ワケあり?

「さ、入って」


 言われるがままについてきた僕だが、今更ながらこの場違いさに緊張を感じてきた。


 長い廊下を渡り、リビングだろうか一際広い部屋へ案内されると一人ソファに座らされた。


「私はこの子を部屋まで連れて行くからその間、ここでくつろいでいてくれるかしら?」


 揺れる黒の長髪と豊満な胸、引き締まったその体が溢れんばかりの色気を醸し出す。


 とても子持ちとは思えないそのの若々しさに僕も少しばかり見惚れてしまった。とはいえ、知人の母親を色欲に濡れた瞳で見るわけにもいかないと己の情欲を必死で抑え込み、首肯で答える。


 ふふっと妖艶な笑みを浮かべると水穂さんは白月さんを抱えたままリビングを去って行った。


 今更ながらに思うことだが、いくら白月さんが軽いとはいえ、あの筋力のなさそうな細腕でよくもまあ軽々と担いでいられるな。僕はもう既に姿の見えなくなった水穂さんの不思議なまでの腕力に感嘆の息を吐く。


「……待っていろとは言われたけど、暇だ……」


 手持ち無沙汰なのでキョロキョロと辺りを見回してみる。すると僕はどこかこの部屋に違和感のようなものを感じた。


「家がデカイ割に家具はあんまりないんだな……」


 この広いリビングでさえ置かれている家具は僕の今座っているソファとテレビ、後はテーブルくらいなもので、しかもそのどれもが高価なものというよりは庶民的なもののように見えた。このアンバランスさはどう言うことなのか。僕が首を捻っているちょうどその時、水穂さんがリビングに戻ってきた。


「ごめんなさい。お待たせしてしまって」


 急いで戻ってきたのか、少しばかり息が荒く、顔も赤い。


「ああ、いえっ! お気になさらず」


 緊張からか返事が少し上ずった声になる。水穂さんはニコリと笑って流してくれたようだが、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


「本当にごめんなさいね、私ったら大したお礼も出来なくって……」


 水穂さんはニッコリとした笑みから一転、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「別にお礼だなんて……」


 謙遜の言葉が咄嗟に口を出るが、一つ、自らの中に芽生えた疑問を問うくらいのことは許してくれるだろう。


「――あのっ! お礼の代わりって言うとアレなんですけど、聞きたいことがあるんです」

「聞きたい、こと?」


 水穂さんは俺の質問に間髪いれずおうむ返しをする。しかも頬に人差し指を指すおまけ付きだ。蠱惑的で艶やかなその顔も相まってあざとい可愛いらしさが滲み出ている。


「白月さん……冬華さんってなんで探索者になったんでしょうか?」


 ダンジョンで再開した時、いやそれよりも前の、それこそ彼女と初めて会った時からどことなく切羽詰まった雰囲気を感じていた。それがどうしても僕の頭を離れなかった。


 本人の同意無しにプライベートな事を教えてもらうっていうのは本来いい事だとは言えない行為だと分かっている。でも、どうしても気になってしまう。それに、ここで聞いておかないと後悔するような気がするんだ。


「そう、ねぇ……柊木さんはあの子のお友達みたいですし、教えてもいいかしら」


 一拍置いてから「実はね」そう前置きして、話し出す。


「私たち、もうすぐここから引っ越す予定なの」

「え……?」


「どうして?」それが僕の脳内に一番に浮かんだ言葉だった。立派で広く、何か不自由があるようには到底思えない豪華なお屋敷。一体全体なぜ引っ越す必要があるのか……僕の頭の中には混乱が渦巻いていた。


「少し、家庭内での問題があってね……もちろんこの家には思い入れがあるものだからできることなら私も引っ越しなんてしたくはないのだけれど、そうもいかなくってね……来月にはもう引っ越さなきゃいけないことになってるのよ」


 困ったように苦笑を浮かべながら、水穂さんはリビングを見渡す。その瞳の内には隠しきれない物寂しさがありありと写り込まれていた。


「だからあの子は自分がお金を稼いでこの家を買い戻すんだって言っているの……」


「買い戻す」水穂さんが言い放った言葉に僕は引っかかりを覚えた。


 家庭内の問題とは一体何なのか……流石の僕もそこまで突っ込んだ話を無理やり聞くことは憚られる。が、恐らくは金銭的な問題なのだろうと推測することくらいは出来た。とはいえ、僕に出来る手助けなんて大したことはない。


 僕は自らの無力感と湧き出る悔しさに歯噛みする。


「図々しいことは承知しています……」


 僕の内心での苦悩などまるで知らない、といった風に水穂さんが重々しく口を開く。僕が彼女を覗き見るとそこには真剣味を帯びた凛々しい面貌があった。


 姿勢を、そして口調を正し、辺り一帯に荘厳な雰囲気が漂う。


「柊木さんにお願いがあるんです」

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