注意喚起

「ごめん、奏。今日は色々と迷惑をかけたみたいで。……それと、ありがとう」


 ギルドまで訪れた智也は南條さんと二、三言、言葉を交わすと、僕へ向き直った。


 いや、別にいいよ。と言おうとしたが、よくよく考えてみると、今回のは流石に危なかった。

 死にかけたし。


 友達だからってだけで動き出した僕たちも軽率だったが、それはそうと、こいつらに何があったんだと気になってしまう。


 あからさまな表情を出さないように首を振って答えるだけに留めておく。


「それじゃあ、俺たちはもう行くよ」


 智也は俯く南條さんの手を引いて歩き出した。

 彼女の顔は、僕からは見えなかった。


 ◆


 ガチャリ、と次に扉が開いた時、現れたのは熊野さんだった。


「あれ、南條さんはもう帰ってしまったんですか?」


 ガタイのいい体でキョトンとした顔を浮かべる。


「はい。ついさっきまではいたんですけどね」

「うーん、そうですか……話しておきたいこともあったんですけどね」


 熊野さんは困ったように眉を寄せた。


 ふむ、話したいこととはなんだろうか。

 僕の中の好奇心が芽生え始めた。


「それって僕たちが聞いてもいいことですか?」

「え……はい、それはもちろん。柊木さんたちにも聞いていただく予定でしたから」


 どうやら、話、というのは南條さん個人に対することではなかったようだ。


「それで……その話というのは?」

「ああ、えっとですね、最近になってダンジョンの中でもイレギュラーな事態が起こることが増えてきているようなので、その注意喚起を、と思っていたのですよ。ちなみに、今回のこともそうです。上層の魔物が五階層も下に降りるだなんて異常も異常ですから」


 これはさっきも言っていたことだ。

 この言い方だと、それ以外にもおかしなことが起きているのだろう。

 そう納得した僕に、熊野さんは淡々と続けて言葉を紡いでいく。


「その他にも、本来は滅多に出現しないはずの上位種の発見報告も今週に入って三件もありましたから」


 上位種……か。

 上位種といえばだが、今日もあのトカゲと戦う前にゴーレムの上位種に遭遇したんだっけな。

 このことを熊野さんに報告してみると、目を見開いて驚愕の声を上げた。


「ええっ!? な、なんでいってくれなかっんですか! それが本当だったら今週四件目の上位種ですよ! こ、これはちょっとまずいことになってきたかもしれません」


 上に報告してきます! と若干焦り気味に急いで部屋を出て行った。

 ドタバタうるさい足音を響かせ、僕たちはそれを呆然と見送った。


「僕たちは……どうしようか?」


 僕たちはもうこれ以上ギルドにいる理由もなくなったし、熊野さんもどこかに行ってしまった。


「……帰りましょうか」


 白月さんは帰宅を提案。

 僕もそれに否はない。

 というか、僕も早く帰りたい。

 今日はもう、疲れた。


「帰ろう」


 短く返して、僕たちは足を進めた。

 休憩室を出て、少し歩いたところで見慣れたギルドのホールに出た。


「あれ、柊木さん?」


 どこからか僕を呼ぶ声が聞こえた気がする。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、カウンターに座る立花さんが僕たちを向いて手を振っているのに気がついた。


 僕と白月さんは、無視するのも悪いか、と疲れた体に鞭打って立花さんのいる受付まで足を運ぶ。


「なんです?」


 自分でも思ったよりぶっきらぼうな口の利き方だったという自覚はある。

 それでも立花さんは嫌がるでもなく僕らに労いの言葉を送った。


「大丈夫ですか? 今日はいつもよりお疲れな感じですけど」


 と。

 途端、僕は胸がチクリと痛む罪悪感に襲われた。


「い、いえ、大丈夫ですよ」


 声が若干上ずった感じがした。

 それは焦りからのものだろう。


「それよりも、何か用があったんじゃ?」

「いえ、その、ただお二人の姿が見えたので声をかけてみただけです」


 ニコリ、と微笑んだ彼女は僕にはとても眩しいものに見えた。


「あー……それじゃあ、せっかくですし、今日のドロップ品換金してもらってもいいですか?」

「はい、了解です」


 数としてはいつもより少ないが、それでもないわけでもないのでバックからドロップ品を詰め込んだ袋を取り出す。

 カウンターの上にあるトレーに乗せてそれを立花さんに手渡すと、手慣れた様子で鑑定を始める。


 やはり、本日の稼ぎはいつもと比べると少ないものだった。

 具体的にいうと、三分の一くらい。


 まあ、これでもそこらのバイトよりも遥かに稼いでいるのだが。


「今日はもう帰ることにします」

「お疲れ様です」


 お金を受け取ると、特にこれ以上話すこともない……というか長々と話を続けられるだけの体力が残っていなかったので、僕と白月さんは各々立花さんに声をかけてギルドを出た。


 思ったよりも体に疲労が溜まっていたようで、帰路についてから家に到着するまでにいつもより倍程度の時間がかかってしまったのは白月さんも同様であった。

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