転生勇者と甘えさせたい姫君の、最強無双逃避行

第２話 ラスボスに遭遇したから、逃げる！

　気がつくと、俺は知らない場所に落っこちていた。

　さっきまでのふわふわした空間とは違う。堅くて、冷たい感じがする。

　天使は、あの空間でテレポートすると『座標がずれる』って言ってた。

　確かに、ここは王様の居城って感じじゃないな。暗いし、変な煙が漂ってるし。

　まわりはやけに広くて、豪華な柱が立っている。

　城なのは間違いなさそうだ。

　床には深紅のカーペットが敷いてあって、その先には玉座。

　玉座に座っているのは角の生えた男性がいる。いや、人間なのか、あれは。

　身長５メートルくらいあるんですけど。牙が生えてるんですけど。

　それに、コウモリみたいな翼があるんですけど！？

　眼球は金色と赤で点滅してるし、息を吐くたびにしゅごーっ、しゅごーっ、て煙が出てるんですけど！？　すっごい威圧感あるんですけど！！

　まさかこれが、この世界にいるという魔王の手下という奴か！？

「何者だ！　ここを魔王グランデルガの居城と知ってのことか！？」

「魔王本人かよ！？」

　なんてことだ。

　俺は、ラスボスの真ん前に落ちたらしい。

「おそれを知らぬものよ。よかろう。ここまで来たことに敬意を表し、お前を勇者と呼んでやろう！」

「呼ばなくていいよ遠慮するよ！」

「勇者さまっ！」

　玉座の前で、銀髪の少女が叫んだ。

　裾の長い白いドレスを着てる。瞳の色は青、年齢は１０代後半くらい。

　どこかの姫さまだろうか。

「あなたは、魔王を倒しに来た勇者さまなんですか！？」

　少女は俺を見て、言った。

「いえいえ違います」

　俺は首を横に振った。

「な、なんでもいいです。早くここからお逃げください。そして人里に出たら伝えてください。ナルンディア王国の姫、アリアは人質にはなりません。アリアにかまわず、魔王を倒すように、と！」

　少女の手足には、鎖が巻き付いてる。

　つまり、この子はとらわれの姫君ってことか。

「けなげなことだな、アリア＝ナルンディア」

「あなたの思い通りにはさせません。魔王グランデルガ！」

　少女は魔王をにらみ付けた。

「勇者さまがここにいるということは、この魔王城も難攻不落ではないということ。いずれ勇者さまがあなたを討ち果たすでしょう！　わたしを人質にしても無駄です！」

「今のうちにほざくがいい。人間との戦が始まれば、貴様の首を城門にさらしてやるわ」

　魔王はそれから、俺の方を見た。

　忘れてるかと思った。というか、忘れてて欲しかった。

「で、貴様はどこから入ったのだ！？」

　どこからだろう？

　あのふわふわ空間って上か？　下か？　別次元って可能性もあるよな。

「見張りはなにをしていたのだ！　者共、侵入者だ！　今すぐここに集まれ！」

　魔王はコウモリの飾りがついたベルを鳴らした。やばい。

　俺は『逃走スキル』を起動した。

　ウィンドウには魔王城のマップが表示されてる。目の前には大きな赤い敵シンボル。

　廊下の方から、十数個の敵マークが近づいてくる。

　ここは魔王の城の最奥、玉座の間。壁の向こうにはいくつかの部屋がある。

　とりあえず逃げよう。

「失礼します。姫さま」

「ひゃっ！？　ゆ、勇者さま？」

　俺は姫さまを担ぎ上げた。

　ひとりで逃げるのって苦手なんだ。そのせいで、前世では逃げ損なったくらい。

　この少女のことはなにも知らないけど、戦になったら殺されるらしいし、このまま放置するわけにもいかないか。それに、できれば話の通じそうな人に、この世界のことを教えて欲しいからな。

「勇者さま！　わたしに構わずお逃げください。敵が、敵が来てしまいます！」

「ふはは。ここから逃げられると思うか！？」

　魔王が立ち上がった。

「知っておるだろう『魔王からは逃げられない』と！　お前が何者かは知らぬが決して逃がさん！　八つ裂きにしてくれる！！」

「発動！　『絶対逃走』！！」

　ウィンドウに、メッセージとメニューが表示された。

『魔王は高笑いしている！　どうする？』

　たたかう

　はなす

＞逃げる

　俺は『絶対逃走』を実行した。

「き、消えるだと！？　まさか『魔王からは逃げられない』はずだ！　おい、こら──ちょ？　ど、どこに行った──────っ！？」

『コーヤ＝タカツキとアリア姫は逃げ出した！

　しかも、まわりこまれなかった！』

「出現、っと」

　俺とお姫さまは、壁の向こうにある小部屋へと瞬間移動（テレポート）した。

　直線距離で、魔王から１５メートルくらい離れたところだ。

　ウィンドウに表示されたマップを見ると、城の中にいる魔物のほとんどが、さっき部屋に集結してる。こっちには気づいてないようだ。

　ちょうど廊下が手薄になってる。今のうち。

　俺はお姫さまを抱えたまま階段を駆け下りて、手近な部屋に入り込んだ。

　薄暗い部屋だった。

　金貨が入った袋や、宝箱が並んでる。ここは城の宝物庫か。

『絶対逃走』の使用回数はあと１回だ。急いで脱出方法を考えないと。

「ゆ、勇者さま。あなたは？」

　部屋の床に座りながら、お姫さまが俺を見てた。

　着てるのは、あちこちほころびたドレス。頭には金色のアクセサリをつけてる。

　身長は小さい。胸はけっこうあるけど。

　何歳ぐらいなんだろう。元の世界だったら中学生……ぎりぎり高校生くらいか。

　今の俺は１８歳になってるはずだから、少し年下かな。

「俺は怪しいものではありません」

「は、はいっ！」

　お姫さまは立ち上がろうとして……両脚にからみついた鎖を見て、ため息をついた。

「助けていただいてありがとうございました、勇者さま。アリアはナルンディア王国第２王女、アリア＝ナルンディアと申します」

　お姫さまはは座ったまま、俺に向かって、ちょこん、と頭を下げる。

　いつの間にか「わたし」から「アリア」になってるけど。

「感謝いたします。このご恩は絶対に忘れません」

「俺はコーヤ＝タカツキ。通りすがりの異世界人だ」

「異世界の方は魔王城に通りかかるんですか？」

「なりゆきで」

「なりゆき？　そんなお方が、どうしてアリアを助けてくださったんですか？」

　…………。

　改めて聞かれると──

「…………なんで？」

「聞いてるのはアリアの方です！」

　どうして俺はお姫さまを助けたんだっけ。

　その場の勢いで一緒にテレポートしちゃったけど、よくよく考えると……。

　うん。助け出す瞬間、いろいろ考えたな。

　俺はこの世界のことをなにも知らない。

　見た感じ、彼女はどこかの王国のお姫さまで、魔王に捕まってる。命が危ない状態だ。

　それでも俺に『逃げろ』って言った。つまり、義理堅くて誇り高い。でも、放置してたら魔王に殺される。元の世界で逃げ損ねて死んだ身としては、放っておけなかった。

「助けたいから助けた。それでいいだろ」

「は、はい。ありがとうございました！」

　結局、元の世界と同じことしてるな、俺。

　元の世界の職場でも、年下の後輩が辞めるまで逃げる気にならなかった。向こうに負担が行くのがわかりきってたからな。

　そんなことしてるから、逃げるタイミングを逃してるんだ。反省しよう。

「で、お姫さまはどうしてこんなところに？」

「母の墓参りに行く途中に、魔王に捕らえられたのです……」

　姫さまの話によると、この世界では魔物と人間が領土争いを繰り返しているそうだ。

　その魔物たちの王様が、魔王。

　あいつは魔物たちを操って、魔王軍というのを作っている。

　魔王の領土と一番近い国が、姫さまの国『ナルンディア王国』

　領土争いの一環として、魔王の配下は旅行中の姫さまをさらったそうだ。

　人質として、交渉に使うために。

「……私も王家の者です。覚悟はできています……恐いことは……恐いですけれど」

　姫さまの手は、かすかに震えてた。

　姫さま、さっきは俺に「逃げろ」って言ってたっけ。

　人質で……逃げられないで……道具にされて……。

　……うん。なんだか親近感を感じるな。

「まずはその鎖をなんとかしないと」

　俺は姫さまの手足に絡みついた鎖に触れた。

「それに触れたらだめです！」

「……え？」

「この鎖には呪いがかかっています。アリアの魔力を吸い取り、爆炎魔法のエネルギーにしてるんです。鎖が破壊されるか、アリアがこの城から出るか……どちらかをトリガーに、爆炎魔法が発動します。数秒以内に爆発するしかけなんです」

　姫さまは唇をふるわせて、俺を見た。

「勇者さまはお逃げください。アリアだって王家の姫です。指輪には自害用の毒薬だって仕込んでます。勇者さまは、皆に魔王城の情報を伝えてください。お願いします！」

　よく見ると姫さまを縛る鎖には、深紅の宝石がついてる。

　一定間隔で点滅してる。あれが爆炎魔法が仕込まれてる宝石か。

　姫さまの話によると、鎖を外すか魔王城から出ると起爆して、巨大な爆風と炎が周囲のすべてのものを焼き尽くすそうだ。その範囲は、直径３０メートル前後。

　つまり『絶対逃走』のテレポートでも逃げられない。

　そして姫さまの指には青い指輪がはまってる。

　こっちは彼女の私物だ。

　毒薬が入ってて、魔物になんかされそうになったら、いつでも自害できるように、って持ち歩いてたそうだ。

「なるほど、わかった」

「わかってくださいましたか」

「これは『逃走スキル』の使いがいがあるってもんだな……」

「わかってくださってません！？　それに『逃走スキル』ってなんですか？　この世界にそんなものあるはずがないです。とにかく、勇者さまは逃げてください。アリアを助けてくださった方が傷つくのは……アリアは、嫌です」

　お姫さまは俺を心配してくれてる。

　ありがたいけど、今はスルーだ。

　俺は天使からも、逃げられた。

　そして、この城には魔王がいる。たぶん、異世界の最強に近い存在だ。

　そいつからも逃げられたなら、この世界で俺を止められる奴はいないってことになる。

　どうせ一回死んだ身だ。

　前に死んだとき『今度は嫌なことからは逃げる』って決めた。このスキルでどこまでやれるか確かめてやる。使えるものはなんでも使う。

　世界の果てまで逃げ続ければ、どこかに、のんきに生きられる場所が見つかるだろ。ないならもう知らん。

　魔王だろうと天使だろうと関係ない。

　俺を捕らえようとするなら、神さまからだって逃げてやる。

「そのために使えそうなものは……」

　俺は部屋を見回した。

　そういえば、宝箱があったな。

　ラストダンジョンって、ハイレベルなアイテムが落ちてるのが定番だよな。

「……で、やっぱり宝箱にはトラップが？」

「……はい」

　俺の問いに、姫さまはうなずいた

「魔王城のトラップは凶悪です。致死性の毒矢……毒針……あまたの勇者が、それに引っかかって命を落としたとされています」

「宝箱そのものが襲ってくるってことは？　あと、毒ガスとかテレポータとか」

「そういう罠は聞いたことがないです」

　そっか。

　じゃあ、これを使おう。

　俺は『逃走スキル』のうちのひとつ『高速逃走』を起動した。

　ウィンドウにメッセージが出た。

「逃走レベルを選んでください。

『高速逃走・弱』：敵の近接戦闘の間合いから素早く逃走。

『高速逃走・中』：敵の武器と魔法を見てからよけられるスピードで逃走。

『高速逃走・強』：相手の視界から消えるスピードで逃走」

「『高速逃走・中』っと」

　俺はスキルを選択してから、宝箱を開けた。

「勇者さま！　危ない！！」

　俺は真横に移動した。

「──え？　勇者さまの動きが、見えなかった……。あの距離で毒矢を避けるなんて……すごい」

「よし成功」

　毒矢は、俺の後ろの壁に突き刺さってる。

『高速逃走・中』は、魔法と飛び道具を見てから避けられる。

　当然、毒矢なんか当たるわけがない。

「宝箱の中身は短剣と、ポーション、金貨と宝石か」

「そ、それは伝説の聖剣ガラド！？　それに復活薬（エリクサー）まで……」

「へー」

「へー、じゃないでしょう！？」

　姫さまは目を丸くしてこっちを見てる。

「魔王が勇者に渡したくないアイテムを、ラストダンジョンに隠しているというのは本当だったのですね……」

「聖剣なら、その鎖も切れるかな？」

「切れますけど、数秒後に爆発しますね」

「じゃあこれはあとで」

「あとで……って」

　姫さまは俺の膝に手を載せて、顔を近づけてくる。

「勇者さまはいったい、どうしてそんな力をお持ちなのですか！？」

「事故で魔王城に落ちてきた異世界人だから」

「その力を使って、この世界でなにをなそうと……！？」

「嫌なことからは逃げてだらだら生活しようと思ってます」

「はぁ？」

「元の世界では学校や仕事からは逃げられないように……というか、逃げた先の選択肢がないようなシステムになってたので。それで結局、やばい仕事から逃げるタイミングをなくして、死んじゃったんだ」

「……そうなのですか？」

「だから、この世界では嫌なことから逃げるようにしようと思ってる」

　どんな苦難が待ち構えていても、逃げる。

　当然、次に遭遇する苦難からも、逃げる。

　そうして最後にたどりついた場所で……

「まぁ、なんとか生活できればいいな、と」

「壮大でちっちゃな夢ですね！　もうっ」

「そんなわけで、姫さまには一緒に逃げてもらわないと困るんだ。俺はまだ、この世界ことがなにもわからない。それじゃちゃんと逃げることもできないから」

「でも、アリアはこんな状態です……」

　姫さまは自分を縛る鎖を見た。

「その鎖の対策は考えました」

「いつの間に？」

「俺は、逃げることを考えさせたらプロなんです」

　元の世界では「いかに職場にダメージを与えてから退職するか」って頭の中で考え続けてたから。

　例えばもっと仕事が忙しいときに、俺が消えたら納期が遅れるようにしてから逃げる。

　あるいは上司と口論になって、向こうが暴言吐いたら向こうの責任になるようにして、逃げる。

　そういうこと考えるようになったら危険水域だって気づいたのは、死んでからだったけどさ。

「元の世界では逃げる方法を毎日考え続けてきたし、今はそのためのスキルも持ってる」

「……えっと」

「そういうわけなんで、一緒に来てもらえないかな？」

　姫様がいるといないとでは、この世界の難易度が違いすぎる。

　それに、どうせ一回死んで、魔王にケンカを売った身だ。

　姫様と一緒に、逃げられるところまで逃げてみよう。

「わかりました。この城から出たあとのことは、アリアにお任せください」

「うん。それじゃ行こうか」

　俺はマップを再確認。

　逃げるルートはいくつかあるけど、どうしても敵と遭遇しなきゃいけない。

　ここは最短ルートで行こう。

　俺のスキルは『逃げる』ことに特化してる。

　というか、逃げることと、相手の足止めにしか使えない。

　使えるものは全部使って、このラストダンジョンから逃走することにしよう。