七階層進出
退院後、二日が経過したこの日は、久しぶりのダンジョン攻略である。
ミンミンとうるさいほどの蝉の声が網戸にした窓の外から耳に入り、照りつける太陽光が僕を覚醒へと導く。
クーラーをつけてないこともあってか、夏の熱気にやられて寝間着のシャツは汗でビッショリ濡れていた。
気怠さの残った体を無理矢理起こして、僕はいつもと同じように準備を始める。
ピョンピョンと跳ねまくった前髪を整え、顔を洗って目を覚まし、軽くシャワーを浴びて汗を洗い流す。
そんでもって、体がサッパリしたところで朝食を腹に入れる。
昨日は買い物もしていなかったので、家にあるもので適当に済ませた。
その後で、寝間着からダンジョン探索用の服……というか皮鎧を着込み、自らの相棒ともいえる槍の整備を行う。
それが終わった頃にはちょうどいい時間になっていた。
僕は集合場所に指定していたギルドに向かうため、ボロアパートを後にした。
◆
歩いてギルドまで向かっていると、その途中で白月さんと合流した。
そして、十分ほどの道のりを歩き、ギルド会館前まで辿り着くと、そこには厚めの皮鎧を着込み、背中には見るからに重そうな大斧を背負った体格のいい男の姿があった。
僕が彼を源だと認識するのに、そう時間はかからなかった。
白月さんとともに、源との合流を果たした僕たちは時間ももったいないから、と早速ダンジョン攻略に踏み出すこととなったわけだが……。
「源、お前……もしかして寝てないのか?」
彼の顔には疲労と焦燥が浮かび、目元には薄っすらと隈が見え隠れしていたのだ。
源は僕の言葉に気まずそうに小さく「ああ」と肯定し、足の動きを止めた。
「でも、大丈夫だ。たしかに昨日はあまり眠れなかったが、これくらいなら動きに支障は出ないから」
僕は一度、今日はダンジョンに入るのはやめて休みにしよう……と進言しようとしたのだが、しかし、源の少しでも早くポーションを手に入れたいという想いの強く伝わる必死な形相に押されて、その言葉を飲み込んだ。
「早く……行こう」
源は先陣を切ってダンジョン一階層に端を踏み入れた。
僕たちもダンジョン入り口の脇に待機する、もう見慣れた顔馴染みの警備員さんにライセンスを提示すると、源の後を追って足を進める。
「かあぁぁぁ!!」
二時間ほどを要して、僕たち三人はオークたちの巣窟――六階層まで到達していた。
そして、本日の目標でもある七階層までは後少し。
そんな中で、遭遇した一体のオークと源は対峙していた。
彼の願いもあって、一対一で戦いをさせていたが、この勝負……もう、決着がついたようだ。
源の大斧がオークの豚腹を両断し、赤黒い血飛沫をまき散らした。
ベチャベチャッと床やら壁だけでなく己自身すらも赤く染め、しかし彼は気にした様子を微塵も見せてはいない。
血に濡れた斧をブォンと一振りして刃に付着した血糊を飛ばす間に、オークの死体はすでに黒い靄となって消え失せている。
荒い息を吐いて斧を背に担ぎ直した源は僕たちに視線を向けることも忘れて休むことなく先へ先へと進もうとしていた。
「ちょっ、ちょっと待てって!」
僕は源の肩を掴んで動きを止め、少しでも休憩を入れるように指摘する……が――
「いらない……もうすぐで、七階層なんだろ? だったら――ッ!」
源にとっては七階層以前に六階層もまた始めて足を踏み入れる領域である。
それに加えて慣れないパーティでの戦い。
自分が思っているよりも体には疲労が溜まっていると、彼は気づけていないようであった。
いや、仮に気づいていたとしても、源は足を止めることはなかっただろうが。
玉のような汗を滲ませながら、それでも休憩を挟もうとはしない彼に、僕は力ずくで腰を下ろさせた。
呆然としている源に、目を細めて諭すように口を開く。
「いいか、源。僕たちは今、一時的にとはいえパーティを組んでいるんだ。お前が無理をして、倒れでもしたら僕たちの命も危険に晒される。源が焦っているのも分かる……でも、今は大人しく休め」
「……分かった、よ。悪かった」
源は僕の語気を強めた言葉にハッとして、申し訳なさそうに視線を逸らすと、ようやっと肩の力を抜いた。
彼の言う通り、七階層までは後少しの道のり。
しかし、七階層は僕たちにとっても未知の多い場所であり、油断なんて出来るはずもない。
出来うる限りの安全マージンをとっておきたいのだ。
そんな中で、源が疲労を溜めたままでいてもらっては困る。
結局、一時間程度の休憩の後、僕たちは七階層へと足を踏み入れることと相成った。
僕は槍を、白月さんは短剣を、そして源は大斧を手にして。
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