転生勇者と甘えさせたい姫君の、最強無双逃避行

第３話 魔王城に置き土産を残して、逃げる！

「イタゾ！　侵入者トありあ姫ダ！」

　城の２階の廊下で、俺たちは魔物に発見された。

　近づいてくる魔物は５体。通路をふさぐようにして走ってくる。

　反対側からも来てる。はさみうちにするつもりだ。

　途中には横道もあるけど、そっちからも敵が来てる。部屋をひとつひとつチェックしてる。ぬかりないな。

　逃げ場は、上に向かう階段だけ。

　俺たちを袋小路に追い詰める作戦か。

「やつらを引きつけて、それから逃げます。捕まってて下さい！」

「はいっ！」

　俺の背中に姫さまがしがみつく。

　同時に、俺は『高速逃走』スキルを起動する。

　敵からぎりぎり追いつけない速度を維持して──逃げる！

「姫さま、こっちです！」

「わ、わわっ！」

『高速逃走』には疲労度低減の効果があるようだ。全速力で走っても息切れもしない。

　敵は追いかけてきてる。よし。

「ナ、ナンダコイツ、速イ！」

「追イツケネェ！　矢モ届カナイ！」

「姫君ヲツレテイルノニ、ナンダアノ速サハ!?」

　俺はマップを頼りに、魔王城を走り抜ける。

　このまま正面に向かうと挟み撃ちだ。じゃあ──

「ここは右！」「ひゃぁっ」

　俺は右の脇道に入った。

　そっちにいた敵が、俺たちに気づいた。ねじれた翼と角が生えた悪魔っぽい奴。あとは黒いローブを着た……魔法使いか？　魔法は怖いな。どんな効果があるかわからないし。

「時間を稼ぐ。姫さま、手伝ってください！」

「はい！」

　俺たちは通路を駆け抜けながら、左右の部屋のドアを開けていく。

　部屋に誰もいないのは確認済みだ。逃げ込んだりはしない。

　少しでも敵の視界をふさいで、時間が稼げればそれでいい。

「飛び道具は使うな！　姫を取り戻せ。勇者は殺せ！」

　魔物たちが叫んでる。殺されるのはやだな。転生したばっかりなのに。

　俺はスキルを起動した。

　ウィンドウにメッセージが表示される。

『前後から魔物が迫っている！　どうする？』

　たたかう

　まもる

＞逃げる

　俺は姫さまを抱えて、『逃げる』を選んだ。

「キエタ！？」

　魔物たちは、開いたままのドアの前で立ち止まった。

　左右から挟み撃ちにしたはずだったのに、勇者とアリア姫の姿はどこにもない。

　開いたドアの裏側を、魔物たちはひとつひとつチェックしていく。

　やはり、誰もいない。

　残っているのは、床に落ちた黒い服だけだ。

「ナンダ──コレハ」

　それがコーヤが着ていた『スーツ』と呼ばれるものだということを、魔物たちは知らない。

　魔物は首をかしげながら、その見慣れない服をつまみ上げた。

　服の下にあったのは、きれいに断ち切られた、漆黒の鎖。

　それと、鎖を切られたことで爆炎魔法（ばくえんまほう）が起動した、深紅の宝石だった。

「──ニゲロ────！」

　魔物たちに、逃げる暇はなかった。

『外すか魔王城の外に出たら爆発する鎖』は、完全にその機能を発揮し──

　爆風と炎が、魔物たちをすべて焼き尽くしたのだった。

「逃げるよ姫さま！！」

「はいっ！」

　１階（・・）の廊下で、俺は姫さまを背負って走り出した。

　頭上では、巨大な爆音が響いてる。

　上を見ると──２階の床が熱で赤くなってる。

　爆発半径２０メートルの、爆炎魔法。

　その熱は、魔王城の床が真っ赤になるくらいの熱量だった。

　俺はマップを確認する。さっきまであった、魔物を表す光点は、ひとつ残らず消えてる。

　全員吹っ飛んだらしい。

　作戦成功だ。じゃあ、逃げよう。

「起動！　『高速逃走・強』！！」「きゃ、うぁ────っ！！」

　俺は最高速度で走り出した。

　廊下の先には、魔王城の正門がある。

　見張りはいない。魔物のほとんどは、俺と姫さまを捕らえるために動いてた。

　動かなかったのは、最上階にいる魔王だけだ。その位置は確認してある。

　鎖についていた爆炎魔法の効果範囲は約２０メートル。

『絶対逃走』のテレポートでも、水平移動では逃げられない。

　だから俺は下の階に（・・・・）テレポートして、魔王城の床を盾にすることにした。

　それまで敵を引きつけて、ドアの陰に隠れて、聖剣ガラドで鎖を切った。

　鎖と爆炎魔法の宝石は床に残して、魔物たちが魔法の発動に気づないように上着をかけてきた。

　どうやら、引っかかってくれたらしい。

「きさまらなんてことをするのだあああああああああああああああっ！？」

　頭上に影がさす。見なくてもわかる。魔王だ。

　空を飛べるのか、魔法はすごいスピードで追いかけてくる。

　でも、俺の『高速逃走』の方がが速い。俺は魔王をぐんぐん引き離していく。

「勇者！　貴様！　逃げ足ばかりが速い奴め！」

　その通りだよ。魔王。

「姫さま！　コースはこっちでいい！？」

「は、はい。魔王城を出て山を下ると『聖なる泉』に着きます。精霊の加護を受けた場所ですから、魔物は入れないはずです！」

「つまりラストダンジョン直前の回復ポイントとセーブポイントってことか！？」

「勇者さまのおっしゃることはたまにわかりませええええええんっ！」

　セーブポイントだろうが回復ポイントだろうが、俺たちには他に逃げ場がない。

　魔王城は山の上にあり『聖なる泉』はその中腹で、一本道。

　俺は姫さまを背負ったまま『高速逃走・強』で文字通り突っ走って──

　その『聖なる泉』の効果範囲に飛び込んだのだった。

　もちろん、まわりこまれなかった。

「ここまでくれば……大丈夫かと」

『聖なる泉』は、小さな森の真ん中にあった。

　森に入った瞬間、空気が変わった。魔王の声も聞こえなくなった。

　泉の広さは、学校のグラウンドくらい。

　まわりは背の高い樹に囲まれていて、外の様子はわからない。

「「はぁ……」」

　俺と姫さまはため息をついて、泉のほとりに座り込んだ。

『高速逃走』の体力の消費は少ないけど、精神的なものは別だ。

　今日はいろいろあったからむちゃくちゃ疲れた。

　姫さまも緊張が解けたみたいで、地面に細い脚を投げ出して、荒い息をついてる。

「……ごあんしん……ください、ゆうしゃさま……ここは、せいれいのちからに……まもられてて……まものもまおうも……はいり……こめ」

「説明は落ち着いてからでいいよ」

　いままで魔王の城の中にいて、しかも爆弾付きの鎖で縛られてたんだ。

　ストレスが溜まるのも無理ないよな。

「ご安心ください勇者さま。ここは精霊の力に守られていて、魔物も魔王も入り込めません」

　ドレスの胸を押さえて、長い深呼吸をしてから、姫さまは言い直した。

「ちなみに精霊というのは、回復魔法や神聖魔法を作り出した上位存在のことです」

「そんな泉が、どうしてラストダンジョンの直前に？」

「精霊はこの世界に魔法を残し、消え去りました。この世界のことは人とデミヒューマンに任せる、と言い残していったそうです。ただ、本当の危機が迫ったときは、できるだけの力を貸してくださる、と」

「それがここか」

「はい。魔の山をのぼりきった勇者の休息地にするために」

　なるほど。

　つまり精霊は、魔王城を攻略する勇者のために回復ポイントを作ったってことか。

　だったら、俺たちが使っても問題なさそうだ。

「問題は、これからどうやって脱出するか、だよな」

『逃走』特化型の俺に、できることは少ない。

　魔王のことだから、この泉はとっくに囲まれてるだろう。

　姫さまによると、この山を下りれば人間の城があるそうだ。

　問題はどうやってそこまで逃げるかだ。

「このテルーシャの実は美味しいはずです。どうぞ、勇者さま」

　姫様は泉のまわりに生えていた木から取った果実を、俺に向かって差し出した。

「この泉の水も常に浄化されているので、そのまま飲むことができます。泉の水は『飲める聖水』で、果実は『食べる聖水』と呼ばれています」

「聖水か……ちなみにこれを、魔物にかけると？」

「精霊の力でやけどします。ただ、大量に持ち運ぶわけにもいきませんから、戦闘に使うのは難しいですね。勇者さま」

「そうだよな……」

　俺は姫さまの手から、水色の果実を受け取った。

「あ、そういえば。勇者はやめてくれないかな。俺はただの一般人だから。コーヤって呼んでくれると助かる」

「は、はい。コーヤさま。それで、これからのことですが……」

「それは一休みしてから考えようよ」

　言ってから俺は、果物をかじった。

　うまい。甘い果汁がわきだしてくる。それが身体にしみこんできて、気分まで落ち着いてくる。そういえばここ２週間、インスタントしか食べてなかったっけ。美味いと身体にいいは違うんだな……。

「姫さまも休むといいよ。魔王城では緊張しっぱなしで疲れただろ？」

「アリア、と、およびください」

　姫さまは俺の手を握った。

「わたしも、コーヤさま、とお呼びします。だからコーヤさまも、わたしをアリアと呼んでください」

「……うん。わかった、アリア」

「お言葉に甘えて、わたしもひと休みさせていただきますね」

「そうだな。疲れた状態だと、いい考えなんか浮かばないからね」

「コーヤさまは、柔軟な考え方をなさるのですね」

「３徹（てつ）状態だと、いいデバック方法なんか浮かばないからね」

「それはよくわかりませんが……わかりました」

　アリアは泥だらけのドレスの裾を払って、立ち上がる。

「アリアはあちらの木陰で休んでおります。コーヤさまも休んでください」

「そうさせてもらうよ。それじゃ」

　アリアに手を振ってから、俺はステータスを呼び出した。

　眠る前に、スキルを確認しておこう。

　魔物を倒したから、もしかしたら何か変わったかもしれない。

　いや、直接俺が攻撃して倒したわけじゃないけどさ。でも『逃走スキル』で敵を倒す方法って、トラップを使うしかないから。あれで経験値が上がらなかったら、『逃走スキル』もこれ以上変化しないってことになる。

　神が与えたスキルなんだから、それはないだろ。

　念のため、ステータスを確認すると……。

『逃走スキル：レベル４』

　やっぱり上がってる。使用可能スキルは、っと。

『絶対逃走』

『高速逃走：弱／中／強』

『逃走用使い魔：陸／海／空』

　……『逃走用使い魔』。

　そういうものがあるのか。それなら……ここから逃げられるかもしれないな。

　でも、今は無理だ。魔力がなくなりかけてる。眠らないと。

　俺は横になって、目を閉じた。

　そういえば死ぬ前って全然眠ってなかったな……。

　目を開けると星空が見えた。

　月はひとつだけど、色は赤紫。元の世界とはまったく違う。

　やっぱりここが異世界で、俺は一度死んでるんだ。

　俺はスキルを再確認。魔王を出し抜いて逃げる方法を組み立てるながら……目を閉じた。

　ひさしぶりに……目覚まし時計を気にせずに、眠れそうだ。

　おやすみなさい。