第二階層初戦

二階層へと続く階段は終わりを見せ始め、やっとのことで僕たちは辿り着いた。


 フッと溜まった息を一つ吐き、無意識的に感じていた疲れを放出する。


 ――これでようやく二階層まで。


 そう、最後の階段を登ったときのことだ。前方から気配を感じ取った。


「なん――っ!」


 そう叫びかけて、僕は咄嗟に“液体化”を行使。

 超スピードで突進してくる小さな影をこの身で受け止めた。


 相当な加速量での突進ということもあって液体化していた僕の体は四方八方へと飛び散る。


「き、きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」


 その惨状を目にした白月さんは堪らずといった様相で絶叫。

 顔面は蒼白で目には涙が溜まっている。


「だ、大丈夫大丈夫。死んでないから」


 僕は今すぐにでも彼女を安心させようと液体化した体を集めて元の肉体へと再構築する。


 この能力、便利といえば便利なのだが液体化すると服が脱げるのがまた面倒で、元に戻る時はなんとかして服を着た状態で体を再構築する必要がある。


 そうしないと女の人がいた場合、最悪通報される恐れがあるからね。


 僕は器用に液体化した体をウネウネと動かして服を着た状態のまま元の体へと戻る。


「な、何ですかっ! それ!!」


 白月さんは元に戻った僕の体に人差し指をビシリと指差して悲鳴にも近い叫び声をあげた。


 まあ、この反応も予想できていたことだ。苦笑しながら、油断なく槍を構える。


「それについては後で話すよ。今はアレの対処に集中しよう」


 僕が槍を構えた先にはダメージを受けた様子もなく悠然と立ち上がる一メートルほどの体躯を持った獣の姿があった。


「やっぱりいるよね……新しい魔物」


 四足歩行で姿勢は低く、剥き出しの牙からダラダラとヨダレを零しながら鋭い視線はしっかりとこちらに向けられている。


 獰猛な野生の獣そのものといえるその容貌は普通であれば威圧感を与えるには充分だろう。


 けれど僕達にそれは当てはまらない。


 既にこの魔物よりも凶悪な魔物との遭遇、そして戦闘を体験している身としては大した脅威に感じられないのだ。


 僕は相対する獣が僕達を見るのと同じように獲物を狩る狩人が如く舐め回すようにその全身を視界に収める。


「グルルルルゥ……」


 低く野太い声で唸りながら、獣型の魔物は攻撃の隙を伺う。


 向かい合い、互いに牽制するもなかなか決定的な隙は現れず、ここで僕が仕掛けることにした。


 “黒鬼化”で力押しでもすればどうということはない相手だろう。

 しかし、それでは意味がない。スキルに頼るだけの戦いじゃあ意味がないんだ。


 もちろん、スキルを使うこと自体に忌避があるわけじゃない。

 でも、そればかりを多用してワンパターンな戦略しか立てられなくなれば実力が拮抗した相手と遭遇した時、僕は何も出来ずに死を迎えることだろう。


 だから、僕は鍛える。

 技術を、思考を、そして度胸を。


「いくぞっ!」


 槍を手に地を踏み、駆ける。


 大型犬の更に一回り分大きい程度の全長で、毛はフサフサ。

 しかし、その見た目は人に癒しを与えるものではなく異常に発達した脚の筋肉や見るからに鋭いと分かる牙を持つ獣。


 それは、勢いよく迫る僕へと威嚇の意をもって叫びを上げるが、それでも僕は止まらない。


 これ以上の威嚇は無意味。

 そう本能で感じ取ったのか、やられる前にやってやるとばかりに彼の魔物は僕の対面に躍り出た。


「ガァァァァァァッ!!」


 叫びとともに肉薄。

 けど、僕は慌てない。

 まだ、慌てる時じゃない。


 待って待って待って、でき得る限り、極限まで引きつけて――いまっ!


 タイミングはジャスト。

 ちょうど僕の槍の間合いに入ったソレに僕は渾身の一振りを加える。


 ブォン。

 風を切る音が直感的に教えてくれる。


 ――よし、決まった!


 そう、思った時だった。

 僕の振るった槍は何の手応えもなく空を切り、その代わりにゴツンという鈍い音が遅れて僕の耳へと届いたのだ。


「……あ、あれ?」


 乱れた態勢を整えて前方に視線を向ければ、そこにはヨダレを垂らしながら不様に倒れ伏す獣の姿とその隣には拳大の氷の塊が転がっていた。


 それから数秒、呆然としたまま固まっていた僕はただただ獣の死体が黒い靄となって消え失せていくのを見ているだけしか出来なかった。

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