とある噂とフロアボス

 探索者活動を始めてからかれこれ一週間が経った。大学に通いながらバイトの代わりにダンジョンに入る日々。余裕のない毎日を過ごしているせいか、それとも他の理由があるのか大学では未だに友達と呼べる存在はできていない。


 ダンジョン探索の方は大分進んでギルドから買い取ったダンジョン内マップによるとあと少しで一層のフロアボスのいる部屋までのところまで行っている。


 ちなみにフロアボスというのは次の階へ行くために倒さなければいけない中ボスみたいな存在であり、フロアボスの落とすドロップ品は高額で取引されているらしい。ということで、今の僕の目的としては数日内でのフロアボスの討伐だ。


 そして僕は今、とある受付嬢との世間話と洒落込んでいた。


 彼女――立花さんはダンジョン探索の初日にドロップの買い取りを担当してくれたあの受付嬢であり、それ以来何だかんだ頼ることが多くなって、今では見知った仲になっていた。


「そういえば奏さんは知っていますか?」


「ん、何がですか?」


 唐突な質問。何のことかわからずに聞き返す。


「ほらあれですよ、先日一階層でスキルカードが発見されたっていう噂」


 彼女の口から出たのは最近話題のとある噂。ギルド内ではこの話で持ちきりになっているほどで、いくら友達の少ない僕といえどもそれくらいは知っている。


「ああ、その話ですか……。たしか魔術系のスキルなんですよね?」


 誰が手にしたのか、というのは明らかにされていないが、なんでも魔術系統のスキルを手に入れた人がいるのだということだけが広まっているのだ。


 本来、低階層でのスキルカードの出現率はものすごく低い。僕が【魔魂簒奪】のスキルカードを手に入れたのだって信じられないくらいの幸運があってこそのものだった。


「ええ、魔術系のスキルは探索者にとって一種の憧れみたいなものがありますよね」


 彼女がいう通り探索者になるような奴は派手な、それこそ魔術系のスキルに強い憧れを持っているものだ。中には例外もいるだろうが大半はそうであるはず。かくいう僕もその中の一人。【魔魂簒奪】という規格外とも言えるスキルを有していようとも魔術を使いたいと思ったことは何度もある。


「そのスキルを手に入れたのって一体どんな人なんでしょうね」


 そんな僕の疑問はギルドの受付嬢を務める立花さんでも分かっていないらしく、僕がそれを知ることはなかった。



 あれから1時間と少し、受付嬢の立花さんとの会話もそこそこに僕はダンジョン攻略を進めていた。


 僕はもう少しで第一層フロアボスと相見えることになる。それまでに出来る限りレベルを上げておきたい。レベルの上昇以外にも【魔魂簒奪】で新しい魔物の能力を取り込めばいいと思うかもしれないが、これがそうもいかない。


 まず、このフロアにいる魔物はゴブリンとスライムだけ。まれに上位種と呼ばれるゴブリンやスライムの上位互換が現れるらしいが、僕が遭遇したのはあの黒ゴブリンくらい。聞いた情報によるとスライムの上位種も目撃例があるみたいだ。


「スライムの上位種にでも出くわさないかなぁ」


 なんてことをボヤいているとレベルの上昇によって強化された僕の聴覚がなにかを感じ取った。


 魔物の嘶きと地面を揺らす振動、そして僅かに感じる寒気。


「戦闘……か?」


 魔物同士の抗争か、それともこの先で探索者が戦っているのか、みてみないことにはわからない。


 僕は疼く好奇心に逆らうことなく足を進める。探索者側が劣勢であれば手助けをした方がいいだろうという考えもあるが、やはり僕の行動の根幹にあるのは好奇心。今更それを抑えることは出来ないし、抑えようとも思っていない。


 早く現場に駆けつけようと疾駆するが、その最中で、僕は気づいた。ここがどこだったか。今、この時になって、ようやく気づいた。


 そう、ここは


「ボス部屋か!?」


 マップにも書いていた。昨日も今日も何度となく確認していた。だが、忘れてしまっていた。


 つまり、この戦闘音はボスとどこぞの探索者のもの。


「先を越されたか……」


 今、ここを拠点としている探索者の中でも攻略スピードは早い方だと思っていた。あわよくば僕が一番にフロアボスを倒してやろうと考えていたのだがな。


 僕はそっとボス部屋の超巨大で過剰な装飾が施された扉を開く。


 そこにいたのは十匹のゴブリンに守られて玉座に踏ん反り返る超巨大なゴブリン。頭に黄金の冠を乗せてニヤニヤと醜悪で下卑た笑みを浮かべている。


 そしてそれに相対するは長い黒髪を靡かせてゴブリンたちを氷のような凍てつく視線で射抜く美少女。胸部は控えめでありながらも美しいプロポーションを誇り、雪のように白く美麗なその手に握られているのは短剣。しかし、体のいたるところにできた小さな傷が目立つ。


 僕は彼女を一目見たその時、驚愕せざるを得なかった。


 なぜか。


 それは彼女が僕の見知った顔であったからだ。


「――白月、さん?」

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