ハーレム

 一日の探索が終わり、ギルドに戻るとやはりいの一番に向かうのは立花さんのいるカウンター。


 僕ら二人は本日の収穫ドロップ片手に足並みを揃える。


「あれ、今日は早いですね」


 僕らの姿を視界に入れた立花さんは疑問符を浮かべた。

 彼女の言う通り、今日はいつもより少しだけ帰りの時間が早い。だが、そこに理由があるわけでもなく、僕らは曖昧に笑って誤魔化す。


「あはは……そうですね。それより、換金お願いします」


 僕はバッグからドロップ品を次々と取り出していく。


「はい、了解です。それにしても、今日もまた多いですね」


 トレーの上に軽く山が出来る程度には積まれた鉱石と魔石。

 僕らにとってはこれが普通レベルだが、何人もの探索者を相手にしている立花さんからすれば、僕らは異常なのだとか。


「はい、終わりましたよ」


 もう、何でもないように二分とかからず仕事を終わらせる立花さん。

 最初の頃はもっと時間がかかっていた印象だが、慣れてきたのかその動きはスムーズに繊細になってきた様子であった。


 トレーに乗せて渡されたお金は白月さんが回収し、さて、これからどうしようか、というところで立花さんがカウンター越しに話しかけてきた。


「そういえばお二人とも知っていますか?」


 と。

 ニヨニヨと笑顔を浮かべて、ご機嫌な様子。

 当然、いきなりそんなことを聞かれても分かるわけもなく、僕は「何を?」と尋ねる。


「ダンジョンの第十五階層のフロアボスが討伐されたんですよ! しかも、私が担当している探索者さんがっ!!」

「へぇ……」


 ダンジョン十五階といえば、自衛隊やら警察官やらがいる最前線。


 最近は全然進捗を聞かないからどうしたのか、なんて思っていたけれど、恐らく十五階層レベルともなると一つ分の階層を攻略するだけでも相当な難易度なのだろう。


 そんでもって、立花さんが喜色に満ちているのは自身の担当探索者が手柄を上げたから。

 つまり、彼女にもボーナスやら何やらが出るのだろうさ。


 僕らはそんなことを聞いても何かあるわけでもなし。特に興味の類は湧いてこなかった。


 僕らの適当な返事にむくれる立花さんだが、ムキになって「じゃあ」と今度はまた違う話題に変える。


「柊木さんたちって今は五階層よね?」

「え……はい、そうですけど」


 突然の質問に戸惑いが生じるが、それでもきっちりと返事は返す。


「なら、もうすぐ五階層に辿り着きそうなパーティがいるのは知ってる?」

「いえ、初耳です」


 少し前に聞いた時はどの探索者も一階層でつまづいているのがほとんどで二階層まで到達しているのも少数だったと記憶していたが。


「“紅蓮隊”っていうパーティなんですけど……」


 “紅蓮隊”。

 名前だけは聞いたことがある。

 僕らのパーティネームを考えた時も目にした名前だ。


 どういった意図でそんな名前にしたのかは分からないが、印象に残る名前ではあった。


「最近、新しくスキルを手に入れたみたいで、多分そのおかげでしょうね」

「ほう……それって、どんなスキルか分かります?」


 スキル、といっても千差万別であるし、もし僕らに危害が及ぶような可能性のあるスキルだった場合は探索中も注意しなければならないからな。


「いえ、流石にそこまでは……皆さん、ただの受付嬢に自分のもっているスキルまでは教えてくれませんから」


 苦笑気味に彼女は言った。

 これに、僕は何も返してはあげられない。なにしろ、僕だって立花さんに自身のもっているスキルは教えていないのだから。


「まあ、それは別にいいとして……“紅蓮隊”は男の人なら絶対に羨ましがるパーティですよ」


 それは僕に向かって放たれた言葉だった。明らかに僕へと視線が固定されている。


「それは、一体どういう……?」


 その言葉の意味を僕は理解することが出来ず首を傾げた。


「んふふ……ハーレムですよ、ハーレム。男の子一人に女の子三人。しかも全員美男美女。探索者の中でも彼らに憧れている人は多いんですよ?」

「ハーレム、ハーレムねぇ……」


 僕は少し頭の中で妄想してみる。

 僕と白月さん、そしてそれ以外に女の子二人のパーティだったとしよう。

 ブルリ、と体が震えた。


「僕は嫌だな」

「――えっ?」


 驚きに声を上げたのは立花さん。だが、横を見れば、白月さんも驚愕の表情を浮かべていた。


「いや、だってそれ、明らかに男の肩身が狭いじゃん。その“紅蓮隊”の男の人がどうかは知らないけど、僕は別に女の人にモテるような人種じゃないし、多分耐えらんないと思う」


 と、いうのが、僕の率直な意見である。

 まあ、男としてハーレムに憧れる気持ちがないわけでもないが、現実はそう甘くはない。


 仮に、三人の女の子な僕を慕ってくれたとしよう。だが、日本の法律上、結ばれるのはその中の一人。

 じゃあ、残った二人はどうなる?


 そんなことを考えるくらいなら、ハーレムなんていらない。


「それに、今は白月さんと二人でダンジョンを攻略するのが楽しいからね」


 僕の言葉に白月さんが少しだけ、頬を朱色に染めた……気がした。

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