恋する少年少女

「いっちゃいましたね……」

「うん……」


 僕と冬華の間に沈黙が走る。

 時刻はまだ正午。

 チクタク、と静かな空間に秒針の動く音が反響する。


「どう、しようか……」


 口火を切った僕はぽりぽりと頭を掻きながら問いかける。


 いつもダンジョンに行くときは二人きりだというのに、シチュエーションが違うだけでこうも緊張してしまうとは思ってもいなかった。

 この狭い空間に、僕たち二人だけしかいないのだと思うと、体が強張るのを感じる。


 バクバクと高鳴る心臓の鼓動を落ち着かせながら、僕はチラと彼女の横顔を覗き見る。


「このまま何もしないでいる……というのも時間がもったいないですし、その、どこか、出かけてみますか?」


 それは、水穂さんの意見を丸々飲み込んだ形であった。

 なんだかんだ言いながらも、歯親の意見を参考にしてしまうくらいには親子仲は良好らしい。


 白月さん――否、冬華は長く伸びた黒髪を弄りながら、視線を向ける。

 判断は僕に任せる、と、そういうことだろうか。


「それじゃあ、そうだね。うん、行こう!」


 このままここにいてもしょうがない。と、僕は立ち上がる。


「ケーキとチキンとその他諸々は……まあ、夕飯時になったら戻って来るなりすればいいでしょう。量が量ですし、外では物を食べない方がいいかもしれませんね」

「そうだね。それで、どこに行こうか?」


 意気揚々と立ち上がったはいいものの、僕にはここら辺の地理に疎い。

 というか、遊ぶ場所や観光地など、ほとんど知らないのが現状だ。


 申し訳ないが、今回は冬華をあてにする他ない、のだが……


「そ、そうですね……えっと」


 冬華は困ったように視線を右往左往させる。

 そして、申し訳なさそうに俯いた。


「じ、実は私もここら辺のことはまだよく分かっていなくて……」


 引っ越してから大分時間は経っているはずだけど? と疑問に思ったのも束の間。

 ほとんど毎日ダンジョンに行っているせいで、遊びに興じることが出来なかったのか、と思考が行き着いた。


 まあ、要因はそれだけではないとは思うが、それが第一だろう。


 そうならば仕方がない。

 僕は妥協案を打ち出す。


「うん、適当に街をぶらつこう! それだけでも時間は潰せるし、ここら辺のことを知るにもいい機会でしょ?」


 僕の提案に、なるほど、と彼女は感心したように目を見開いた。


 そうと決まれば早かった。


 互いに外出用の服を着ていたこともあって着替えの心配もなく。

 分厚いコートを着込んで防寒対策はバッチリ。


 持ち物なんてのは携帯と財布があれば十分。


 それだけもって、僕らは息を弾ませ外へ出た。


 ◆


 多くの店が連なり、喧騒を極めたその街は今日も活気にあふれていた。


 クリスマスということもあって、いつも以上にざわめきに包まれた街に、僕たちは二人、訪れていた。


「ひ、人が多いです」


 冬華は若干疲れたように声を漏らした。


 彼女の言う通り、今日は一際人通りが多く、ともすればはぐれてしまいそうなほど。


 僕は後ろから押された衝撃でたたらを踏んだ。


「おっと」


 しかし、そこはレベルアップにて身体能力が底上げされた探索者。

 体のふらつきからすぐに態勢を整える。


「大丈夫ですか?」


 冬華は僕より数歩進んだ先から、心配そうに声をかける。


「て、手でも繋ぎましょうか?」


 からかい混じりの声だった。

 もちろん、照れも多分にふくんでいるのだろうけど。


 彼女はソッ、と手を差し伸べる。


 しかし、僕はこの手を取るべきなのか、と思案した。


 僕は、彼女に――冬華に、仲間という以上に異性として意識し始めてしまっている。

 それは、これからパーティを続けていく上で、弊害になる可能性も秘めている。


 もし、これで告白でもして振られたら? 気まずくなって連携もうまくいかなくなってしまうことだろう。互いに会うことすらも億劫になり、気遣いに疲れ、ダンジョンにもそれを持ち込み、死に至る。

 そんなことがないとは、決して言い切れない。


 彼女も、僕へ負の感情は抱いていないだろう。それどころか、好意くらいはもっているのでは? なんて思ってしまうくらいには、僕らの仲は良好だ。

 これが自分の勘違いでなければ。


 だが、それはあくまでパーティとして。

 異性として、付き合う対象として、性の対象として、彼女は僕のことを見てくれているのだろうか?

 ぼくは、それが不安でたまらないんだ。


 僕が今、この手をとったのならば、僕の持つこの想いは、さらに加速することになるはずだ。


 早鐘を打つ心の臓が、うるさいくらいに僕へ警告する。


 ――本当に、大丈夫か? と。



 結果、僕は、この溢れ出る想いを……このまま閉じ込めておくことは、出来なかった。


 理性の忠告を、本能が振り切った瞬間だった。

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