」
追撃部隊を率いる魔将軍、ダルゲルはつぶやいた。
勇者がそれでいいとしても、アリア姫は国に帰りたがるはずだ。
ならば、そこを押さえればいい。
『聖なる泉』から山へ抜けるルートには『暗黒騎士』『黒魔道士』『ダークドラゴン』を配置した。さらには高位のアンデッドを数名。
今動かせる戦力はこれだけだ。
勇者が魔王城内部で爆炎魔法を使ったせいで、数十名の犠牲者が出た。
現在、魔王軍の戦力は激減しているのだ。
魔王からは『姫と勇者を捉えよ。生死は問わぬ』と言われている。
アリア姫は王国との交渉に使える。できるだけ生かして捕らえたいところだが、勇者の方は危険すぎる。魔将軍としても、あんな戦い方をする奴には近づきたくない。
山道を塞ぎ、敵の動きを止めて、あとは戦力差を活かして圧倒するしかないだろう。
「……朝ダ。奴ラガ動キダスコロダ。気ヲ抜クナ」
魔将軍ダルゲルが配下に指示したとき──
「キエエエエエエエエエエエ────っ!!」
『聖なる泉』から、金色の鳥が舞い上がった。
「──ナニ!?」
あれはなんだ? 魔物!? いや違う。魔法生物か!?
魔将軍の反応が遅れた。
その隙に、金色の鳥は上昇していく。その背中には、勇者と姫君が乗っている。
「『黒魔道士』ドモヨ! 魔法ヲ放テ! 奴ラヲ逃ガスナ──!!」
魔将軍ダルゲルは叫んだ。
一瞬遅れて、『黒魔道士』たちが魔法の詠唱を始める。
が──彼らの目の前でいきなり金色の鳥が、消えた。
一瞬だった。
彼らがまばたきをする間に、金色の鳥は急上昇していた。まるで瞬間移動でもしているかのように。
「「せーのっ!!」」
さらに、かけ声とともに、勇者と姫君が袋のようなものを投げた。
反射的に『黒魔道士』が魔法を放つ。風魔法が袋を破り、中身を飛び散らせる。
……ぱしゃん。
中身が破裂し、大量の滴と果実のかけらが、魔物たちに向かって降ってきた。
それを浴びた者たちは──
『ギヤアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!』
一斉に、絶叫した。
「……勇者ト姫君! ナンテコトヲスルノダ!?」
魔将軍ダルゲルは叫んだ。
空から降り注いでいるのは、『食べる聖水』テルーシャの実の、果肉と果汁だ。
勇者と姫君はそれを大量に袋に入れて、砕いて、魔物たちに向かってぶちまけたのだ。
『聖なる泉』は、魔物が絶対に近づけない聖地。
泉の水も、果実も、魔物にと高純度の聖水のようんだものだ。
魔物が触れれば皮膚は焼けただれ、アンデッドはそのまま浄化されていく。
さらに鳥は上昇する。その翼からも、高純度聖水のしずくが飛び散ってる。
魔将軍も『黒魔道士』も魔法を詠唱することもできない。
「アイツラ──鳥の翼ニ泉ノ水ヲ含マセタノカ!?」
『グオオオオオオオオオ──!』
『ダークドラゴン』が怒りの叫びをあげている。
奴の翼には果汁がべっとりとしみこみ、穴が開き始めている。
だが、まだ飛べる。遠ざかっていく金色の鳥を追いかけようと、はばたきはじめる。
べちゃ。
『ダークドラゴン』の頭に、勇者のシャツが引っかかった。
もちろん『聖なる泉』の水が、たっぷりとしみこんでいた。
『グゥゥゥギャアアアアアアアアアアアアア!!?』
目と鼻、口と耳。露出している器官すべてで高純度聖水を飲み込んだ『ダークドラゴン』は、内臓と器官に炎症を起こして気絶した。
『──オマエラニハ! ヒトノココロガナイノカ──ッ!!』
そして全身を
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