デート
フロアボス討伐後。
僕らは六階層に進むではなく、そのままギルドに直行した。
というのも、特別何か事情があったわけでもなく、ただ単に疲れたから。
その疲弊が顔に出ていたのか、受付に立つ立花さんは気遣わしげに眉を寄せた。
「第五階層フロアボス討伐ご苦労様です。……しかし、大分お疲れのようですね」
「まぁ、そうですね」
今日まで休みを挟まずに探索を続けていたからな。
疲労が残っているのだろう。
しかし、若いうちであれば疲労なんて一日寝れば取れているものだ。
僕は明日から六階層攻略に移るつもりである、と立花さんに伝えると、彼女は不服そうに頬を膨らませた。
その仕草は、大半の女がやったところであざとい、狙っている、気持ち悪いと誹りを受けるだろうが、幸いにも立花さんは美人だった。
それ故に、不覚にも僕も少しばかりドキリとさせられた。
立花さんはしばらく考え込み、そして、いいことを思いついたとばかりにその顔を輝かせた。
「あー、そういえば、明日って私、非番なんですよねー」
棒読みだった。
あからさま過ぎるほどに。
「えっと……?」
しかしながら、女性経験に乏しい僕はその言葉が意味することを理解できないでいた。
だからどうした、と首を傾げる僕にフフッと上品に笑いかけると、耳元まで口を近づけて彼女は囁いた。
「明日、お姉さんとデートしない?」
それは、悪魔の囁きであった。
デート。
いい響きだ。
僕は生まれてこのかた女性と二人っきりでお出かけなど、したこともない。
そんな身からすれば、彼女の提案は抗いがたい甘言だ。
しかし、しかしだぞ。
休む休まないは僕の独断で決められるものではない。
なにせ、僕らはパーティで動いているのだから。
さて、どうしたものか、と僕は横に立つ白月さんを盗み見る。
彼女は予想通り、顔を顰めて立花さんを睨んでいた。
僕のすぐ隣に立つ彼女には立花さんの囁き声が聞こえていたみたいだ。
「立花さん、うちの柊木さんを誘惑するのはやめてもらえますか? それに、明日の予定はもう決まっていますから」
白月さんは敵意すら孕んだ声音でそう告げた。
が、対する立花さんは臆した様子一つ見せない。
それどころか寧ろ、嬉しそうに頬を緩ませた。
「……もしかして、嫉妬ですか?」
もはや確信犯だろう。
ニヤニヤとした笑みで白月さんを煽っていく。
その言葉に反応してか、彼女は顔を赤く染める。それは怒りによるものか、それとも羞恥か。
どちらにせよ、白月さんは立花さんへと食ってかかる。
「そ、そういうことじゃありません!」
「それなら、白月さんも明日一緒に行きます?」
どういう思考からその結論に至ったのかは分からないが、立花さんは白月さんをも巻き込もうとしているらしい。
僕としては構わないが……いや、やっぱり男一人に女二人だと荷が重いかも知れない。
両手に華というのには多少憧れるが、上手くリード出来る気がしない。
僕にはハーレムは向いていないな、と再認識したところで、女二人の討論も終わりを迎える頃のようだった。
結局、押し負けたのは白月さん。
ここで年の功が出たか……まあ、年の功といっても一、二年程度の差だろうが。
「実は知り合いと行くはずだった映画、ドタキャンされちゃって、どうしようかなって思ってたところなんです。って事で、これ上げちゃいます!」
彼女が懐から取り出したのは最近話題沸騰中の映画チケット。
ちょうど三枚あるそのうちの二枚を僕らに手渡してきた。
タダで貰うのは忍びない。
そう遠慮する僕らに、しかし立花さんも引き下がらない。
「いいんですよ。というか、貰ってくれないと余っちゃいますから」
と。
そこまで言われたら、僕たちもいらないと突っぱねることもできなくなった。
渋々受け取り、反対に立花さんの笑顔は増す。
「それじゃあ、明日は駅前に八時集合ってことにしましょうか。ちゃんと私服で来てくださいね」
僕たちをなんだと思っているのだろうか。
ダンジョンに行くわけでもないのにガチガチに装備を固めていくわけもない。
まあ、これも彼女なりの冗談なのだろうけどね。
なんやかんや、流れに身を任せていたら明日は女の人――それも美女、美少女を侍らせての外出ということになっていたのに改めて気がついたのは帰宅してすぐのこと。
今更やっぱやめます、とは言えないので、せめて二人に恥はかかせまいと僕は、翌日に着ていく服の精査を始め、そして手持ちの服の少なさに軽く絶望を覚えるのだった。
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